黒の衝撃

 凍土が焼け溶け河を作り流れいく。氷結環境を灼熱地獄へと変えたメルトゥ・スウォームのスペルを詠唱札解術を用いて発動し、一気に勝負をデミトリアは決めにいった。

 そんな状況にリベリオンはやりすぎではないかと訊ねると、ふっと鼻で笑ってから粉塵に見えた影をデミトリアは捉えながら答える。


「かつて我らはもう少し見てみたいと僅かに気を緩め敗れた。故に今回は容赦せず叩くと決めた……何より、スペル一枚発動した程度で倒れるような者達ではない」


 デミトリアに目を向けていたリベリオンが前に向き直り、片膝をつくエルクリッドとそれを守るように翼を閉じるヒレイを姿が目に映る。次いで隣にノヴァ、シェダ、リオと健在であり、両手をついて汗だくのタラゼドが笑みを浮かべて倒れ込むのを見てなるほどと頷く。


「最高位の魔法を防ぎ切るだけの結界を瞬時に展開したか、流石だなタラゼド」


「恐縮です、ね。ですがあなたの思惑通り、わたくしはもう魔法を使う事は叶いません……もちろん、置き土産はさせていただきましたが」


 姿勢を直して座り込むタラゼドが穏やかに微笑むと、ビシッと何かが割れるような音がデミトリアのカード入れから響き、そういう事かと述べてタラゼドの置き土産をデミトリアは理解した。


(儂のスペルを防ぎつつその威力を未召喚のアセスに伝播させ倒した挙げ句、精神操作によって仲間の意思操作をして神獣をカードへ戻すとはな。本来ならば精神操作は禁術ではあるが、次の担い手の為に破ったのであれば問い詰める事もない、か)


 刹那に防御と返し技とを両方こなすタラゼドの手腕を改めて称賛しつつも、彼がそれだけエルクリッド達を見込んでいる事を再認識しデミトリアの口元に笑みが浮かぶ。

 無論、魔力を全て使い切った事でタラゼドが戦闘続行不能になったのは対価として相応であり、エルクリッド達も彼の対応を理解しありがとうございますと一声かけ前に一歩出る。


「いくよ、ヒレイ!」


 翼を広げながら灼熱地獄に咆哮を轟かせヒレイがエルクリッドに応え空へ飛ぶ。身体をのけぞらせながら巨大な火球を吐き出して攻撃を仕掛け、すぐに雲間から射し込む太陽に紛れつつ雲へ隠れ立ち回る。

 リベリオンは向かって来る火球を右の頭から放つ黒の雷で貫いて破壊するも、爆発した火球によって炎が広がり視界が塞がれた。刹那、リベリオンは尾を振り上げ背後から迫ろうとしたヒレイを退かせ、一瞬停止した所へ振り返って三頭が黒の雷を吐いて反撃しヒレイも白い火炎を吐いて迎え撃ち、二つの攻撃のぶつかり合いが爆発を起こす。


(あれだけ大きいのに不意打ちに即応するだけの機敏さを持つ……その上攻撃力も防御力も高いなら、普通の攻撃で倒すのはまず無理だよね。だからといって支援するにしても、デミトリアさんの読みを超えないと)


 改めてリベリオンというアセスについて分析しながらエルクリッドは策を練る。強大な敵を前にして怯まない心はもちろん、冷静に相手を見極め勝機へ繋がねばならない。

 デミトリアというリスナーが攻撃スペルを中心に一手一手が重く強力なもの、相手の出方を待ちそれを受けて立つものという戦術を展開するのは確認できたが、複数枚を同時に使ってはいないのもエルクリッド達は気づく。


(使えないのか、使わないのか、どっちにしても今はシェダ達の為にリベリオンの情報収集だね)


(リベリオンの力を推し量ってから攻めるつもりか、ここに来て基本に立ち返ったようだな)


 ヒレイが空を飛びながらリベリオンを翻弄し攻撃を加え、反撃を避けながらエルクリッドも支援を欠かさずカードを切る。それらが情報収集の為のものとデミトリアも見抜き、一度アセスを戻した三人が動きを見せてない理由を悟りつつ尾錠に手をかけた。


 いつカードを切るか、デミトリア側もそれは判断を見極めなければならない。複数人を相手取る以上は的確にカードを切り対応しなければならず、当然その間アセス自身の実力と判断に任せねばならないからだ。

 自らにかけた枷とはいえそれが頂点に立つ己をさらに研鑽し高みへと導くというのも事実、エルクリッド達が自分をどう攻略してくるのかへの期待とそれをねじ伏せる度量を試される。その緊張感にデミトリアは静かにほくそ笑む。


(さあどうする次代を担う者達よ、我らを倒す策を見せてみるがいい!)


