第53話 一緒に帰りたい香崎さん


 始業式はかなり退屈なものだった。今年からこの学校に赴任してきた教師たちの紹介を聞いたり、校長の話を聞いたり。

 何度がざわついて、教頭先生が怒鳴ったり。怒鳴るくらいならそもそもの式をやめてレジュメで配って終わらせたら効率的なのに。


 とはいえ、部活がある人たち以外は俺たちは早く帰れるのでウキウキではある。


 今日はバイトを入れなかったから、三井とクラス分けについて語りながらゲームざんまいでもするか。

 教室に戻ってくると、担任がくるまでの間にエマさんは一斉に同級生たちに囲まれていた。もちろん、ギャルが珍しいというのもあるがエマさんってやっぱりかなり美人で可愛いからだと思う。廊下には「噂の転校生」を見にきた他のクラスの連中が男女問わずに溜まっていたし、「あの子の連絡先……」なんて言葉が何度も聞こえた。


 俺の義妹はモテモテらしい。コミュ力も高い彼女のことだからすぐに友人も彼氏もできるだろう。そんなリア充まっしぐらな彼女をみて不思議と羨ましいなと思う俺もいる。 

 今までは二次元の推しさえいれば良いと思っていたのに、エマさんという義妹ができて、普通の女子の価値観に触れざるを得なくなってから「もしも、俺に彼女ができたら楽しいのかもな」なんて思えてしまったからである。


「三井、帰りにコンビニ寄ってかね? ゲームしながら食うお菓子ないわ。多分」

「お、いいねぇ。ってか日向は給料25日だろ? ピザとかとってもよくねぇか」

「おいおい、俺には推し活があるからな。無駄なお金は使えんのだよ。まぁ変えても五百円分だな」

「おいおい、小学生の遠足かよ!」


 なんて机で駄弁っていると、視線を感じた。チラッと教室の端っこを見るとそこには香崎さんを含めた女子三人。彼女がいるということはヲタク系女子なのだろう。

 しばらくすると、香崎さんがこちらへやってきて、三井がびくっと緊張した様子を見せた。


「あのさ、日向君」

「うん、どうしたの香崎さん」

「今日って、バイト? 入ってたっけ」

「いいや、今日は入ってないよ。香崎さんは?」

「私は、バイトなんだけどさ……えっと、その、よかったら駅前のデパートまで一緒に帰らない?」


 確かに、俺の家と香崎さんの家、そして職場のデパートはちょうど中間地点にあるから学校から帰る場合は必ず通ることにはなる。俺はちらっと三井を見ると彼はぎこちないウインクをした。

 彼とは今日一緒に帰る約束をしているが、キャンセルして香崎さんと帰れという意味だろうか。


「ダメ、かな? ごめん、もしかして先約があるとか? それならいいんだけど」

「あぁ、いやいや、一緒に帰ろう! 俺もその、デパートよりたいと思ってたし。ほら今日は弁当の時間ないから昼飯買いたかったし」

「ほんと? よかった。バイト十三時からだからよかったら一緒にお昼も食べない?  この前一緒に食べたサンドイッチでもいいし、ほらお惣菜も美味しそうだし」

「そうだね。うん、そうしよう。じゃあ、あとで」

「うん、またね」


 同じ教室の中にずっといるくせに香崎さんは小さく俺に手を振って、友達のところに小走りで戻っていった。俺と向かい合って座っていた三井がその女子たちの様子を俺越しに見つつニヤニヤした。


「ほぉ〜〜、まさか日向君にも春が来るとはねぇ。香崎さん、顔真っ赤にして友達にヨシヨシされてますよ」

「いや、それはその……なんといえばいいかわかんねぇなぁ」

「まさか、男子人気No. 1のマドンナが日向君にねぇ。ってもあの子結構積極的なんだな? 清楚なのにぐいぐい迫られる……青春だねぇ」


 ド直球に言語化されるとさすがに意識せざるを得なくなってしまい、俺も耳がカンカンに熱くなってきた。


「三井、あんまりからかってくれるなよ……」

「この学校の多くの男子の憧れですぞ、香崎さんは。小柄で美人で清楚、しかも実家はお医者さんの極太」


 その極太の実家にはかなり厄介で若干教育虐待的な親父がいます。とは口が裂けても言えないので俺は苦笑いでやり過ごす。それと同時に、彼女がその「実家」に苦しめられているのに周りから見ると憧れの一つになってしまうのだなと切ない気持ちにもなった。香崎さんにとって現状あの実家は足枷であってステータスではないのだから。


「青春ですねぇ、日向君は〜」

「三井、やめてくれよ」

「まぁまぁ、俺にはアイドルの推しがいますので生暖かく見守りますわ。じゃあ、家着いたら連絡な」

「了解」


 先生が戻ってくるころにバラバラと席に戻っていく。普段だったら、ヲタク男子の友達と学校行事の愚痴を言いながらダラダラ過ごすはずだったのに。今年は全然違う、恋愛を感じさせる女の子と美人なギャルの義妹。二人とも同じクラスで……。

 考えるだけでショートしそうになるのだ。


 自分ではわかっていたくせに、「俺なんかが」と自分を卑下して意識しないようにしてた。香崎さんは俺のことをもしかして……と。

 

 スマホに通知がくる。三井からだ。


三井『据え膳食わぬは恥ですぞ』


 うるせぇ。まじで。


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