03.変なやつ
クリアファイルと古い本と、熱くなったきかいのにおいがした。
しょくいん室は先生のにおい。大人のにおい。
コピーきが大げさな音を出してる。
マネして作られた紙の山。紙のえい画館。紙の家。
コピー市、モノマネ町、紙3丁目。
「ビンタしてごめんなさい」
ホンゴウが言った。
口がへの字になってた。
さっきよりも声が小さいし、目はナナメ下を見てたけど、イイダ先生はうなずいた。
「はい、ありがとう本江くん」
イスをきいっと回して、先生がオレに向いた。
「じゃあ、ね、東谷くんも」
眉が下がってて、メガネのおくは静かだ。
いつもはキョロキョロしてるのに。
オレは息を吸って、
「ホンゴウくんを、泣かせちゃって、ごめんなさい」
大きい声で、はっきり言った。
うす目でオレを見下ろしてたホンゴウが、口の形だけで、「はあ?」って言った。
「おっ、ちゃんと言えたね。えらいよー、東谷くん!」
イイダ先生が明るい声を作って、本江くんもね、って顔の半分だけあっちに向けて言った。
ホンゴウは先生の頭のうしろを見下ろしながら、鼻の横にシワを作った。
「2人ともちゃんとあやまったよ。どう?ゆるしてくれるかな?」
「ハイ」
短く言った。ほとんど「ハ」しか言わなかった。
「本江くんは?」
イイダ先生が首をぐるっと回したら、ホンゴウの目が窓の外に逃げた。
「…ハイ」
「えらいね、悔しいかもしれないけど、まずは声に出して謝る、声に出して許してあげる。ね?立派だよ。2人ともありがとう」
先生がオレとホンゴウのうでをぽん、ぽん、とたたいた。太くて、がしっとした指。
「上寺くんも。ごめんね、もう帰るのに。いっしょに来てもらってありがとうね」
「ハイ、ダイジョブっす。このあとサッカーあるから」
うでを後ろに回したシュウジが、まじめっぽい声を作った。
おくの方ですわってた体育の先生が「修司、今度は何やったのよー」って怒った声を作って、シュウジは「今日はオレじゃねえッスよ」って作り笑いした。
ぱん!
イイダ先生が手をたたいて、ホンゴウがびくっとした。
「よし、これでケンカはおしまい。2人はもう帰っていいよ。寒くなってきたから、ちゃんと上着も着て、早く帰ってあったまりなさいね」
「ハーイ」
ハモって返事したオレとシュウジに、にっこりした顔を向けてから、イイダ先生はイスを回した。
「もうひとつお話があるから、本江くんはちょっとだけ残ってくれるかな?」
「ハイ」
まわりの先生たちが、ちらっとホンゴウのほうを見た気がした。
イイダ先生が手を振る。
ゆらゆら。
さようなら。
さようならをコピー。
しつれいしましたをコピー。
ガラガラ。
ぴしゃり。
ーーーー
しょく員室から出て、オレとシュウジは並んで歩いた。げんかんから風がくるみたいで、ろう下はちょっと冷えてた。
「ありがとなシュウジ」
「なにが?」
「アイツがビンタしたの言ってくれて」
「いいって。あっちから最初に手をだしたのはホントだし、しょうがねえもん……アレはやりすぎだけど」
「オレも、かみつくのはよくなかったと思う」
「そこ?」
「だって、かみついて勝つのってダサくね?」
「えー、わかんねえ。勝つとかじゃなくね?先生に怒られたし……」
そこでシュウジがちょっとだまった。
「ハルってさ、ちょいちょい変になるよね」
「えっ、そうか?」
「うん、変。なんでムキになんの?」
変、の言い方がすごく強い。
奥歯がかみ合わない。ひん血の時みたいだ。
「ムキになってねーけど」
わきから力が抜けてぐらっとする。
「手ぇかんだじゃん。グーで顔なぐったし」
ひざがなくなって、ふわふわする。
「なぐるのはいいじゃん…負けたくねーもん。セイトウボウエイだよ」
シュウジは前を見て歩いてる。
旧こう舎の白いオンボロろう下から、茶色いピカピカのろう下に変わる。
げた箱に出ると、ふれあい広場で1年生か2年生のちびっこが大声を出して泣いてた。
「…イイダ先生って、いい先生だよな」
「ダジャレ?」
「ちげーよ!」
「そーか?フツーじゃねえ?」
フツー?