 期待と高揚、デミトリアがカードを抜きかけたその瞬間に動いたのはリオてあった。デミトリアへ視線を送ってからカードへ魔力を込めた事から、何を召喚するかはデミトリアに伝わる。


「勝利の為に力を貸してください、ローズ!」


 白き閃光と共に赤の鎧を纏いし戦乙女が飛翔し、白の羽根を撒き散らしながら薄緑色の聖剣ヴェロニカを抜いてリベリオンへと向かう。

 己の娘が人ならざるものとなり、それでも誇りを失わず新たな道を切り拓く姿には親としてデミトリアも感慨深さはある。だが今は試練の場、私情を抜きにリベリオンの振られる尾を盾で受け流し突っ込むローズへ、素早くカードを切る。


「スペル発動ファイアウォール!」


 炎の壁がリベリオンを囲ってローズの行く手を阻み、刹那にリベリオンが翼を羽ばたかせて放つ漆黒の風刃を剣で弾いて防ぎ切ってすぐに飛んで真下から迫っていた尾の攻撃を避けた。

 同様にヒレイも炎を吐いて浴びせかけるがそちらは三頭の放つ黒の雷と相殺し合う拮抗状態であり、互いに決め手に欠けている平行線が続く。


 そうした中でタラゼドの精神操作を受けて神獣を戻したシェダとノヴァの次の手が何かはデミトリアも警戒せざるを得ない。思考が途切れ状況把握が遅れてた彼らがカード入れに手をかけ動き出すと、咄嗟にカードを切り手を打った。


「スペル発動シールカード、儂はスペルカードを選択する」


(一定時間選んだカードをお互いに使えなくするスペルをここで切るとは、デミトリア殿もよくわかっていますね)


 疲弊し戦いを見守るタラゼドはデミトリアが発動したカードの分析に入り、その影響がどう及ぶかを想定していく。

 選択されたカードと同じ種類のものを使用不能とするシールカードは、使いどころさえ間違えなければ詰めの一手にもなり得る。今の状況ではエルクリッド達のスペルを封じ込めツールないしホームカードを使う事への誘導と、シェダとノヴァにアセスを召喚させる狙いが予想できた。


 無論デミトリアもスペルカードを使えなくなるが、リベリオンという第六神獣たるアセスを呼び出している状態もありヒレイとローズ相手に優勢を保っている。


(戦いの流れはデミトリア殿に傾きつつありますが……まだ、勝負が決したわけではない)


「また頼むぜディオン! 相手が何であろうと勝つぞ!」


 冷静に分析していくタラゼドの隣でシェダがディオンを再び召喚し、現れてすぐにディオンは聖槍を手に焼けた大地を駆け抜ける。

 体躯の差に竦む事などない迅雷の槍士にリベリオンが気づき、下半身の口を開き猛烈な吸い込み始めた。


 周囲の溶岩も吸い上げるかのごとく引き込む勢いにディオンは構わず突っ込みながら槍を構え、それにはリベリオンも吸い込みを止めて突き出される槍を閉じた口の牙で防ぐ。


真・螺旋黒雷衝ブラン・インパクト……!」


 前へ踏み込みながら聖槍に力を込めてディオンが技を繰り出し、刹那にリベリオンの身体が僅かに浮いた。

 その瞬間を逃さずにヒレイが真正面から、ローズが頭上から、そしてディオンも追撃態勢をとって三方から攻めにかかる。


 その瞬間、リベリオンの目が光り、全身から黒の衝撃波を繰り出しヒレイ達を吹き飛ばし、さらに口から吐く黒の行かず地でヒレイを貫き、振り抜かれる剣尾でローズを切り裂き、前へと出される蹴りでディオンを押し退けエルクリッド達の元へと叩き落とす。


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