世界を隔てる門
燈台森広告舎
第1話
いつもの仕事の帰り道。今にも折れてしまいそうな細い三日月の晩、夜霧が立ち込める。
その日も普段通りにバス停を降りた。
霧が出るなんて、珍しいな・・・・・・。
疲れからか頭がぼんやりして思考がまとまらない。
黒い森の木々の葉が風でかすかに揺れているのが見える。
そういえばバス停の向こう側には森があったっけ。
ここいらは新興住宅街なのだけれど、近年開発されたらしき住宅街の近くには鎮守の森やいかにも古そうな神社、街を見下ろすように小さな山並みがある。
職場に通いやすいという理由だけで、ここへ引っ越してきたけれど。
今まで縁のあった土地でなく、まだ引っ越してから日が浅いため周辺の地理にはさほど詳しくない。
後で思えば奇妙なことなのだけれど、その日に限っていつしか帰り道を外れ近くの森へと脚が傾いていた。
昼間のオフィスの騒がしさから溜まる疲れを癒したかったのかも知れない。
誰もいない、誰からの視線も無い場所に来ると心底ほっとする。
そうしてまた、一人の時間になると決まって同じことを思い出した。
随分長いこと僕はずっと考えてきた。
亡くした友人のこと。
彼が最後にかけてきた電話のやり取りを。
社会人になり働き出してから色々とうまくいかないことが増えて、というおそらくはあいつ自身の日々の生活面における怠慢から発生した悩み事を
やや冷たい意見で返した言葉を。
あの時もっとあいつの異変を見逃さずに会話を交わせていたら。
あの時もう学生時代とは違うあいつの気配を察することが出来ていたら。
あの瞬間の自分の、ややもすれば冷淡とも言える、突き放した意見があの時あいつの心を刺したりしなければ。
あの時、もっと肝心なことに気づけていたら。言葉や態度を違うものに出来ただろうに。
あの時、あの時ー。
幾度そこを堂々巡りしただろうか。
あいつが死んだのはそれからひと月もしない季節で、
あいつが死んでからずっと考え続けて。
あれから何年経った、あと何年続くのか。
死ぬまで・・・・・・死ぬまでこの懺悔が続くのか。
そうだろうな。
そうでなければならない。
だって僕があいつを死に追いやったかも知れないんだから。
確証なんて無いけれど。
考えすぎかな?考えすぎだ。と人は言うかもな。
いっそあいつ自身に尋ねられたら良かった。
あの時お前は何が一番辛かった?
お前があの日マンションのベランダから車道めがけて飛び降りたその一番の理由を、僕に教えて欲しい。
・・・・・・聞いてどうするつもりだ。自分だけ楽になりたいからか。そうだよな。
卑怯だ。こうも卑怯だから、お前はあの時あんな風に一方的にきついことが言えたんだよ。なあ、そうだろう?
本当に懺悔する心があるならさ、いっそこっちの世界にお前も来いよ。
そうしたら本当のところを教えてやれる。
そんな勇気なんか、あるはずないだろうけど。
そう、いつもさ、お前ってどこか薄情だったよ。
・・・・・・あいつの、懐かしい皮肉まじりの声が聞こえた気がした。
何年経っても同じところを堂々巡り。
もう疲れた。
森の小道、錆びたベンチに腰掛けて月を見上げる。
木々が霧に紛れてうすぼんやりした暗がりを形作っている。
いつだったかあいつが話していたっけ。
なんかお前が一番、うちらのグループの中でまともな人生を送りそうだよな。ちゃんとお固い企業に就職したりとか。お前って、そういう奴だよ。
なに、皮肉じゃなくて。一応褒めてるんだよ、これでも。
あの頃つるんでいたもうひとりの奴とは今はもう連絡すら取っていない。
なんでもいつの間にか借金を抱えたりしていたようだ。
随分前のことになるが借金返済の助けを請われて貸した金のことがきっかけで、学生の頃とは違うそいつの側面が見え自然と距離が空いた。
その後僕自身は職場での激務に追われて自由な時間も無くなったが、一人暮らしにも慣れそれなりに充実もしていた。
おそらくあいつが言ったとおり道をたがえることなくここまで進んできた。勿論それなりに努力もしてー。
・・・・・・だからなんだって言うんだ。
全部自己保身ばかりじゃないか。
結局お前ってそういう奴だよ。あいつの声が聞こえる気がする。
霧が深くなり、辺りが更に深く闇に包まれる。
ベンチに腰掛けたままどのくらいぼんやりしていただろう。
「ーよお、久しぶりぃー・・・・・・。」
どこか遠くから声が届いた、と思った瞬間、くたびれたスニーカーを履く男の足元がいきなり、目の前に現れた。
突然のことで心底驚く。
見上げると、そこにはあいつが立っていた。
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