第9話 ミイラふっくらする

「うわ……さっきより明らかにふっくらしているじゃないですか。貴方は州の文化財なんですよ? 困ります、ミイラでいてもらわなくては。それ、やっぱり返してください!」


「ヤ、ヤめテ……。これ、俺が飲める唯一の血ダから奪わないデ……」


 俺は血液パックをそっと抱えて、身を逸らしながら懇願した。……でもそうだよ俺、吸血鬼じゃん! さっきは栄養失調のせいか、全然催眠術が効かなかったけど、今なら出来るはず!


 血が溢れないように血液パックをテーブルに置いて立ち上がり、アオイの肩を掴むと目をじっと見つめた。


 俺とは会ってない〜。俺の事は忘れる〜。……これでどうだ!


「な、何ですか……。その様に目を赤くして脅されても怖くも何とも無いですからね?」


「えっ何デ……? 催眠術ガ効かない?」


 あ……しまった、驚いて思わず口が滑った。


「さ、催眠術!? そんな事をしようとしてたんですか? 許せない、早くそれ返してください!」


 俺がテーブルに置いた血液パックにアオイが手を伸ばす。


「い、いやだァーー!!」


 この血は俺の救世主なんだ、取り上げられてたまるか! バッと血液パックを手に取りアオイに背を向けた。こうなったら一気飲みしてやるっ! 


 息を大きく吐いてから血液パックを煽り、一気飲みならぬ一気吸いをした。だけど──。


「ゴホッッ!! ゲホ……ゲホ……」


 盛大にむせた。血を一気に飲んだせいでカラカラだった食道と胃がびっくりしたらしい。むせた衝撃で飲んだ血を吐き出しそうになるのを強引に飲み込む。やっと得た栄養なんだ、無駄にしてなるものか!


 それに血反吐を吐く吸血鬼って変だしキモいよな。でもそのせいで気管の変な所に入って余計に咽せた。


「ゲッッッホ! ゴホ、ゴホッ…………ハァッ、ハァッ……」


「ああもうっ!」


 肩で息をする俺を見てアオイは引いた様子ながらも背中を摩ってくれた。その優しさが心に沁みる。少しして落ち着くとアオイが俺にティッシュを押し付けた。


「うわ、怖っわ……それ早く拭いてください」


 え? 怖いって……確かに俺、吸血鬼だけど、そんな事言わなくったっていいだろ? 優しくしてくれたのに酷くない? ちょっとへこむな。


 でも側にあったピカピカの金属トレーにうっすらと映った自分の姿を見てビビった。こ、これは確かに怖い……。


 肩に付く長さのもじゃもじゃと乱れた赤茶の髪の間から、真っ赤に光る血走った目がのぞいている。それに加えて、血が垂れた口元が化け物度合いに拍車をかけていた。怖い吸血鬼と聞いて真っ先に思い浮かべる姿がそこにいる。


 俺は慌てて口に付いた血をティッシュで拭いて、ゆっくり深呼吸しながら体と心を落ち着かせると、貴族スマイルを取り繕う。


「普通に血が飲めたのは初めてだ。ありがとう」


 良かった、声は多少掠れてるけど普通になってるから、多少は怖さも薄らいだか? でも目を吊り上げたアオイに詰め寄られた。


「何故飲み干しているんです? 早くミイラに戻ってください!」


「そ、そんな事言われても……。今の状態だとあと400年くらい干さないとミイラになれないよ」


「そんな……確かに普通に喋っているし、ガリガリに痩せ細った人くらいになってる。どうしよう……。文化財の貴方が勝手に動いたとなったら本当に困るんです。これからどうするつもりなんですか?」


「うーんと…………逃げるとか?」


 実質俺に残ってる選択肢はそれだけだ。もうミイラには戻れないし、戻りたくもない。フィンリーに殺されるなんて痛くて怖そうだからもっての外だ。


「……そうだと思いました。ですが吸血鬼を野に放つなんて論外です!」


「そんなぁ〜、せっかくアオイに血を貰えたのに……」


 泣きそうになりながら縋り付く俺をアオイが睨んむ。怖い……だけどこんな化け物を相手にしても、手を振り解かないだけ優しいのかもしれない。


「はぁー誤解を招く言い方はよしてくれません? ……とりあえず教授に報告して指示を仰がないといけないか。誰も居ない昼休みを見計らって、昨日忘れたICカードを取りに来ただけなのに、何故こんな面倒事に巻き込まれなきゃならないの……」


 眉間に皺を寄せ、ため息を吐くアオイを見てると本当に申し訳なく思えてくる。それと同時に俺は少し冷静になってきた。久々に会話が出来たからかもしれない。


 アオイはさっきから思ってる事が口から全部出てる気がする。きっと突然の事に気が動転してるんだろう。考えてみれば普通、化け物相手にあんな反応はしないよな? アオイも一種の現実逃避をしてるのかもしれない。


 だけどこのままじゃマズイぞ。どうにか俺が無害だってアピールしないと!


「教授に言うのはやめてくれ! そんな事されたら間違い無く俺は退治されちゃう。教授と一緒に居る博物館の館長は、ヴァンパイアハンターなんだ。さっきの血を貰えたら人を襲ったりしないから」


「はぁ? 人を襲わないって何当たり前の事を言ってるの!? あの人工血液だって研究段階だから安い物じゃないのよ。ポンポンあげられる訳無いでしょ」


 そうか、これは人工血液だから生臭さを感じなかったんだ。これは手放す訳にはいかない。例え実験動物としてでもアオイに価値を認めてもらわなくては! なりふり構ってられないぞ。


「金なら何とかする。それに研究段階の人工血液なら実験だって必要だろ? 俺は不死身の吸血鬼だ。こんな良い実験台は他に居ないと思う。頼みます」


 俺はプライドをかなぐり捨てて土下座した。

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