第四章 ぜんぶまぜちゃえ、ふるーつぽんち

第21話 パパが先生だったころ

 スレディバルの街の中心。

 小川を挟んだ広々とした公園では、祝祭日のたびに賑やかな市場が開かれる。

 街道沿いに店舗を構えている店はもちろん、行商人から個人の手仕事、流しの吟遊詩人から即席教会(テント)まで、なんでもありの賑やかな市場だ。


 今日は市場の出店としてこの公園に来た。

 クリフォードさんと一緒にお店の設営をしていると、私の元にスレディバルの子どもたちがかけてくる。


「ミルシェットちゃん、あーそーぼー」

「えっ、私、……かにゃ」

「ミルミルに決まってんじゃん」

「あそぼーぜ、スレディバルの子どもは鬼ごっこするのが伝統だぜ」

「でも……」


 私が耳をぺトーっとして悩んでいると、クリフォードさんがポンと肩を叩く。


「いってらっしゃい、私だけでも出店は大丈夫ですよ」

「でも……」

「子どもなんですから、遊びたいなら遊んでらっしゃい」


 中身は転生前の記憶持ちのエセごしゃいなのにいいのかなあ? 労働しなくていいのかなあ? なんて思いつつ、ちらっと子供達を見る。

 子供達は太陽の笑顔でにぱーっと私を見ている。うっ眩しい。


「じゃ、じゃあ……」

「わーい!!」


 抗えない! 転生前の記憶もちだけど、5歳の子猫のうずうずには抗えないにゃ!

 同い年くらいの子供達と駆け回ったことがない私にとって、お誘いは最高に嬉しかった。

 ありがたくクリフォードさんにお店を任せて遊ぶことにした。


 ――それから。

 私は花の咲く原っぱを年端もいかない、まだ義務教育の学校にも通わないほどの子供達と駆け回った。


「きゃはは」

「おーい! なんだよミルミル足はえーじゃんか!」

「みーっ!」


 私は、他の子ども達と一緒にきゃっきゃとはしゃいだ。


 ――心のどこかには、転生前の成人した大人の自我が存在している。

 でもだからといって、5歳児として何も考えず、ただ息を切らせて鬼ごっこしたくないかといえばしたいに決まっている。たとえ心の隅っこが妙に老けていても、体は5歳だし聖猫族なので半分くらいは子猫だし、野を駆け回るのは義務かつ本能だ。


「つーかまえた!」

「みゃっ!」


 ごろごろごろ。

 花柄ワンピースの同い年の女の子に背中をタッチされ、勢いあまって二人でもつれて転がる。

 原っぱだから全然いたくない。転がるのも楽しくてけらけらと笑う。


「んじゃー、次はミルシェットねー!」

「まけないにゃーっ!」


 全力疾走で野を駆ける。

 聖猫族の本能でうずうずと四つ足で走りたい衝動が湧いてくるけれど、ぐっとがまん。一生懸命かけて、油断していた年上の男の子に、じゃーんぷっ!


「うわっ!」

「すげえ、ムルドを捕まえたぞ!」

「猫っち、逃げろー!」

「みゃーっ!」


 年上の男の子は仕返しとばかりに本気で追いかけてくる。くるっと方向転換してみゃっと駆け抜け、原っぱを抜ける。周りがいけいけー!とか、がんばれー!とか応援してる。


 すっごく、すっごく楽しい!

びっくりするほど、私は5歳児を満喫していた!!


◇◇◇


 あちこちの保護者から呼び声がかかり、ちびっこわんぱく大会は解散の運びとなった。


「まんしんそーいにゃ……」


 全力疾走しすぎて大の字になって動けなくなっているところを、ひょいと覗き込んできたのはクリフォードさんだ。


「汗びっしょりですね。猫でも汗をかくんですね」

「せ、せーねこぞくは……みみとしっぽいがいは……だいたい……ひと……にゃの……で……」

「お水どうぞ」

「くぴくぴ……ぷわーっ」

「生き返りました?」

「みー」


 私はクリフォードさんの手を握って立ち上がる。

 クリフォードさんは解散前の子供たちに、クッキーの包装紙や包装用のリボンのあまりをそれぞれあげていた。


「わー! ありがとうミミちゃんのパパー!」

「じゃーねーミルシェットちゃーん」

「うん、またにゃー」


 手を振ったのち、私はクリフォードさんにお礼を言う。


「ありがとうございましゅ。遊ばせてくれて」

「いえいえ、子どもなのですから遊ぶのは大事ですよ」


 そう言って頭を撫でてくれるクリフォードさんは優しい。

 こうしているとなんだか、クリフォードさんは私の本当のお父さんなのではないか? と錯覚してしまう。そんなことないんだけど。

 私は前世の記憶でもあまり親に大事にされた記憶が無い。

 その辺りの記憶を思い出そうとしても頭が痛くなるだけなので、きっと前世の魂が、思い出したくないと言い張っているのだろう。

 そして当然、今世は捨て子で。


 ――こんなパパがいたら、よかったのになあ。


「どうしましたか、ミルシェットさん」


 にこりと微笑まれ、私ははっとする。

 ほ、ほだされてはいけないにゃ!


