Football Brain ~テクニカル・エリア外伝~
川野遥
第1話 入学式後の入部者
東京都西東京市・東伏見。
入学式の日も、大稲田大学サッカー部のグラウンドでは、上級生が汗を流していた。
日本の私学の雄・大稲田大学。
その大学サッカー部は、実はサッカー部を名乗っていない。
サッカーの正式名称であるアソシエーション式フットボールから名を取り、ア式蹴球部という正式名称をもつ。
同様の、古い伝統に根ざす名前をもつチームは東帝大学ア式蹴球部、慶耀至塾大学ソッカー部のみだ。
そして、こうした特別なこだわりが許されるだけの歴史を有している。
天皇杯の優勝3回、全日本大学選手権優勝12回といった素晴らしい実績はもちろん、初代Jリーグチェアマンとなった川口四郎、日本最高のストライカーと呼ばれた釜谷正茂、ワールドカップでチームをグループステージ突破に導いた奥田和史、東野行といった、日本サッカー史に欠かせない人物を何人も出している。
もっとも、歴史と伝統があるということは、イコール現代でも強いということを保証するわけではない。
Jリーグ開幕以降、急激に進化を遂げた日本サッカーの中で、多くの大学が劇的に強くなっている。伝統校の何校かは新興勢力に押されている。
大稲田もそうした押され気味の一校となっていた。
少なくともここ数年、明示大の永友や、つくば教育大の二苫というような日本代表の主力となるようなタレントを大稲田は出せていない。
更にそれ以前の問題として、関東大学リーグの一部からも追い落とされてしまっている。ここ数年は1部と2部を行き来する状況が続いていた。
そんな大稲田の門をたたく一年生が1人。
1年ながら完全にスキンヘッドにしているのは、本人の不退転の覚悟の現れ……ではあるのだが、その覚悟を決めたのは入学式前日の3月31日。
前日の練習を見て、「これは大変だ」と動揺した自分を叩き直すべく、理髪店に駆け込んだのである。
さすがにスキンヘッドの新入生は入学式でも珍しく、かなり奇異の視線を向けられた。さすがにはっきりと笑ったりからかったりする者は存在しなかったが。
そんな彼は、今、練習場に入るか入るまいかと迷っている。
スキンヘッドの学生が……しかも緊張しているのか険しい目つきでウロウロしているのだから、周囲からすると不気味な存在でもある。
「……君、何しているの?」
練習場の入り口を出たり入ったりしているところで、声をかけられた。
「あっ! じ、自分は入部を考えておりまして!」
答えた彼は、相手の顔を見た。
たちまち「げっ」と声が出る。
「も、もしかして、陸平……?」
口をついた言葉に、相手は目を丸くした。
「もしかしなくても陸平だけど?」
そう答えた相手の視線が彼のスキンヘッドに向いている。
「あ、もしかして入学式で目立っていた?」
「そ、そうです!」
「……? だったら、新入生同士だし別に敬語はいらないよ」
相手は鷹揚な態度でそう言うが、彼にとっては中々難しい。
目の前の人物……
常勝・高踏高校の中盤の軸として君臨し、総体1回、高校選手権2回、更にはU17ワールドカップの優勝メンバーでもある。
攻守を繋ぐ存在としては日本最高とも言われうる存在で、一説では海外の有名クラブを蹴って、大稲田に進んできた。当然、今年の大稲田入学者の中では最大の有名選手といってよく、甲子園で活躍した野球部選手らとともに大学新聞にも取り上げられている。
1年からレギュラーは確実だし、卒業するまでに国内・海外は別にしてプロ選手となるだろうと噂されている。
「サッカー部に入部しに来たの?」
「は、はい……」
いきなり同級生のボス格と会ったので、彼は明らかに緊張している。
「ただ、高校では目立った実績はなくて、一般受験で来たので……」
「上級生でも一般受験の人も沢山いるみたいだし、別にいいんじゃないの?」
陸平は首を傾げているが。
「いや、自分は本当に高校も県予選3回戦くらいのところで、練習を見ただけでもついていけるかどうか不安になっていて」
「……迷っているなら、とりあえず先に入った方がいいよ。今の時期はそういう人も沢山いるからついていけなくても普通だろうし。変に時期を逸すると、場違いで周囲も迷惑感があるかもしれない」
ついていけないなら早い方がいい。淡々とした口ぶりだが、言っていることは辛辣とも取れる。
ただ、実際、その通りでもある。
「分かりました。それでは早速!」
「……というか、君、何者?」
その言葉に、自己紹介をしていなかったことを思い出す。
「福島から来た幸浦元気です! ポジションは右ウィングです!」
「いや、その挨拶は、僕じゃなくて、向こうに……」
陸平は苦笑しながら、練習を指導している監督達の方を指さした。
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