第11話


結局、少し間をおいて隆道が雄吾を追ったが、それから一時間ほど探しても、見つからなかったらしい。隆道がそれを告げる為に大学に戻って来てからも、「探偵社アネモネ」のメンバーは雄吾をしばらく待ったが、戻らなかった。

「申し訳ないが、今日はお引き取り願いたい」

と、隆道が頭を下げたので、「探偵社アネモネ」のメンバーは、事務所に戻った。

***

一先ずは、全員で、普段来客用に使っているガラスのテーブルと、ブルーのソファを使って、そこに今回の依頼の資料となる写真を広げて、三人で腕組みして考え込んだ。

「しばらく、大学には伺えそうもないですね。水樹、この先どう捜査するおつもりですか?」

「汐海さんからお話を伺うことで情報を得つつ、神崎小学校について調査を深めたいところです」

「この資料、返せなかったねー……」

 目の前にある資料の半分は、優子が持って来てくれたものだ。

「これを置きっぱなしで行方不明になってしまわれたのだから、仕方ありませんよ。一応、見直してみますか」

 水樹は、そう言いながら、それらの資料を、片方の手に一枚ずつ手に取る。丁度、右手に持ったのが、生徒の作文を集めた文集だった。生徒の学年にかかわらず、ランク付けされ、掲載されている。そう言えば、これは流石に文章量が多く、億劫になって未だ読んでいなかったな、とその頁を捲る。運動会が楽しかった話や、出来なかった水泳ができるようになるうまで頑張った話など、作文の内容は様々だ。

「教師はこれを読んで吟味しているのですよね。児童の作文の良し悪しなんて、僕には全然分からないです」

「私も。教師の皆さんを尊敬します」

 理人も、そう言いながら、文集を覗き込んで来た。丁度其処から数頁を読み進めた先の、ある少女の作文で、水樹の目が留まる。


   だいすき だがし屋さん

六年一組 はなむら ひより

 ヴェルベット・スイートコーナーという、小さなだがし屋さんがあります。

えいがみたいな棚をのぞくと、きらきらした包装がいっぱいで、まるでお宝みたい!

ルンルン気分でお気に入りのキャンディを買うときは、本当に楽しいです。

ミルク味のチョコレートは、おばあちゃんも大好きだから、よく一緒に食べます。

ルビー色のラムネ玉も、とてもきれいで美味しいんです。

文具コーナーの近くには、小さなゲーム機も置いてあって、友だちとよく遊びます。

メロン味のガムを噛みながら、ゲームに夢中になると時間を忘れちゃうんです。

イタズラ好きな弟が、よくお菓子をつまみ食いしようとするので困ります。

のんびりとした午後に、だがし屋さんで過ごす時間は、私のお気に入りです。

秘かに、だがし屋さんには特別な空気が漂っている気がします。

ミステリーの本を読んでいると、どこかにお宝が隠されているんじゃないかと思う。

ツボのような形のお菓子入れを見たとき、ひょっとしたら宝箱かもと想像します。

ゆっくり歩いて帰る途中、袋から甘い匂いが広がります。

リスみたいに小さな口でチョコをかじるのが好きです。

のこぎり型の容器に入ったゼリーは、開けるたびにワクワクします。

きらめくラムネの粉を、一気に口に入れる瞬間が最高!

のどが渇いたら、冷たいサイダーで気分をリフレッシュします。

しお味のせんべいも忘れずに買うのが、私のルールです。

たのしい思い出をいっぱい作れる、だがし屋さんが、大好きです。


水樹は、この作文に顔を近づけた。

「……何か、この文章、妙ですね」

「小学生の文章ですから」

理人が困ったように眉をハの字にして笑っている。どうやら、文章の出来栄えを批評したと思われたらしい。水樹は、「僕を、子どもに対しても譲歩できない男みたいに誤解しないでください」と首を左右に振り、

「一文ごとに改行されていたり、内容の切り替えが急すぎたりしています」

と、呟きながら、作文のそれぞれの行の先頭の文字を突いていく。

「ヴ、エ、ル、ミ……『ヴェルミル文明の秘密』……?」

 その時、急に、陽希が「ヤバいって、これ!」と大声を上げたので、水樹と理人は顔を上げる。

「理人ちゃん、見て見て!」

陽希がスマートフォンの画面を印籠のように見せつけて来る。トレンドのトップにある文言が目に入って、水樹は鳥肌が立つのをはっきりと感じた。

それは、一つの動画だった。

黒髪の青年が空いている道路を歩いている。街灯が一瞬暗くなった瞬間、道路の脇から腕が伸びて来て、その青年の二の腕を掴み、画面の外へ引きずっていった。青年は、大きな声で助けを求め、叫んでいるが、誰も彼を救うものはいない。

「この服装……どこかで……」

顔をアップにすると、どう見てもそれは健吾のように見えた。そして更に、血の気が引く。

「健吾さんが、連れ去られた……?」

 水樹が言う直前に、「探偵社アネモネ」の三人は、同時に動き始めた。

三者三様、分担して動画の調査を始める。水樹は、拡散され続ける動画について、話題にしている人たちの内容を速読の容量で読み込んで分析し、この動画が撮られている場所を絞る。そして、候補を理人や陽希に共有した。陽希は、その場所の候補から、少しずつ範囲を狭めていく仕事だ。理人は、動画の発信元の特定を急いでいる。

三十分ほど経ったところで、水樹たち三人は一斉に立ち上がり、事務所の車であるプラムブラウンクリスタルマイカのタントに、全員飛び乗った。

運転席は陽希だ。理人は件の動画を再度チェックしている。

水樹は、少しでも情報を得ようと、窓の外を見た。これから、人が連れ去られた現場に向かうためか、日常の営みの中にどこか、かすかな異質さを感じてしまう。交差点を渡る人々の足取りは慌ただしく、その顔に浮かぶ、疲れたような表情は街灯の鈍い光に照らされて、影を深めている。繁華街を離れ、やや古びた住宅街に差し掛かると、道端に佇む猫が、車を目で追うように見つめていた。黒々とした毛並みの中に光る黄色い瞳は、無機質な街の空気と妙に調和する。遠くで鳴り響く救急車のサイレンが耳に届く。その音はどこか遠ざかりつつも、青年の心の奥底に薄い波紋を投げかけているようである。

水樹が窓から顔を戻すと、理人が口元を覆うように手をやって考え込んでいるのが目に入った。

「どうしました、理人?」

「いえ、この動画なのですが……」

理人が、シャンパンゴールドのノートパソコンの画面を水樹に向けて来る。その画面には、先ほどの、健吾が何者かに誘拐される一部始終が録画されている。

連れ去られる健吾を、理人が人形のような白く長い指を動かし、タッチ操作で拡大していく。腕を背中側に捻り上げられ、痛みに苦悶する健吾の顔を見ているのは辛い。しかし、其の目をどんどん拡大していくと――

瞳孔の真ん中に、周囲の景色ではないものが、映り込んでいる。水樹は画面から一センチくらいの距離まで顔を近づけ、其処に映っている文字のようなものを、読み解こうとした。

「えっと……この形からすると、『A』……『I』? 『AI』ですって!?」

「ええ。少なくとも、こちらの動画内の健吾さんは、Ai。この動画はフェイクニュースです」

 このような動画が、こんな状況で世界中に拡散される理由は何か。水樹は考えるよりも早く叫んでいた。

「陽希! 引き返してください。事務所が危ない」

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