「パパは、ひとりでお店大丈夫でちたか?」

「私を誰だと思ってるんですか。ねこねこカフェのオーナーでマスターで元宮廷魔術師の大天才、そしてあなたのパパです。当然一人で出店くらいさばけますよ」

「レシピ思いつかなくて大人げなく泣いてたのは誰でしたかにゃあ」

「む、その時のことは忘れてください、もう」


 こほんこほんと咳払いするクリフォードさんに連れられて、私は出店があった場所に向かう。

 クリフォードさんの言葉通り、全てのアイスコーヒーは売り切れて、元々作っていたクッキーやカップケーキも売り切れていた。

 片付けも完璧で、美しい。


「……パパ、できるときはできる人だったんでしゅね」

「なんですかその言い方。私がなにもできないような」

「……」


 クリフォードさんは生活能力があんまりない。

 本人は私に頼らずにちゃんとお父さんとしてやっていこうという意思はある。けれど洗濯魔法を本を見ながらやって失敗していたり、掃除を毎日しないと家が汚れるのを分かってなかったり、ゴミ出しにも決まりがあると知らなかったり、とにかく今まで世話を焼かれていた人らしい感じなのだ。

 そんなクリフォードさんでも、今ではこうして出店を完璧にできる。

 成長に涙がでそうだ。


「今までどうやって生きてきていたんでしゅか、クリフォードしゃんは……」

「そりゃあ、天才宮廷魔術師としてブイブイいわせていましたよ」


 パパはさりげなく私たちの周囲だけに防音魔法をかけながら(天才しゅぎる)、設営を畳みつつ答える。


「前に話したではないですか、手品師まがいのことをやったり、やる気の無い魔術学校の貴族子息のごっこ遊びに付き合ったりしていたって」


 確かに初対面の時に、クリフォードさんは仕事についてそう語っていたと思い出す。


「子ども好きだから、先生はけっこー天職だったんじゃないんでしゅか?」

「おや、子ども好きだと思います?」

「だってリボンや包装紙をあげたら喜ぶって、わざわざ用意して渡してましゅし。嫌いなら、私の事も育てないでしゅよね? いくら身元を隠すためとはいえ」

「まあ……好きか嫌いかといえば好きですね。子どもはかわいいので」


 気がつけばあっという間に荷物は荷車に収められている。

 軽い調子で荷車を押しているのも、確実に魔術の力だ。リヤカーみたい。


「でも学園に入学するくらいの貴族息女はうんざりしてましたよ、私も聖人ではないので。学業に対するモチベーションがまったくありませんし。家柄である程度卒業後の進路が決まりきってますし、努力する意味もないと思われた相手に講義するのは、骨が折れましたね」

「そ、そんな人たちの先生は……嫌でしゅね……」

「ええ。だからほとんど趣味で……半ば私塾として教えていた子たちもいました」

「初耳でしゅ」

「そうですね、話したことはありませんでした。……あの子たちには悪いことをしたので、罪悪感で話題に出せなかったところはあります」

「罪悪感?」

「全員が卒業したのち、こうして全ての足跡を消して別れてしまったので」

「それは……かわいそーじゃないんですか……?」

「しかたありません。私との縁が続いてしまっては、彼らの前途に迷惑をかけます」


 クリフォードさんはそれ以上言わず私に手を伸ばし、ひょいと抱っこして荷車の上にのせる。


「み」

「眠いでしょう、お眠りなさい」

「みー……」


 太陽の暖かさ、風の匂いがここちよくて、急に眠たくなってくる。

 目を閉じて、完全に眠りに落ちそうになったとき。

 小さな独り言のような呟きが、私の耳に入った。


「私にはもう身よりもいませんし、思えば心を開いて向き合ったのは弟子たちだけでした。…………元気にしているといいんですけどねえ」


 ――身寄りが、ない……?


 クリフォードさんは、貴族とかそういう立場だと思い込んでいた。

 身内がいない貴族っているのだろうか。わからない。

 転生前の知識で言うならば、生まれこそ全ての特権階級である貴族って、どこかしらに親戚の繋がりがしっかりあって、結婚とか子供を作ることに影響しそうだけど。

 ってことはクリフォードさんは貴族じゃない? 

 でも、貴族じゃ無くて、宮廷魔術師? ――天才だから?


 私は混乱した。

 勝手に、クリフォードさんを貴族育ちの天才マイペース宮廷魔術師だと思い込んでいた。

 いったいどういうことですか。クリフォードさんって、元々どんな人だったんですか。


 ききたいことは、たくさんあるけれど。


「みー……」


 全力疾走で駆け回ったあとの、荷車に乗せられ揺られる心地よさから生じる睡魔には――勝てなかった。

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