第17話 最高の恋人と譲れぬ最推し
そして翌日から俺とかなたの本格的な恋人生活が始まった。
小山先生から告げられた一週間という保証期間。
これが他人から見て長かろうが短かろうが、俺たちにとって何物にも代えられない尊い時間だった。
かなたが病院で血を吐いたとき、俺はもしかすると思い出のひとつも作れないんじゃないかと思っていたのだから。
後にかなたに聞いたことだが、彼女自身もそれを覚悟したという。
何より俺たちにとって嬉しかったのは、普通に外でデートしても良いということだった。
小山先生への出発報告と、事前の体調チェックは必須だがこれはかなたの安全のために必要なことだ。
この決まりだけはきちんと守ろうとかなたとふたりで約束した。
恋人になった次の日、俺とかなたはまずふたりでやりたいこと、行きたい場所をたくさん挙げた。
一週間で全部できるかできないかなんて関係ない。
俺たちは他のカップルと比べて少し、ほんの少しだけ特殊なだけだ。
一緒にいられる時間なんて問題じゃない。
他のどんなカップルよりも濃密な時間を過ごして、最高の思い出をたくさん作ってやる。
そのためには、できるとかできないとかそんなことは後で良いんだ。
「よし、とりあえずこんなものか」
「うん、わあーっ、全部すっごく楽しそうだね」
大きな紙にやりたいことを書き終えると、かなたは本当に嬉しそうだった。
・最近公開されたアニメの映画を見に行きたい。
・水族館デートしてイルカショーを特等席でみたい。
・人が少ない静かな場所で公園デートがしたい。
・話題のカップルカフェに行きたい。
・海に行って夏を感じたい。
・みらいとれなも誘って、昔みたいにはるかの家で遊びたい。
・アニメグッズのショップに行って、推しのグッズを爆買いしたい。あとゲーセン巡りも。
・何気ないただのお散歩デート。
・二人とも神社が好きだから神社めぐり。
・陶芸体験もしておきたい。
・牧場で乳搾り体験して、ソフトクリーム食べる。
・ちょっと良いお店で優雅にディナー。
・夜にはちょっとイチャイチャしたい……かも。
ふたりで挙げた中の半分ぐらいを見てもこんなにあるわけだが、俺はかなたが最後にこそこそ書き足した一文を見て、危く飲んでいたカフェオレを噴き出すところだった。
「お、おおいかなた! 最後のこれ、なんだよ」
「ふぇっ! いや、別にその……特に深い意味はないというか、恋人同士なんだし、ちょっと興味あるというかなんというか……。――わあああ! やっぱり忘れてえ!(油性マジックで書いたからすぐに消せない)」
「……無理です」
「やだあ!」
と、顔を覆って座り込むかなた。
俺たちは書き出したことはなるべく多く実行しようとこの日から積極的に動きまくった。
俺もかなたも体力だけはあったし、呪いに関しても極度な無理をしなければ問題ない。
小山先生いわく、呪いの進行を食い止めたり解呪したりまではできないが、本人が好きなことを全力で楽しむことは精神に良い影響を与え、わずかながら身体の負担が軽くなるという。
幸いにも今日が終業式で、俺たちはその後の補習や特別授業は対象外だ。
俺は部活の先生に事情を説明し、この一週間は自由に使えるように配慮してもらった。
これで心置きなく恋人ムーブができるというわけだ。
そんなわけでさっそくかなたの体調チェックを済ませ、その結果と病院へ戻る時間を先生に伝えると、俺たちは町へくりだした。
恋人どうしになったとたん急にぎこちなくなるかもしれないと密かに懸念していたが、そこは幼稚園からの長い付き合いだ。
もともと仲が良すぎたので恋人つなぎやカップル特有の距離感で歩くことに慣れるまでにそこまで時間はかからず、今日までの困難を思えば今さら恥ずかしさも何もない。
ひとつ驚いたのは、かなたがもはや白い髪も紅い眼も隠す気がないことだ。
理由を聞くと、
「今日から最後の日までの間ぐらい、隠すことなく今の本当の姿ではるかとの時間を過ごしたい」
ということだった。
この日は水族館とカップルカフェ、そして近くにある大きな公園でふたりの時間を楽しんだ。
かなたの容姿のおかげで周囲からの注目度が恐ろしく高いが、これも途中から気にならなくなった。
初めは周囲から向けられるカップルだという目線も気になって仕方なかったが、イルカショーで全身ずぶぬれになったあたりで何かが吹っ切れてから気にならない。
かなたがイルカショーの最前列で思い切りはしゃぎ、着替えが必要不可欠なほど濡れてしかも着替えを持っていなかった。
そのため急遽ショッピングが予定に追加されたが、これはこれでいい体験になったといえよう。
これまで女の子に服を選んでやるなんてことまったく経験してこなかったのだから。
「ふふ、お待たせーっ! 結局いっぱい買っちゃったあ」
店の入り口でかなたの会計を待っていると、俺の足がイスに座らせろと休息を求め始めたころ彼女が声を弾ませてでてきた。
――女性の買い物は長い――
もちろんすべての女性がそうというわけではないだろう。
だが俺は今日その言葉の意味を身をもって理解したのだ。
しかしかなたのほうへ向き直った瞬間、これまでの疲れは吹き飛んでしまった。
「――おお……」
思わず声をもらしてしまう。
「ど、どうかなこのコーデ。店員さんにやってもらったんだけど、似合ってる?」
