第33話 美女の正体

 TSビッグボスは私達にこう名乗った。


「シスター・スターゲイザー。今はこれが私の通り名よ」

「だいぶ無理がないでしゅか」

「何言ってるの、女っぽく振る舞うのは得意よ? うふん」

「や"め"て"違和感でぐちゃぐちゃしましゅ」

「しゃーねーなお前らの前だけだぜ?」

「みー」


 急遽一階のカフェスペースにて、私たちはTSビッグボスの話しを聞くことにした。

 昼間の色っぽい態度は一転、シスター服であぐらをかいて床に座るビッグボスことシスター・スターゲイザーさん。

 険しい顔をして、彼に杖を突きつけたシトラスさん。

 そして、二人の前で足を組んで座るクリフォードさんと隣に座る私。

 私はすっかり怖くなって耳をぺたんと寝かせている。

 ビッグボスに少しでも同情したり心配していた私、ばかばかにゃ!


 彼女は抵抗する気はなさそうだった。


「ったく……昼間の時点で既に気付かれていたなんてな」


 クリフォードさんが肩をすくめる。


「そりゃあ、顔をじろじろ見られたら分かりますよ。シトラスの話で、あなたが私の顔を覚えていたことは知っていましたからね。結界内だからあなたが来れば探知できると思っていましたが、まさか女性の姿になっているとは。どうやって女性になったのですか?」

「どうやってもこうやってもじゃねえよ! このクソガキのせいだ!」


 ビッグボスことシスター・スターゲイザーさんは綺麗な顔で凄い剣幕で吐き捨てる。

 冷ややかにシトラスさんが杖をピトピトと首に当てると、ビッグボスこと以下略はぐっと押し黙った。

 クリフォードさんはシトラスさんを見た。


「説明を、シトラス」

「僕は宮廷で古代魔術ロストテクノロジーの収集・調査も担当しているのですが、その中で用途不明のピアスを見つけたのです。姿を変えられるピアスのようですが、どうも粗悪品かつ長い年月で余計な呪いや魔術もかけられ、変容してよくわからないものになっておりまして。一度宮廷に提出したのですが、再調査を依頼されましてね。『よくわからないとはなんだ、よくわかるようにしろ』ってね」


 まったく、古代魔術の知識が無い天下り貴族は役立たずだ。

 そう言葉を付け加えて溜息をつき、更に続ける。


「で、その男が追っ手から逃げたいと言ってたから、よこしたんですよ。僕は一応魔力探知を彼につけていましたし、キメラにでもなったらいいサンプルになるかなって」

「このっ……わざとか、このクソガキ……」

「――人身売買に、かかわっていたくせに」


 絶対零度の声で、シトラスさんが呟く。


「ミルシェットちゃんを売ろうとした事があるらしいな、お前。僕は子供を売る輩が一番嫌いなんだ」

「まあまあシトラス。今はやめておきなさい」


 クリフォードさんが冷静に尋ねる。


「ビッグボス。あなたがミルシェットを襲撃した目的は?」

「決まってんだろ、俺の体を治させるためだ」


 TSビッグボスこと以下略が私を見てにやりと笑う。

 ぴえっと身をすくませると、クリフォードさんが頭を撫でてくれた。

 クリフォードさんに甘える私を見て、ビッグボス以下略は舌打ちし、そして私を見て媚びた顔をする。


「なあ、昔世話したよしみじゃないか。お前の密造ポーションで俺の体を元に戻してくれ」

「みい、戻してあげたいのはやまやまでしゅけど……戻し方にゃんてわかんないれしゅ」


 私の隣で、クリフォードさんが答える。


「複雑に歪んだ古代魔術ロストテクノロジーの性転換術を戻す方法なんて残念ながらありません。現時点のミルシェットのポーションでは太刀打ちできない代物です。諦めて女性として生きなさい」

「そうそう。せっかくロビンって中性的な名前なんだから、女性としていきれば?」

「人ごとのように言いやがって……どれだけ、この体で生きるのが大変か」


 ぐっと、ビッグボス以下略が拳を握る。


「いいか!? 俺の元々の実力じゃあハイクラス向けダンジョンでも余裕で攻略できてたんだ、それが女になっちまった途端にネモリカ程度の雑魚ダンジョンがやっとなんだ、こんなんで生きていけるか」

「いや~……普通の女性ならネモリカも無理だと思います、よ」

「大もうけになんかならねえよ、だから」

「だから……ミルシェットを、利用して金儲けをするつもりなのでしょう?」

「……っ」


 冷たいクリフォードさんの声に、ぐっとビッグボス以下略が押し黙る。


「密造ポーションを願いたいだけなら、正面からお願いに来ればいいのです。襲撃してきた時点で、申し訳ありませんが私のあなたに対する信用はゼロです」

「……俺がまともに正面から頼み込んで、ミミ太郎を貸してくれるかよ?」

「まあ貸しませんね」

「ほらな!!? だから襲ったんだよ!」

「ともあれ、お帰りください」


 クリフォードさんが静かに立ち上がった。シトラスさんが玄関を開く。


「ミルシェットは私の娘です。今は殊勝なことをおっしゃいますが、残念ですが娘が襲われた以上、あなたの要望に応えさせるわけにはいきません。女性冒険者として一からやり直す。それが今のあなたができることです」

「……わーったよ。しゃあねえ、信用されねえのも、この姿になったのも身から出たさびだ」


 ビッグボス以下略は髪をくしゃっとかきみだす。

 そして力の抜けた表情で私を見た。


「……ミミ太郎」

「み」

「綺麗な格好してちゃんと飯食って、元気にしてるみたいだな」

「お……おかげさまで、ですにゃ」

「よかったよ。……俺みたいに足をふみはずすんじゃねえぞ」


 そう言うと、ふらりと立ち上がる。


「ビッグボス……」

「もう来ねえよ。最後まで怖がらせて、すまなかった」


 TSビッグボスは、自分より少し小柄なシトラスに氷で拘束された手を差し出した。


「解いてくれ。俺はもうここには来ねえよ」

「は? 信用できるか」

「場所探知の紋でも、なんでもつけてくれ。……もう、顔も見たくない」

「っ……」


 シトラスさんがどうすればいいかためらうように、クリフォードさんを見る。

 クリフォードさんは首を横に振った。


「お帰りいただきましょう。何の紋もつけずとも、この領域で一度私に認知されたからには二度と逃げられません」

「先生がそうおっしゃるのなら」


 シトラスさんが氷の拘束を外す。

 冷えた手首をぐるぐると回すビッグボスに、クリフォードさんが声をかけた。


「……私たちの事は他言無用です。言えば、どうなるかはあなたの期待以上です」

「わかってらぁ。……あばよ」


 最初の威勢はどこへ行ったのかと思うほど、ビッグボスは静かに力無く夜の闇へと去って行く。

「あ…………」

 

 帰って行くビッグボスに、何か言いたくて――いえなかった。

 シトラスさんが玄関を閉め、そして魔術で出した塩をぶんぶんと外に振りまいたすえ、私の元に近づいてきた。


「ミルシェットちゃん。あいつの話を聞いちゃいかんよ。同情もいかんよ。こういう奴はどんな甘い言葉だってかけてくるけ。わかった?」

「わかってましゅ。……わかってましゅ」


 私は頷く。

 隣のクリフォードさんが、私の頭を撫でる。

 体が震えていたらしいことを、撫でられてはじめて気付いた。


 ともあれ、シスター・スターゲイザーことTSビッグボスはしょんぼりとして帰って行ったのだった。

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