第46話 エマさんのヘアカット
「あの〜、髪切るって言ってなかった?」
「切ったよ? 髪」
「いや、染めたように見えるんだけど」
エマさんは「今日は美容院」とウキウキして家を出て行き、数時間後に戻ってきた。俺はバイトが休みで今日もゲームしてゴロゴロしていたわけだが、エマさんは髪を切ったと言っているが長さはほとんど変わっていないように見える。
ただ変わった点と言えばロングヘアの下半分が綺麗なミントグリーンになっている点だろうか。
「あぁ〜、これはね。エクを変えたんだよね」
「エク??? 何それ」
「エクステ」
エクステ、と言われても俺の脳内では想像が難しい。そんな名前のゲームがあったようななかったような。
「ここ、短いのわかる?」
エマさんは耳の横の髪の毛を摘んで見せてくれる。確かに一部の髪の毛はちょうど肩までの長さになっていて、ミントグリーンの色の髪の毛だけ長い。
「ここまでは地毛。つまり私の髪の毛ね。でこの綺麗な緑の髪の毛がエクステ」
「あぁエクステって付け毛ってこと?」
「まぁそうだね。ってか、今までもエクだったよ? 同じ色で合わせてただけで〜」
「全然わからんかった」
「まぁ高いやつだしね。この色を保つってなるとロングはどうしても厳しいんだよねぇ。でも可愛いっしょ?」
サラサラの白金とミントグリーンのグラデーションヘア。確かにすごくおしゃれでヲタクの俺が見てもとても可愛いと思った。
「確かに、可愛いかも」
「ほら、ゆめっちが貸してくれたミーちゃんの抱き枕あったじゃん? あの子のミントグリーン色の派手髪がかわいいなぁと思ってオーダーしたんだよね」
「まさか、ギャルがアニメを参考に?!」
「するっしょ? かわいいにヲタクもギャルもないからね〜」
エマさんの「可愛い」への欲望は目を見張るものがある。俺はミーちゃんを推していても髪色まで同じにしようとか、そんなふうに思ったことはない。
「ちなみに、エマさん。そのエクステのお値段は?」
「うーん、根本リタッチとカットカラー、あとトリートメントも入れて全部で6万円」
——6万円?!
「た、高い……」
「このために仕事してるまであるもんね〜。あっ、そうだ。パパがね、ナゲット安いからこの後買ってきてくれるんだって! ナゲパ〜。ゆめっちソース何がいい? パパにお願いしちゃうから」
6万円の衝撃から抜け出せない俺、髪を切りにいって6万円?!
「ソース、マスタードかな」
「おっけい〜」
***
食卓にはナゲットの箱が三つ。子供たちの間食にと講義の合間に買ってきてくれたらしくありがたく頂戴した。
「私はレモン〜」
エマさんは小皿にとった熱々のナゲットにレモンを絞ってぱくり。酸っぱいのか顔にきゅっと力が入り、もぐもぐ。
俺はまず一つ目はマスタード。酸っぱい西洋マスタードのコクとサクサクナゲットの愛称は抜群、胸肉が原材料なのでカロリーが低そうなのもポイントが高い。
「うーん、美味しいっ。ってかゆめっちそれ何?」
エマさんは俺が先ほど手作りしたソースを指差していった。
「オーロラソースだよ。ケチャップとマヨネーズを混ぜただけだけど」
「もらっていい?」
「どうぞ」
俺は揚げ物を食べる時、このオーロラソースをつけるのが好きだ。ケチャップだけだと酸味が強いし、マヨネーズだけだとコッテリすぎる。けれど混ぜるとまろやかで甘くて絶妙な塩味になるのだ。
「いただきまぁす」
エマさんはオーロラソースをたっぷりつけてナゲットを頬張った。レモンで食べるさっぱり派の彼女の口には合わないだろうと思ったが、笑顔を浮かべたので気に入ったらしい。
「これうんまぁ。天才じゃん」
「オーロラソースは天才……それはそう」
ちなみに、エビフライやとんかつにも合う。ただ、家でしかできないし人によっては「まじかよ」みたいな顔をされるので注意が必要だ。
1000円カットにいっている俺と、6万円の美容院代を払う彼女の価値観が変なところで一致する。いや、エマさんからすれば俺がアニメやゲームに何万もつぎ込む方が変に見えるんだろうか。
そこで、俺が考えるのは「香崎さんはどうなんだ」と言うことである。
エマさんはギャルでヲタク趣味がない人だから美容・ファッションのためにお金をかけるのはわかる。香崎さんはお小遣いをトレカにブッパする男気を持ち合わせている生粋のヲタク女子だが……見た目もとても可愛らしいと思う。
「ゆめっち、何考えてるの?」
「あぁ、友達の女の子でさ。ヲタクな女子がいるんだけどその子はヲタク趣味と美容のどっちにお金使うんだろうって不思議に思ってたんだよね」
「うーん、どっちもじゃない? どっちも好きっしょ」
「どっちも……そうかぁ」
「男子はよくわからないけど、女の子は基本美容は美容で好きっしょ。ってか、たまに男子でも美容にハマる人いるしね? ゆめっちはどうよ」
「あんまり興味ないかなぁ……」
サクッとチキンナゲットを齧る。オーロラソースのまろやかな旨味とナゲットのサクサクがとてもよくあっている。美味しい。
「もっと、自分に自信もちなって。ゆめっちはさ」
エマさんがまたレモンをぴゅっと絞ってナゲットを食べ始めた。
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