第16話 ペルソナ

「……」


 白仮面は、少し黙った。


 まず、白仮面の『性格』に関して。

 これは、自他ともに、『性格が悪い』とわかっている。


 投影魔法の使い方、隠しボスへの研究とその公表の仕方。

 正直に言って、性格が悪い人のやり方だ。

 

 もっとも、時代を動かす人間というのは、往々にして、どこか異常性を抱えているものだ。

 そういう意味で、性格が悪かろうと、『新しい法則』の提示は、それを補ってあまりある。と多くの人間が判断している。


 しかし、『性格が、メダルのドロップ確定とつながっている』という推測は、『期待』してはいなかった。

 予想や想定ではない、『期待』はしていなかった。


「確かに無関係ではない。が、そこが紐ずくっていうのが、個人的に納得できないな。もしかして、知り合いにいたのか? 『異様にレアドロップ確率が高い人』とか」

「ええ、モンスターを倒した時の魔石の質が非常に良くて、あの子が獲得する魔石は、専用の分析機材を使ってた。役所に置かれているのは名前だけしか判断できず、内部の質までみれないから」

「俺から、そいつを同じ雰囲気を感じたと?」

「それもある。ただ……あの子は冒険者を辞めた。何かに耐えきれなくなった。と言った雰囲気だった。あなたも同じなら、耐えきれなくなった代わりに、その性格の悪いペルソナを作ったのではないか。そう思うの」

「……どうやら、『答え』を聞いてるわけじゃないみたいだな」


 白仮面の『魔力感知』は相当なレベルだが、凍華から発せられる『疑問』の雰囲気は読み取れる。


 冒険者を辞めたその知り合いから、『答え』を聞いているわけではない。


 そこは白仮面もわかった。


「……随分、洞察力があるんだな」

「フフッ……私自身、50層ボスの単独突破は、『未解明の法則』を見つけ出して成し遂げた。洞察力がないと、50層のボス撃破はできないと思わない?」

「まぁ、50層が『一般人の限界』で、51以降が『人外』ってなるからな。そういう点は納得だ」

「それで、どうかしら。あなたの性格と確定ドロップ。つながりはあるの?」

「……実際無関係でもない。ただ、その手段を取ることをトリガーに『メダルドロップが確定する』というのは『ダンジョン側の仕様』だ」

「ふむ……」


 凍華が見ていたという『あの子』が誰なのかはともかく。

 レアドロップの確率が普通よりも高く、魔石の質が良くなるという手段。


 おそらく白仮面にも、それに該当する手段があると凍華は推測しているし、白仮面の反応から事実だろう。


 ただ、『メダルの確定ドロップ』というのは、その『手段』がトリガーとなって引き起こされる『特別ボーナス』というわけだ。


「……ねぇ、あなた、先月の利益、7万円と言ってたわよね」

「ああ」

「あなたが手に入れた魔石に関しては、普通の魔石よりも質が良いんじゃないの?」

「まあ、良いだろうな」

「なぜそれを主張しなかったの?」

「俺みたいな編集ばかりの奴がアレコレ言っても仕方ないだろ」

「……捻くれてるわね」

「だろ?」


 凍華は少し、考えているようだったが……。


「一つだけ、わかったことがあるわ」

「なんだ?」

「あなたが朝垣夏帆に渡したあの剣。もしかして、完全に使いこなすことができれば、あなたと同じことができるようになるのかしら?」

「何故そう思う?」

「『正直』な剣。あなたは以前の配信でそう言っていた。遠いような近いような、どこか、引っかかる」

「……Sランクは人外とされるが、マジかこの人」


 光輝は、仮面の下で、本気で戦慄していた。

 自分の能力の本質、その秘密。夏帆に渡した剣に込めた、自分ですら無意識だった意図。その全てを、この女は、たった数分の会話と、配信映像だけで、ほぼ正確に見抜いている。


 光輝は、数秒の沈黙の後、観念したように、しかし、どこか楽しそうに口を開いた。


「……あんたの言う通りだ。あの剣は、何も『与え』はしない。ただ、『映し出す』だけだ」


 彼の言葉に、凍華は満足そうに、わずかに口角を上げる。


「使い手が、そこに何を映し出すか。そして、映し出された『真実』と向き合う覚悟があるか。全ては、それ次第だ」

「地図ではなく、鏡を渡した、というわけね。どこまでも、性格が悪いのね、あなたは」

「世界は、地図をくれるほど、親切じゃない」


 光輝の言葉に、凍華は小さく肩をすくめた。

 彼女がここに来た目的は、果たされた。

 彼の能力の本質、その危険性、そして、彼の人間性。


 その全てを、彼女は自らの目で『確認』できた。


「忠告通り、確認は済んだわ」


 凍華は、白仮面に背を向ける。


「『何か』は世界に知られた。でも、『どうやって』はあなたしか知らない。あなたは『的』になったわ。国も、ギルドも、あなたという『歩く鉱脈』を、喉から手が出るほど欲しがっている。せいぜい、気をつけることね」


 去り際に、彼女は一度だけ振り返り、氷の瞳で、しかし、どこか面白そうに、こう言った。


「――また会いましょう、『EXランク』さん」


 その言葉だけを残し、彼女の姿は、通路の闇へと静かに消えていった。


>>EXランク……?

>>おい、今、なんて言った?

>>Eランクじゃなくて、EX……?

>>どういう意味だ……?

>>Sランクが認めた、規格外の称号ってことか……!


 コメント欄が、彼女の残した最後の謎で沸騰している。

 だが、白仮面は、もうその喧騒には意識を向けていなかった。


 ただ、凍華が去っていった通路の闇を、静かに見つめている。


(……耐えきれなくなった、か)


 彼女が言っていた、もう一人の冒険者。

 自分と同じ能力を持ち、そして、その能力の『代償』に耐えきれず、去っていったという、誰か。


 初めて、彼は、この世界に、自分以外の『理解者』が存在した可能性に思いを馳せていた。


 それは、Sランクとの対峙よりも、よほど、彼の心を揺さぶる事実だった。


「……さて、と」


 彼は、小さく息を吐くと、我に返ったように配信カメラに向き直る。

 その声には、先ほどまでの不遜さは消え、どこか、静かな響きだけが残っていた。


「……茶番は終わりだ。今日の配信は、ここまでにする」


 彼は、ボスがドロップしたメダルを拾い上げると、いつものように、カメラに向かってポーズを決めた。


「最後まで見てくれてありがとな。それでは皆さんご一緒に~、編集乙!」


 配信が、唐突に終了する。

 後に残されたのは、あまりにも多くの謎と、そして、仮面の奥に隠された、一人の少年の、誰も知らない感傷だった。

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