少し恥ずかしそうに店から出てきたかなたは、俺がただ着てみてほしいという理由だけで勧めた水色のワンピースと大きな麦わら帽子という恰好で出てきた。
そりゃあかわいいに決まっている。
「あ、ああ。すごく……似合ってる。というか可愛すぎだろ……」
「――ッ! あ、あのっ、はるか!」
胸に手を当て(そんなに大きかったか?)、女の子らしい仕草とものすごく可愛らしい表情でこちらを向いてくる。
……こんなの我慢できずにかなたを抱きしめてしまいそうだ。
その気持ちをどうにか抑え、平静を装って答える。
「ど、どうしたんだ」
「……そ、その、ありがとう!」
「――ッ!」
「これまで彼氏なんていなかったから、こんな気持ち初めてなんだ。ただはるかに服を選んでもらって、か……かわいいって言ってもらって……。それだけなのに、嬉しい気持ちが止まらないの!」
広いショッピングモールでそんなことを言われると、周囲の暖か~い視線が俺たちに集約されて恥ずかしいが、かなたが可愛いのですべて良しだ。
そう結論付けながら俺は内心驚いた。
これまでの俺なら真っ赤になって『そんな大声で叫ばないでくれ』と言っただろう。
それが今、俺はある程度のことならかなたが可愛いし、他人に迷惑はかけてなさそうだからいいかと思っている。
「……怖いな。これが恋の力なのか」
俺がひとり呟いているあいだに、かなたは世話をしてくれた店員さんにお礼を言っていた。
「お姉さん、ありがとうございますっ!」
「ふふ、お役に立てて嬉しいです。彼氏さんも大喜びみたいですし、良かったですね」
「はいっ!」
俺はびくりとして顔をひきつらせた。
店員さん、せめて俺の耳に入らないように工夫してくれ!
心の中で喉を潰すぐらいにそう叫んだ。
「それにしても、すごく綺麗な色の髪ですね。あ、瞳も。髪は染めているの?」
店員さんからすればごく普通の質問だろう。
一瞬だまったかなたがなんて答えるのか。俺も静かに彼女の答えを待った。
「えへへ、実はこれ地毛なんです。ちょっとその訳は話せないんですけど。あ、この紅い眼もカラコンじゃなんですよ」
「ええ、そうなんですね! すごいなあ……」
店員のお姉さんはけっこう驚いていたが、根掘り葉掘り聞いてこない人だったので一安心だ。
それから店員さんに「どうか末永くお幸せに」と送り出されて店を後にした。
その後も色々な場所を回り、行く先々で恋人との時間を堪能した俺たちは、最初に行った水族館の近くにあり、海が見下ろせる公園にたどり着いた。
ここにたどり着くまでに、カップルカフェに行く予定がついでに真向いの猫カフェにまで寄ったり、季節限定スイーツにかなたが引き寄せられたりして時間を使うことに。
そんなこんなでけっこう歩き回り、さすがに疲れて海に面したベンチで休憩しているころ、綺麗な夕日は水平線の先に向かって沈み始めていた。
「はあーっ、ねえはるか、今日すっごい楽しかったね」
「そうだな。こんなこと俺には縁がないんじゃないかと思っていたが、恋するのも悪くない」
凪の時間が近いのだろう。波の音は限りなく穏やかで、遠くひぐらしの声が聞こえてくる。
「綺麗な夕日だね……」
「ああ……」
この頃になれば、俺たちは普通に身体が触れ合う距離にいて当然のように手を握り合っていた。
これは昨日までの俺たちなら絶対にありえない現象だ。
俺は握っているかなたの手を優しく触った。
小さな手、細く綺麗な五本の指。
これまで何度も見てきたはずなのにすごくかわいい。
その手を優しく触っていると。
「な、なあにはるか」
「……あ、嫌だったか?」
「――う、ううん、そんなことないけど」
「いや、めっちゃかわいい手してるなって思って。つい触ってしまった」
これはかなたにとって不意打ちだったようで、身体をピクリとさせて頬を紅く染めた。
「や、やだあ……」
そして綺麗な夕日、周囲に誰もいないというシチュエーションがごりごりに後押しして、俺たちは周りを確認してから抱き合った。
一度立ち上がってこちらを向いたかなたを膝の上に乗せ、その身体が完全密着するまで抱き寄せる。
そこに言葉は不要だった。
以前はというと胸が当たっているだの何だのと気にしてしまっていたが、雑念はもうない。
かなたの温もりや心臓の鼓動を全身で感じ、彼女が今ここで懸命に生きていることを実感できたとき、かなたをより一層愛おしく感じた。
そして同時に、命の力強さを本当の意味で理解したように思う。
「……かなた、本当にこの世界に生まれてきてくれてありがとうな」
「うん、はるかもだよ」
「――ああ、この奇跡のようなめぐりあわせに感謝しないとな」
静かに抱擁を続ける俺たちとともに、夏の短い夜は静かに町を包んでいった。
それから少し時間が流れたが、小山先生と約束した時間まではまだ一時間と少しある。
電車を使って戻ればまだ時間はあるが、抱きしめている少女にそっと視線を向け彼女に提案した。
「……かなた、今日は疲れただろ? もう少し時間はあるが病院に戻るか?」
少しのあいだ自然の音だけが流れ、やがて俺の背中に回されている二つの小さな手にきゅっと力がこめられる。
「――やだ。時間ぎりぎりまでこうしてて……。私を離さないで」
「――――わかった。絶対に離さないよ」
お付き合いを始めた一日目はこうして終わりを迎えた。
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