宵闇の向こうに夜明けがあることを、俺たちはまだ知らずにいた

佐江木 糸歌(さえぎ いとか)

プロローグ

 ――大きくなったら、今度は私を本当のお嫁さんにしてね。


 約束だよ!



「…………っ」


 意識が深い眠りから覚め、夢と現実が切り替わるその時、久しく忘れていた懐かしい声を聞いた。


 俺はその声に答えを返す間もなく、自室のベッドで朝を迎える。


「……ゆ、夢――。でもなんでまた、あんな昔のことを――」


 ひとりつぶやき、春の眩しい朝日に顔をしかめ、ゆっくりと体を起こした。


 後頭部をわしゃわしゃとかきながら夢の終わりをもう一度脳裏で思い出す。


 俺の名は南 はるか。十七歳の高二男子だ。


 珍しく夢を見たかと思えば、久しくまともに話していない幼馴染が登場した。


 彼女の声があまりにも懐かしく、そして鮮明だったので、夢と現実のはざまに居たような奇妙な感覚を覚えて少し戸惑う。


「思えば、ここ数年あいつと話してないな……よく考えれば、幼稚園から小中高に至るまで同じなんだが――」


 自分にだけ聞こえる声で言うと、俺はベッドから立ち上がり学校の準備を始めた。


 制服を着る。いちおう鏡を覗いて髪とネクタイを整え、居間に降りて母とあいさつを交わす。


 洗顔などもろもろを済ませ、朝食をとり学校へ。


 鏡に映る不愛想な寝ぼけ顔を拝み、しつこい寝ぐせを鎮めていた俺はそんないつも通りの一日が何事もなく過ぎると信じて疑いもしていなかった。


 この日の、昼休みを迎えるまでは……。


 そのうえ今日の始まりが、まさかあんなことになるとはな。


 これは、ひとりの幼なじみに『お前には、誰よりも平凡な男子高校生で賞の大賞を授与したい』と言わせた俺が、世界でいちばん静かで、穏やかで――。


 そして、愛おしく切ない結婚式を挙げるまでの物語だ――。

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