「だってさ、こっちの話も聞いてくれたしーー」
「ーーまたカゲグチかよ」
つむじにぬるい声がふってきて、本江がオレたちの間を通りすぎた。大またでずんずん歩いてく、デカい背なか。
「オマエのことなんか言ってねーし」
「ほっとけって」
「…オレ、やっぱアイツむりだわ」
「もういいっしょ、変なヤツなんだって。つか、ハルもオレらとサッカーやってく?」
変なヤツだって。
変なヤツと、オレの帰り道は同じだ。
「……やってくけど」
ーーーー
「へぇ…それで、変って言われたのがいやだった?」
姉ちゃんは「ネイルをやって」る。
オレは横で転がってるむぎのノドをなでた。
むぎは口をひらいて、止まって、ゆっくりあまがみした。
「イイじゃん、変で。普通って言われるよりいいって」
「それはいいけど、シュウジに言われんのなんかイヤだ」
シンナーの、というよりもマニキュアのにおい。
鼻にしみこむみたいだ。
姉ちゃんのーー姉ちゃんと、カイトとオレとヒマの部屋のにおい。
たぶん、オレのにおい。
「ハル、ごめんって言ってみて?」
「なんで」
「いいから」
姉ちゃんの目は真剣だ。
「…ごめん?」
「はい、許してあげる」
「は、なにそれ」
「あんたさ、あたしのマンガ読んでキモいって言ったでしょ」
姉ちゃんの棚にあったマンガ。
ピンクの表紙。はだ色。
きん肉の線、手の線、はだ色。顔の線。
はだ色。
「だってキモいじゃん」
「じゃあなんで読んだの」
「キモいから……?」
姉ちゃんの目が細くなった。
むぎのノドがごろごろ鳴ってる
「フツーの漫画読みなさい。小3には早すぎるから」
「小4だけど」
「子供でしょ」
「てか、なんであやまんなきゃいけないの」
「何に謝るのか分かってたら、あんたは謝んないでしょうが」
「あやまるし。今日だってケンカしたあとちゃんとあやまったもん」
「ほんとに?」
「あやまったよ」
ーーほんとか?
むぎが顔を上げた。
ほんとだって。
「ケンカした相手の子は?」
「あやまったけど、にらんできた」
姉ちゃんが鼻で笑った。
「お互いに謝る気がないなら、なんにも言わないほうがいいね」
「あとでちゃんとあやまろうって、ちょっと思ったけど……けど、先生に言わされたんだからしょうがないじゃん」
むぎがオレの指をつかまえてなめてる。
ざらざら。しもんがなくなったりしないかな。
「もう一回謝ればいいでしょ」
「それはだって、ウソつきじゃん」
「あ、そう……」
姉ちゃんはまた爪に目を落とした。
ピンク色の爪。
「あんた、すっごくめんどくさい考え方するんだね」
「めんどくさいってなに」
「こだわりすぎってこと」
姉ちゃんは爪に顔を近づけてる。
白。ピンク色ーーそこでオレンジ?
カワイイはわからない。
キモいもキレイも色つきで、おんなはみんな変だ。
「…ケンカは勝ったよ」
「そうでしょうね」
「あやまったけど、オレのせいじゃないよ。あっちがビンタしてきたからやり返しただけだし」
姉ちゃんはまじめな顔で指を広げて見て、むぎは小さく鳴いた。
「ていうか、アイツみんなにきらわれてるし」
姉ちゃんは何も言わない。むぎはウソをつかない。
「……オレって変?」
パチっとまばたきして、姉ちゃんが顔を上げた。
「ごめん、なんて?」
「なんも言ってない」
むぎをお米みたいに抱えて、立ちあがった。
「ねえ、ごめんってば。もっかい言って?」
姉ちゃんが足にからまってきた。
ひやっこくて重い。
「姉ちゃん、重いよ!」
「待ってよハルー」
変なのは重い。
むぎがオレのうでからとびおりた。
着地。
太いしっぽがゆらゆら。
ーーさよなら。さよなら。
オレはつかまえようとしてむぎのお腹に手をのばした。
待ってむぎ。
ーーやめろ、なにをするのだ。
逃げないでよ。
ーーその手をはなしなさい。
むぎは釣られた魚みたいに体をうねらせて、手の間からこぼれた。
着地。
「では、私はこれで…」みたいな顔でこっちを見て、のっそのっそと部屋を出ていった。
「コムギコは正直ねー」
むぎはコムギコじゃない。
夜に大あばれしても、変な名前で呼ばれても、変なカタマリ吐いてても、かみついても、むぎは変じゃない。
だってむぎは、むぎだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます