第1章・第10話 混ざりもの

 休憩地を整え、二日目の開拓を終えた。新任たちの興奮は冷めやらず、王の魔技への答えを待っていた。


「性質は力の流れ。正拳突きを想像されているとのことです。そして『整形』で獅子の牙。獅子に整える事で強くなることはありません。次に『増幅』。レグノス王自身だけでは牙一本に力を注ぐ結果となります」

 モルティアは一口含み、渇きを潤した。

「あの魔技には、王以外の活力が要となっています。体験したように、私たち民の活力です。勿論、他人の活力を利用することなど不可能」

 新任たちは、減った活力がわずかに戻っているのを確かめた。

「王として育った思想、民からの信頼。それらが成立する事で譲渡が行われ、強大な獅子のあぎとが形成される」

 拳を突き出す音だけが続く。誰の拳も軽く、空を掴むばかりだった。


「クロッド殿下も再現出来るのでしょうか」

 新任から疑問が上がる。

「無理でしょうね。民からの譲渡は将来的に可能かもしれません。しかし、正拳突きで障害を打破する想像は出来ないでしょう」

 新任たちは顔を見合わせ、握った拳を気まずそうにほどいた。


「活力の譲渡は、信頼関係があれば可能なのですか」

「仲間や親友、家族といった関係で成功した例はありません。導師と信徒でも成立しない」

 自分たちには再現できないと知り、落胆を隠せなかった。

「大事なのは、貴方たちの想像の枠が一つ外れたことです。出来ないと習った事に従うばかりではなく、想像を信じて歩んでみてください」

 モルティアは柔らかく指導する。各々は思想を巡らせながら、夕食の準備を進めていった。


 夜も更け、長卓で二人が番をしていた。火は幕で遮り、二人は幕内で寛ぐ。幻体は人の気配に反応する。だから侵入警告の罠を巡らせ、内部で番をする。


 クラヴァーとクロッドは一日の振り返りを終え、兄弟めいた談話を続けていた。

「王になるための教育は順調にこなしているか」

 クラヴァーは燻製くんせい肉と水割りを楽しむ。クロッドも味付けされた種子を口に含む。

「『成果を挙げてこそとどこおりがない』と、毎日鍛錬が続いています」

 クラヴァーは苦い顔でクロッドをあわれむ。

「今年の代は年が離れていて指揮しやすいだろ。頼れそうなやつはいたか」

「アリオス。誠実で、頼れるやつが来てくれました」

 クロッドは迷いなく答える。

「昔、特別演習を行ったやつだな。あの時は駆けつけられる様に待機していたな」

我儘わがままで迷惑をかけました」

「なつかしいな……確か、シロンさんの訓練で身体を鍛えていたんだよな」

「はい、武器の扱いは教えずに鍛えてました」

 クラヴァーは少し間を置き答える。

「わかった。特別扱いしてやるよ」

「ははっ、特別な教育をお願いします」

 一人の将来をつまみに喉が潤う。


「兄さんの訓練は順調?」

「俺は一般護士と同じ訓練だからな、危険も無理もないさ」

 クラヴァーは言い終えると、少し上を向く。

「ただ、これだけじゃ足りない。団長や副団長を目指すなら、学ぶことも多い」

 杯を空にし、新たにぐ。

「俺はおまえの支えになる。自分の強みを見つけ、民を護る王を護るのが目標だ」

 クロッドの杯にも注ぎ、自分の杯を前に出す。静かに、カンッという音が響いた。

「……ふぅ、お前に子が産まれたら、俺が護衛をするからな」

 クラヴァーの真剣な言の葉に、クロッドが答えを悩む間に、交代の声が聞こえた。

 どれだけ時間を費やしても終わらない、二人の肩には将来の国が乗っている。


 三日目の朝を迎えた。息は軽く、空気は透き通るようだった。新任たちは気にも留めずに準備を進めるが、熟練たちの顔は険しい。

 モルティアも難しい顔で、行程を説明する。

「熟練は二層の拠点を整備。新任は一層に戻って、訓練に移ります」

 朝食を済ませ、天幕の解体を進めた。熟練たちは手早く作業を進めながら周りへの警戒を怠らない。

 普段よりも静かな風が吹く、不要な音を避けるべく熟練の意識は張り詰めている。フォルドとレグノスが別れて周囲への意識を強める。


「警戒!」

 フォルドの声がとどろく。各自が武器を構え、周囲を観察すると同時に、幻体が姿を現した。

 一つや二つの音ではない。出所を追えば後方、気づけば四方八方を囲まれていた。

