-第三十一夜- ハロウィン
冷たい風が黒い森を吹き抜け、枝葉をざわめかせている。きっといつもの夜ならば、寂しさを紛らわせるような音に聞こえていたのかもしれない。
紫がかった夜空の下で、ジャックオーランタンがかつての魂を燃やす。さまよえる者たちが灯火となって、この日だけは誰も迷わないように広い庭を照らすのだ。
狼男は行儀良く、切り取ったパンプキンパイを食べている。その甘さに尻尾を揺らして、舌鼓をうっている。
フランケンシュタインの怪物と、その奥方は踊りを楽しむ。音楽に合わせて灯りが明滅するのが面白くて、呪いの人形兄妹は手を叩いてはしゃいでいた。
生ける屍と動く骸骨は肩を組み、善きハロウィンの夜を歌う。避けられぬ一度の死を乗り越えれば、残るはもはや自由の身、灰になるまで楽しむばかり。陽気な彼らを眺めながら、海から帰ってきた幽霊は酒を片手に笑っている。
魔女の娘、蜘蛛の淑女。目を離した隙に衣装が変わるのはまるで魔法のようだった。蝋燭の灯りに照らされきらめいて、きゃらきゃら笑って祝祭の夜を喜んでいる。キャラメルアップルの艶やかな輪郭。ちょっとした猛毒はご愛敬。
喜ばしきかなハロウィンの夜。
誇らしきかな、人ならぬ者の生き方。
「よい夜ですね」
私は思わず、呟いていました。毎年、そんなことを言っている気がしますが本心だから仕方のないことです。パーティーの賑やかさから少し離れたところで、私は皆を眺めていました。
私の隣では友人が、同じようにお客様を眺めています。艶やかな黒い毛並みが蝋燭の灯りで輝いて、私を尊い気持ちにさせました。
「旦那さまのお手柄ですね」
「ふふ、君にいっとう褒められるのはこの時だけですから」
私は友人の言葉に、ほっと息を吐きました。そして彼を見て、考えていたことを口にします。
「今年も楽しかった。君と過ごせたことが」
「僕もです」
「この思い出を抱きながら、次を待つのでしょうね、私は」
「そうしてください。僕もそうします。色んなところを彷徨いながら――そうしてまた、来年」
友人が金色の目で見つめてきますと、私の赤い目はほんの少し滲んでしまったような気がして、それでも目をそらすことなんて。
「ええ、来年。待ってますよ」
私が答えれば、二人とも暫く黙ったままでお互いに見つめ合っていました。それが合図だということは、長い年月のなかで、承知のものなのでした。
「それでは、夜が明けないうちに」
黒猫がにゃあ、と鳴きますと、そのまま庭の草むらへと歩いて行きます。音もなく、影のように、誇らしげに尾を揺らして。
「いってらっしゃい、キャロル」
私はぽつりと呟きました。キャロルの影はすうっと、幽霊のようにその姿を消しました。
森の向こうで夜が薄くなりはじめています。
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