第15話
みらいと分かれて一時間弱。
俺はまたあの部屋でかなたと同じ時を過ごしていた。
改めて彼女を見ていると勝手に心拍数が上がり、これまでとは比べようもないぐらいかなたが可愛く見えた。
ここでまごまごしていては、これまでと同じように機会を逃すだろう。
そう思い、俺はついに覚悟を決めて彼女に向き直る。
さあ、南はるか一世一代の大勝負だ!
「――ッ! かなた!」
「ど、どうしたのはるか。な、なんか顔赤いけど大丈夫? 風でもひいちゃった?」
まずい。
そう言って少し心配そうな表情もきょとんと首をかしげる仕草も、そしてその声も。すべてが愛おしくて自分が自分じゃなくなるようだった。
もうこれ以上、胸を焦がすこの思いをかなたに伝えずにはいられない。
「かなた、聞いてくれ!」
俺はベッドのふちに座るかなたの肩をガㇱッと、だが優しめに掴んだ。
「ひゃっ! ど、どうしたのはるか」
「あ、すまん、驚かす気はなかったんだが、その……。お前に、聞いてほしいことがある」
「――えっ?」
彼女は俺の言葉を予想していなかったのだろう。
驚いた表情で綺麗な瞳を通常より少しばかり大きくして俺を見つめている。
俺は一度深呼吸をして今度こそ心を決めた。
……この胸の熱い想いを伝えるため、彼女の最後の希望になるため。
そして――親友との大切な大切な約束を守るため……。
「――かなた、あの時の返事がずいぶんと遅くなってしまったが、聞いてくれ。俺は昔からずっとお前のことが好きだ! もう自分が分からなくなるぐらい大好きなんだ! 心の底からお前を愛している!」
「――ッ! は、はるか……っ!」
急に発熱したのかと思うような速さでかなたはひどく赤面した。
普段の白く綺麗な彼女の頬が美しい薄紅色に染まっていく。
その表情にドキッとしながら、これまで彼女に伝えられなかった思いの丈を伝える。
偽りのない、俺の本心でもって。
「俺はこれまで、自分の本当の気持ちを忘れていた。そのことにすら気づけずにいた。だが今は違う。かなた、お前が好きだ。その笑顔も在り方も声も……その身体もすべて。これからさき俺はお前だけを愛する。この先どんなことが待っていようとこの誓いは破らない。だから、結婚を前提に俺と付き合ってくれないか」
すべてを言い切ったとき、それまで勢いでごまかされていた恥ずかしさが一気に蘇った。
やはり慣れないことをリハーサルもなしにするものじゃない。
本当になぜ最後まで噛まずに言い切れたのか不思議でならなかった。
俺は羞恥心に耐えられず、その場にしゃがみこんで頭を抱える。
「――や、やばい……。恥ずかしすぎる……」
だが俺はすぐに顔をあげることになった。頭を抱えている腕に、水のようなものが垂れてきたからだ。
「え、かなた⁉」
顔を上げた直後、俺はそこにあった光景に驚いて恥ずかしさを忘れ、声を上げた。
ベッドに座ったままのかなたがその状態で静かに涙を流している。
「かなた、どうしたんだ? 俺の言い方なにかまずかったか?」
慌ててかなたに視線を合わせて聞くと、彼女はハッと我に返って泣き顔と、たまらなく嬉しいという顔を同時に作った。
涙を両手で思いっきり拭き、ふるふると首を横に振る。
「――ううん。そんなこと……ないよ。嬉しいの……ただ、嬉しいのっ!」
かなたは両手を交互に働かせて止まらない涙を拭き続け、泣きながらこれ以上ないというぐらい喜んだ。
「う、嬉しい? そうか、嬉しいのか。よかった」
俺はどう答えたらいいか分からず本能に任せてそう答える。
だが俺は色々な感情が入り混じって心が激しく騒ぎ、それ以上の言葉を出せなかったので、大人しくかなたの反応を待つことにした。
かなたの感情が落ち着くまでそれなりに時間が必要だったが、それも当然というものだろう。
ただ会いに行くとだけ病院にアポを取り、来て早々に恋愛経験ゼロの俺が告白したのだから。
しかし開口一番の感想が『嬉しい』だったので、俺は少しだけほっとしている。
告白からだいたい五分後、かなたは俺の顔を改めるように見つめた。
ふう、と息を吐き静かに口を開く。
「ありがとうはるか。でも、本当に良いの? ……昨日、私の身体に刻まれた呪印の最終段階が発動したの。私は、稲荷様から死期を告げられた。――このことは、もう学校で聞いてるでしょ?」
「……ああ、ちょうど今朝聞いたよ」
「……いま私とお付き合いしても、私はもうすぐ死んじゃうんだよ?」
泣きそうな、消え入りそうな表情でそんなことを言ってくるが、俺はただ正直に自分の思いを伝えることしかできない。
「分かってる。でも、それがどうしたってんだ!」
「――――ッ!」
かなたの驚いた表情を目にしながら俺はただ続けた。
ここまで来てしまえば、もう恥ずかしいだの何だのと騒いだって仕方ない。
俺は昔からそうだ。
普段は絶対にできないようなことでも、それを貫かなければならなくなったとき、意外とその場の勢いに乗ってできるようになってしまう。
「俺はお前が好きだし、お前を誰よりも幸せにしてやりたいと思っている。たとえ直接一緒にいられる時間が少なくたって、そんなの関係ない。そうなら、残された時間でより深い思い出を作ればいいだろ」
まるで世界を救う主人公が並べるような言葉が、自分の口から出ていることに大いなる奇妙さを覚えつつも俺は止まらない。
「俺はお前のことも呪いのことも何もかも理解したうえで、この気持ちにたどり着いたんだ。お前が自分で良いのかどうかなんて考えなくていい。俺はもうお前じゃなきゃ幸せになれないんだ」
これが今の俺の嘘偽りない本当の気持ち。
他でもない俺自身が胸の中で燃え続けるこの気持ちに驚いているが、案外人間は、こういうタイミングじゃないと本当の自分に気づかないのかもしれない。
俺のように、常時は自分をうまく表現できないならなおさらだ。
こうして俺が気持ちのすべてを伝えきったとき、かなたは静かに俺に抱きついてきた。
ドキッとしながらも彼女に応じてこちらからも抱きしめる。
「……はるか、あったかい」
「かなたもな」
それ以上、俺たちの間に余分な言葉はいらなかった。
これまでは幼なじみとして彼女に遠慮なく接することができていたが、やはりどうしても異性としての距離はあった。
だが今は変な恥ずかしさもすべてなくなり、彼女を抱きしめられる。
今この瞬間に至ったからこそ思う。
――きっと俺たちは、こうなるために生まれてきたんだ。
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