「なんだ、あの姿は」

 フォルドは状況を整理するが、理解が追いつかない。

「初めて見ます。象徴部位が2つ、違う動物の特徴が――混ざり合った幻体でしょうか」

 モルティアは冷静に答える。正しいかは不確かでも、思考を止めなかった。

「混ぜものか……。強くはなさそうだが、数が厄介だな」

「新任には厳しいでしょう。レグノス様とクロッド様を中心に、新任は周辺防御に回ってください」


 モルティアの指揮で隊列を組み直す。クロッドは新任たちに助言した。

「攻撃はしなくていい、守りを固めろ」

 熟練が新任の外壁を担う。隊列は整ったが、幻体は間合いを詰めては離れるを繰り返し、隙間を埋めるように並んでいる。

「混合幻体……。何かに指揮されている」

 レグノスは警戒を強める。


「上空、鳥型!」

 隊列の一方から、声が上がった。レグノスは一瞥いちべつした。

「紫の――珠」

 その声とほぼ同時に、地上の交戦が始まった。

 牙を武器に、角を武器に、さまざまな脅威が襲いかかる。しかし、熟練たちは冷静に弾き、隙を断つ。波に切れ目が現れるが、新手が補い、崩れはしない。

 鳥型は多くない。相変わらず攻撃の意志を見せず、上空を巡るばかりだ。


 交戦は続き、波もようやく収まり始めた。だが、熟練たちも傷を負い、疲弊も露になった。周囲には素材が折り重なり、幻体の多さを物語っていた。だが、気に留める余裕はない。

 静観していた鳥型が動き出す。周囲の熟練を狙い、一羽がレグノスに降下する。

「伏せろ!」

 新任たちは身を屈め、盾で頭部を守った。

 爪が空を裂く。レグノスは盾を使わず、鳥型を一閃した。素材が静かに地へと落ちた。

 波に揺らぎが生じた。逃げる幻体はなくとも、攻撃の粗が見え始めた。

「あと少しだ。美味い飯が待っているぞ!」

 フォルドの激励に、熟練たちが応じた。一際強いシロンの声が、仲間の士気を高める。


 モルティアは全体を見渡し、終わりを悟って息を整えた。しかし、安堵は訪れない。

「ぐぅ……」「父上!」

 クロッドが叫んだ。レグノスが崩れ落ちた。全体の意識が中央に向かう。

「外敵優先!」

 フォルドの一撃が地を割った。熟練たちは意識を戻し、眼前の敵を打ち払った。


 周囲を囲んでいた幻体は素材を残し、静まり返った。傷を負った隊員たちの呻き声だけが響いた。

 胸元を押さえ、荒い呼気と汗に濡れ、苦悶の声を上げるレグノスに、モルティアが駆け寄った。

「外傷は?」

「ありません。鳥型を無傷で切り伏せた直後、急に状態が悪化しました」

 クロッドは、確認していた状況を説明した。

「車を。重傷者も共に」

 モルティアはクラヴァーに指示を出す。クラヴァーは即座に隊員を動かした。

「重傷者の選定が済む前に、王を送り届けます」

 クラヴァーが同乗し、車は扉へと走り出した。


 負傷者の処置が終わり、素材の回収も済み、隊員たちはようやく一息つく。

「他の部隊には混合幻体は現れていません。ただ、空気が軽く、幻体が少ないとの共通点があります」

 モルティアがフォルドに報告した。

「素材も、ありふれた幻体の部位だった。他に変化はない……レグノスを狙っていたのか」

 フォルドの言葉に、クロッドは思い出した。

「鳥型が現れた際、父は『紫の珠』と呟きました」

「紫の珠……誰か見たか」

 フォルドの問いに、隊員たちは首を横に振った。


「レグノスが目的というより、この場所自体が危険だと考えたほうがいい。再び囲まれる前に、一層へ戻るぞ」

 隊員たちは撤退の準備を始める。

「二層の隊員にも喚起を。撤退するかは狩人と相談して、各隊で決めてくれ」

 モルティアが連絡を取ろうとしたとき、空に変化が起こる。

「極光!?」「まだ三日目だぞ、何が起こっている!」

 その光は常世全土が危険だと知らせる兆候。この異常事態に考察も計画もなく、選べる道は一つしかない。

 モルティアの連絡内容は緊急撤退へと変わる。

「二四時間の猶予があるかも怪しい」

 フォルドの懸念に不安は広がり続け、この変化が何を呼ぶのか、誰にも分からなかった。



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