風が通りて
風が静かに吹き抜ける。刹那の五月雨の如き戦いが終わりを告げても誰一人動く事も声を出す事もできず、息を切らしながら左腕から血を流すメビウスがふうと息をつきようやくエルクリッドがノヴァ達の所へ駆けつける。
「ノヴァ! リオさん!」
身体を抱き起こすノヴァも魔力を出し尽くした事で意識を失っており、リオも身動ぎこそすれど返事はなく死力を尽くしていた。
此度の戦いはリオの試練にノヴァが支援として参加する形のもの。リオはアセスはいるが戦闘不能となりメビウスの方は健在ながらもアセスを全て失っている。
この場合、カードを使える点でメビウスが勝利というのが定石であるものの、当の本人はカードを使う事なくゆっくりとエルクリッドの所へ歩み寄るとわたしの負けだなと告げ、見上げるエルクリッドに微笑む。
「このわたしのアセスを全て倒した者は久々だからね。何より、ハスラーの方が先にカードとなり本人も負けを認めている以上、わたしはリスナーとしてアセスの意向には応える義務がある」
天空王の名を持つハスラーが敗北を認めた事も踏まえての判断にはエルクリッドも納得するしかなく、傍らにやって来たタラゼドが片膝をつきノヴァとリオの治療を始める。
「メビウス殿もお疲れ様です」
「わたしの治療は二人が終わってからでいいよ」
わかりましたと返しながらタラゼドはかざす手から放つ淡い光をノヴァとリオの二人に浴びせ、エルクリッドもひとまずノヴァをそっと寝そべらせて見守る事にした。
これでリオもバエルへの挑戦権を得た事となり、ノヴァも実戦経験を経た事でリスナーとして一皮剥けた事となる。好奇心旺盛で無邪気さも残る存在の成長はエルクリッドにとって喜ばしく、またその成長に応えられるようにとよりいっそう気が引き締まる。
同じものはシェダも思いながら手を握り締め、次に思うのは自分やエルクリッドがメビウスに挑む事への闘志の高まり。
しかし戦いが終わったのもあってか風の公爵たるメビウスの雰囲気は普段のおおらかで穏やかなものとなり、深く息をついてからよいしょと瓦礫に座るのに次の事を考えるというのも一度片隅へと押し退けられる。
「イリアにあんな力があるとはね、恐れ入ったよ。そしてそのイリアが選び共に戦い抜いたノヴァくんの思いの強さもよくわかった、憧れるだけでなく自ら道を歩もうとする思いがね」
全てを出し尽くし治療されているノヴァの穏やかな寝顔は満足感に満ち、メビウスの評価を示しているように感じられた。
夢を現実のものとするように、己の目で見て感じ学んだ事を実践して行動する。全ての人間が出来るわけではない事をノヴァはやって見せたことは確かな成長であるし、同時にこれから先少しずつ積み重ね研鑽してくものである。
まだ何もわからず手探りでいた頃をエルクリッド達はノヴァを見つめながら思い、静かに吹く風を感じながら思いを馳せた。
ーー
メビウスの戦いが終わったのとほぼ同じ頃、風の国北部の凍土にてその戦いは終わりを告げる。
神獣の一角たる
それを見届けながらアセスをカードへ戻すは十二星召筆頭デミトリア。やがてエトラが赤き光となってカードとなり、デミトリアがそれを掴み取り絵柄を見つめながら南の方に振り向く。
「……メビウスが負けた、か」
直感的にそれが伝わり口から漏れた。若き頃より切磋琢磨してきた戦友の敗北にデミトリアはフッと笑うとエトラのカードを尾錠に備わるカード入れへ収めつつ、静かに近づく足音を耳にしそちらへ向く。
「ほう……これは久方ぶりに見る顔だな」
「えぇ、数十年ぶりですねデミトリア・ダエーワ……歳を重ね尚もリデルに相応しい存在である事は我が主もお喜びになるでしょう」
眉を上げつつデミトリアは穏やかに話す彼にそうだなと返し、吹き抜ける冷たい風を感じながら雲間から射し込む光を受ける。
「して、何用で再び姿を見せた? 貴様がいるという事はかの者の遣いとしての約目を果たす為……検討はついているが、な」
腕を組みながら問うデミトリアに彼は流石ですと苦笑混じりに答えると、風が止んでから言葉を静かに紡ぐ。
「夢を終わらせ現に呼び戻す為に、我が主はかの場所にて試すとの事です」
「貴様の主が巫女の身体を借りて直接来ればよかろう、何故そうしない?」
「曰く、当代の巫女に嫌われているから、らしいです」
苦笑いしながら伝えられる答えに一瞬デミトリアは呆気にとられ、そして肩を震わせて腹の底から高らかに笑うと落ち着くのを待ってから話を進めていく。
「確かに今の巫女は剣を手に自ら戦うじゃじゃ馬娘だからな、恐れ知らずも度が過ぎれば神をも慄かせるか、面白い話だ」
「全くです、とはいえ実際この目で確かめた限りではわざわざ我が主が試練の為に呼び出す程の不安はないと思っているのですが……」
「ふっ、貴様には少し理解し難いやもしれんな」
首を少し傾げる彼にデミトリアは空を見上げ太陽へと手を伸ばし、そして掴むように手を握り締めると遠い日の記憶を思い出しながら彼に伝えるのは、彼が主と呼ぶ存在の懐く思い。
「かの者を忌避する者等は確かに存在する、この世界を創りながらも等しく幸福を与えぬのは何故かと、助けを願ってもしてくれぬのは何故かと、嘆き、悲しみ、怨まれ、怒りを向ながらな。だから自ら受け止めたいのだろう、運命の子の持つ思いを直に、な」
かつて国を救った若き頃にデミトリアはそこへ辿り着いた。そして出会った、エタリラを創りし存在と。
語られる様々な事を今でも記憶している、話した事も一言一句忘れる事はない。その胸中を感じながら、自分が成すべき事を知ったのだから。
再び風が通り抜けていく。冷たくも季節の変わり目を伝えるような香りを漂わせるそれは、世代の移り変わりと新たな希望をうっすら示す様にも感じられたのだった。
NEXT……
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