クライシスアクター
稲富良次
第1話 奈良公園
俺の名前は池上信一郎38歳
奈良公園の近くの茶屋の御食事処美山亭店長だ。
このオーバーオールカッコいいだろ、口髭顎髭決まってないかい?
今日は嫁売テレビの特番のインタビューでめったに店に顔を出さないが
朝からスタンバっている。
雇われの店長代理にはこんな美味しい役は任せられないだろ。
カメラは一台だけだか棒マイクが二本レフ板も三枚持ってきている。
スタッフも十人いる。
みんなオレンジ色のTシャツを着ている。
「24時間テレビ」のお古らしい。
それにしてはどこにもロゴがないな。
メイクもされ(目バリを入れられた)段取りを教えられたりして諸々
セッティングの関係で夕方になってしまった。
おいおい昼から拘束されてんだぜ勘弁してくれよ。
「それでは池上さんよろしくお願いします。巻きでお願いします」
「・・・わかりました」
「5、4、3、、」
「奈良公園の鹿が外国人、特に中国人が虐待しているという事実はご存じですか?」
画面外のアナウンサーがマイクを向けて喋る。俺は答える。
「私は二十年この奈良公園で飲食店を営んでいますがそんな事実は聴きませんね」
「鹿を蹴ったり、殴ったり、またがったり、鹿せんべいに糞を塗りたくったり
しているらしいんですが、ご存じですか?」
「えっそんな事は初耳ですよ。奈良公園の鹿は天然記念物ですよ。信じられない…」
「オーバーツーリズムで外国人観光客が増えてマナーの悪い外国人が増えているとは
思いませんか?」
「たしかに外国のお客様は増えましたけど、みなさん礼儀正しいですね。
「郷に入れば郷に従え」という精神がわかっていらっしゃる。
むしろ気持ちよくさせていただいております。」
「わかりました。貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「どういたしまして」
これで終わりか拍子抜けだな…
画面から外れると
脇にいたスタッフがカメラに向き直っている。
おやテストかな?
インタビューを受けている設定か?
もれ聴こえる。
「わたしは十年間バスガイドをやっていますが、外国人が鹿を蹴っている所を
一度も見たことがありません…」
なんだヤラセか…
なんだっけこれを「クライシスアクター」っていうんだっけか
元々は災害救助の時の被害者の役のことを言うんだが
転じて局側のサクラ、いわゆる仕込み専用の役者を指すんだっけ。
やれやれこんな事したら売れない役者で万が一売れたりしたら
もしスキャンダルをおこしたらデジタルタトゥとして追及されるんたろうな。
だから局のスタッフがやるのか…
まぁあんなしゃくれ顔の女なら万が一にも役者として大成しないだろうな。
「池上さん、これギャラです」
「あっありがとうございます。遠慮なく…」
おれは木立の奥に引っ込んで封を開けた。
「五万円…とっぱらいにしても…五時間拘束で五万円か…
時給一万円か…舐められたのか…」
いやいやこれで今月の娘の養育費がなんとかなったじゃないか
俺は髭を撫でて溜息をついた…
秋の夕暮れは暗くなるのが早い。
俺は奈良の夜に碌な盛り場がないのを知っているので
近鉄奈良線の駅に急いだ。
まさかこの事が俺の人生のケチのつけ初めとも知らずに…
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