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かい‐だん【怪談】

ばけものに関する話。妖怪・幽霊・鬼・狐・狸などについての迷信的な口碑・伝説。

              ――――広辞苑


「なー古和玖こわくー、今日一緒に帰ろうぜー」

「ごめんね、ちょっと急いで帰らなきゃいけなくて」

 クラスメートの誘いに、古和玖は眉を下げた穏やかな笑みで返した。

 絹糸のようなさらさらと艶めく髪に、眼鏡の奥の澄んだ黒い瞳。人形のような整った目鼻立ち。やわらかく響く低い声。

 加市里かしり古和玖、高校二年生。

 基本的に誰にでも優しく、淡い綺麗な顔の造形は藤か桜の花を思わせるが、それ以外は勉強も運動もごく普通の少年だ。


 表向きは――いや、昼の間は。


 学校を出たあと、スクールバッグを肩にかけ直して道を行きながら、古和玖は手に持った真っ黒な本をぱらりとめくる。

 カバーだけでなく、すべてのページが黒く染まっていた。

 真っ白なまま残っているのは、あと。

――あと、一人……。

 長い睫毛が眼鏡の奥で瞬いた。本を支えるてのひらに、自然とくっと力がこもる。

 ぱたんと本を閉じて、顔を上げて、少し足を速めた、次の瞬間。


「いい赤目ですね」


 すれちがいざまに、そう言われた。


 古和玖はばっと振り返り、咄嗟に目の横に手を当てる。

 硬い感触がした。確かに、眼鏡はかけている。

 当たり前だ。だってまだ、逢魔が時にはなっていない。まだ日は高くて、空は雲一つなく高く青くて。この時間の古和玖は、普通の人間のはずだから。


 外すわけがないし、うっかりかけ忘れたなんてありえない。

 眼鏡越しの古和玖の瞳は、漆黒に視えるはずなのに。


 振り向いた古和玖の視線の先では、長い金髪が、昼の陽の光を浴びて煌めいていた。


「――ああ、すみません」


 豪奢な金色が流れるように靡いて、一切無駄のない輪郭が覗く。

 銀色の瞳と、目が合った。人外を疑うほど美しい男が、緩やかに弧を描いた唇をしゃらりと開く。

「俺は、貴方のようなとびっきり不吉で鬼魅きみの悪い『怪談』が大好きなもので」

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