第13話

薄い朝陽が「探偵社アネモネ」の窓から差し込む、午前七時。その光は黄ばんだガラスを透過しながら柔らかく広がり、荒れた室内のあちこちに明るい斑点を作り出している。光の束は、浮遊する微細な埃の粒をくっきりと映し出し、それがまるで静止した時間の中で踊っているかのような幻想的な景色を描いていた。

デスクの上では、山積みになった書類や新聞の影が微妙に形を変え、朝陽が照らす一部のページは色あせたインクを際立たせている。

いつも寝坊ばかりの陽希が、今日は交代の都合もあってか、この時間にもうテーブルに向かって懸命にラップトップのキーボードを叩いている。そこへ、理人が、心配そうに眉を下げながらブラックコーヒーとフルーツを持って来た。小さな皿の上に、カラフルなフルーツのスライスが美しく並べられている。目を引くのは、鮮やかなオレンジの色を放つミカンの薄い輪切り。その形は完璧な円を描き、透明感のある果肉が光を受けてキラキラと輝いている。その隣には、リンゴのスライスが並べられ、柔らかなクリーム色の果肉が、赤い皮の縁取りによって引き立てられている。皮の部分は薄い赤から濃いワイン色へのグラデーション。

「根を詰め過ぎないようにね」

「理人ちゃーん、ありがとー。もう目が痛いよー」

陽希が甘えるように理人の腰元に抱き着いた。コーヒーを下ろす前だったので、それを見ていた水樹から、「危ないぞ」と叱責を飛ばす。理人は引き続き困ったように笑うばかりだった。

「でもでも、聞いてよ、二人とも。俺、凄い情報をゲットしちゃったからね」

陽希に手招きされ、水樹も椅子を立ち上がって、杖を突きながら陽希の隣の席まで移動する。画面を覗き込むと、そこには四十年近く前の、童話のコンクールの結果が表示されていた。

陽希は、画面を指差して、堂々と声を張る。

「この一位を獲った子の名前、見てよ。『花村ヒヨリ』だって」

「個人情報」の概念が薄い時代だったのか、はたまた時間が経ち過ぎた情報だから公開しても良いと判断されたのか、花村家の住所が細かく付記されている。当時の写真もある。症状を持ってカメラに笑みを向けているヒヨリは、歯がところどころ生え変わっている途中で愛らしい。

「よくやった。この写真を持って、近場を巡ってみましょうか」

水樹がにやりと笑うと、陽希は早速その写真をプリントアウトする画面を開く。その時、水樹は、はたと気づいた。

「この、受賞した童話、何だか奇妙ですね」

童話の内容は、「とある未知の文明」がテーマになっていた。ある一人の男子小学生が、その失われた文明の歴史を紐解くという、スペクタクルな作品だ。理人もその作文に、首を伸ばすように覗き込んで目を通すと、水樹と顔を見合わせ、それから二人は同時に唸った。

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