第48話 エマさんと約束
「エマさん、同じクラスになったら兄妹だって言う? 俺としては気まずいなぁと思うけど」
エマさんは珍しく真剣な表情でストローから牛乳を吸った。
なんでもグロスが落ちるとかなんとか。
「うーん、たしかにそうだよねぇ。どっちかじゃない? 卒業するまで隠すか、先に言っちゃうか。一番最初に、ゆめっちの家に再婚で来たので転校してきました〜みたいなパターン」
「確かに、なんかあとあとになって実は……みたいなのも気まずいし」
「ゆめっちの彼女も同じ学校なんだよね?」
「彼女じゃ無いけど、同じ学校だよ。あぁ、でも香崎さんはもしかしたらクラスは違うかも。すごく賢い人だし」
「惚気ちゃって〜。でもさ、ゆめっちがもし彼女とか友達を家に連れてくるってなったらここにくるわけじゃん? そしたら私に会うわけじゃん。誤解生むじゃん?」
「それは確かにまずい。逆もそうだよね。エマさんの……カレ、彼氏とか」
「あっ。気になっちゃう感じ? じゃじゃーん! 彼氏はいませーん」
エマさんはなんだか誇らしげである。
「私は、やっぱ慎重なんだよね。ほらうちはママがさ、私のお兄ちゃんを産んだの16の時でそのお兄ちゃんのお父さんはいなくなっちゃって、お兄ちゃんも施設に預けてあったこと無いんだよね」
「そ、そうなんだ……エマさんならすごく素敵な彼氏がいると思ってたしできると思うけどな。俺は」
「なになに〜? どゆこと」
「俺は、その……エマさんはエマさんのお母さんとは血が繋がってても別人だから。エマさんがエマさんのお母さんのダメな部分を持っているとは思わないからさ」
エマさんはきょとんとした顔で俺を見つめて、それから普段はあまりみないような安心したような笑顔を見せた。
「なんだ、嬉しいこと言ってくれるじゃん? 褒めてくれるんだ」
「んなっ! ヲタクにも優しい希少種のギャルなので! エマさんは」
「ヲタクは嫌いだよ? ゆめっちが、キモくないヲタクなだけでしょ?」
「いやいや、俺はキモい方のヲタク」
「はぁ? 私はヲタクが嫌いなギャルですけど??」
卵が先が、鶏が先かである。
ちなみに俺は鶏が先理論派だ。鶏が進化を遂げる過程で同じ特徴を持った卵が生まれる。だから鶏が先。卵の中で急速に姿が進化することはないと思っているから。
「結局、どうする? 学校が始まったら言う? 言わない? ゆめっちが決めていいよ」
「うーん、俺は家に友人を連れてこないしやっぱり変にいじられたり揶揄われたりするから隠すのがいいのかなと思う」
嫌な予感がするのは、俺は学校内で明らかに「キモいヲタク」なのでそれを公表することで女子たちがエマさんに同情し、しかしそれに反撃したエマさんが孤立。これが一番最悪のケースである。やけに正義感の強いエマさんのことだから俺をかばってくれたりして女子同士の仲が拗れて残りの高校生活2年を過ごすのはあまりにも酷。
「おっけい。じゃあ、隠す方向でいこっかぁ。私もお家に友達呼ぶ……呼ぶかも」
ケラケラ笑いつつ、エマさんは続けた。
「まぁ家に呼ぶ友達は信用できる子だけだし、その子にはバレても大丈夫っしょ」
もしかして、学校が始まったら「きらきらお泊まりパーティ」なるものが家で開かれるかもしれないと言う恐怖に怯えつつ、エマさんも良いと言うことで俺と彼女はその関係性を隠す方向で進むことにした。
「じゃあ、学校始まったらそのゆめっち呼びもなしで」
「えぇ〜!! 可愛いのに?!」
もしかして「可愛い」から呼んでいたのか……? 確かに、女子アイドルみたいなあだ名ではある。
「いきなり、エマさんが教室の隅っこにいるヲタク男子を『ゆめっち』って呼んだら即バレない?」
「確かに! それはバレるわ。おっけい、じゃあ日向君でいくね」
「俺は白夢さんって呼ぶね」
「うわ〜、なんかめっちゃ他人行儀だねぇ。エマさんで良くない?」
「えぇ、想像してみてよ。教室の隅っこにいるヲタク男子が急に下の名前で呼んできたら怖くないか? 女子は引かないか?」
「確かに、びっくりするかも? ゆめっちを知ってたらびっくりしないけど。ってかさ、ゆめっちの自認さぁ自己肯定感低すぎない?」
「ヲタクってのはね、質素に生きるもんなんですよ。エマさん」
「なんでぇ?」
「うーん……ほら俺は学校での青春は求めてなくて、とにかく穏やかに学校生活を遅れたらそれでいいから。推しに全力を注ぐってのがヲタクの本望」
エマさんは納得いかない様子だったか、母さんが「エマちゃんお風呂どうぞ〜」をと声をかけたので俺たちの会話は中断された。
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