第12話『祝祭のあと、最初の襲撃』

「いやー、一晩でフォロワー10万人って…バズるってレベルじゃないだろ…」


翌日の昼下がり。

俺は、スマホの画面に表示された数字を見て、未だに現実感が湧かずにいた。

昨夜の初配信は、俺たちの想像を遥かに超える大成功を収めたらしい。

SNSのフォロワーは爆発的に増え続け、コメント欄は賞賛の嵐。

アーカイブ動画の再生数も、とんでもない勢いで伸びている。


「すごいよユーマ!あたしたち、もうスターだよ!」

「気が早いな。まだ一回やっただけだぞ」


俺の隣で、サヤは自分のことのように大喜びしている。

カウンターの中では、玲子さんと美咲さんが、そんな俺たちを見て満足そうに微笑んでいた。


「よし、この勢いに乗って、第二回の企画会議を始めるぞ!」


玲子さんの号令で、俺たちはテーブルを囲んだ。


「次はどんなネタをやる?」

「コメント返しコーナーも、もっと時間を取ってやりたいな!」


希望に満ちた会話。

何年も売れずにくすぶっていた俺にとって、それは夢のような時間だった。

自分の芸が、確かに誰かに届いている。

この時間が、ずっと続けばいい。

そう、思った矢先だった。


ガラン!


店の扉が、勢いよく開け放たれた。

そこに立っていた人物の表情は、昨日とは全く違っていた。


「サヤ!ユーマくん!大変だよ!」


血相を変えて飛び込んできたのは、真琴さんと玲奈さんだった。

そのただならぬ雰囲気に、俺たちの間の和やかな空気は、一瞬で凍りついた。


「どうしたんだい、二人とも。そんなに慌てて」

「玲子さん、これ見て!」


真琴さんが、玲子さんに自分のスマホを突きつける。

画面に映し出されていたのは、神木レイジの昨夜の配信の、切り抜き動画だった。

動画の中で、レイジは、甘いマスクとは裏腹の、冷え切った声で喋っていた。


『ていうかさ、隣の女、誰なの?なんか普通の大学生らしいじゃん。へえ…どこの大学で、どんなことしてる子なんだろうね?誰か、知らないの?知ってる子がいたら、みんなに教えてあげなよ。どんな子か、僕も知りたいし』


それは、甘い笑顔で言われた、悪意に満ちた「扇動」だった。


「…気にしないよ、こんなの!」


サヤが、気丈にそう言った。

だが、その声がわずかに震えているのを、俺は聞き逃さなかった。


「サヤ…ごめん」


玲奈さんが、青ざめた顔で、別の画面をサヤに見せる。


「もう、始まってる…」


そこに表示されていたのは、匿名掲示板のスレッドだった。

『【レイジ様公認】サヤとかいう女の身元を特定しようぜ【祭り】』

スレッドを開くと、そこには、地獄のような光景が広がっていた。


『本名、〇〇沙耶だってよ』

『××大学の文学部らしい』

『こいつのプライベートアカウント見つけたぞwww』


そして、その下には、サヤがプライベートで友人と遊んでいる様子の写真が、何枚も貼られていた。

中には、大学のキャンパス内で、明らかに気づかれずに撮られたであろう、盗撮された写真までもがあった。


「…あ…」


サヤの顔から、さっと血の気が引いていく。

唇が、わなわなと震えていた。

これは、もう「アンチ」や「批判」のレベルではない。

芸とは全く関係のない、ただの悪質な個人攻撃。

犯罪だ。


俺は、震えるサヤの肩を、黙って抱き寄せた。

身体の奥底から、経験したことのないほどの、冷たい怒りが湧き上がってくるのを感じた。


「…玲子さん」


俺の声は、自分でも驚くほど、低く、静かだった。


「これはもう、俺たちだけで解決できる問題じゃない」


俺はポケットから、一枚の名刺を取り出した。

あの日、橘さんが、半ば無理やり俺に渡してきたものだ。

そこに書かれた番号を、俺はスマホで一つ一つ、確かめるように打ち込んでいく。


「俺は、俺の相方を、危険な目に遭わせるわけにはいかない」


画面に表示された「橘梓」という名前。


「プロに、相談します」


俺は、意を決して、発信ボタンを押した。

コール音が、静まり返った店内に、やけに大きく響き渡った。

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