第16話 男爵
関所の歩廊に立つ。
いやもう、何度目だよ、これ……。
と、そんなことを思いながら見下ろすと、今の主流の騎士鎧ではなく、前世で騎士鎧と言えばこれといったような、鉄製の鎧を着込んでマントを羽織った男、アレス・ディース男爵の姿が視界に入り込む。
なんとも古めかしい格好をしている理由は、それが騎士の正装だから、だそうで……騎士や騎士から出世した貴族は、公式の場ではそうと分かるようにああいう格好をすることがあるらしい。
アランそっくりの髪型で、よく似た赤髪だが、少しくすんでいて……年相応のシワのある顔。
40歳そこそこか……目も赤いがこちらもくすんでいて、顔のあちこちには傷があり、こめかみの辺りにも大きな切り傷があって、そこだけ毛が生えていなかったりもする。
そんな顔は意外なことに怒気に染まっているのではなく、興味津々といった表情となっていて……そんな顔でこちらを見上げるアレスに、どう声をかけたものかと考えた俺は、精一杯悩んでから、
「……何用ですか」
と、声をかける。
本音では「帰れ!!」と叫んでしまいたかったけども……一応は騒動は起こさずにいてくれたようなので、最低限の礼儀は尽くそうと思う。
挨拶もしないし名乗らないし態度も悪くなるが、こいつにはこれで十分だろう、格下の貴族が先触れもなしにやってきたのだから、こんな対応になるのは当然のことだった。
「オレの名前はアレス・ディース! 男爵です!
詳しいことは言えないのですが、とにかくオレを中に入れて頂きたい! この目で見たいものがあるのです!」
そして返ってきた答えは全く予想外のもので……息子達のことじゃないの?? と、俺は思わず隣に立つセリーナ司教様へと視線をやる。
司教様もまた驚いたといった顔になっていて……とりあえず俺は咳払いをしてからアレスに向き直り、言葉を返す。
「お断りする! 王家に従う者を領内に入れたが最後、今度は何を奪われるのか分かったものではない!
そんな用事ならば、これ以上話すこともないのでお帰りいただこう!」
「そ、そんな無礼な真似はしない! 騎士として誓う! この目で直接見る必要があるのです!」
見る? 何を? なんで?? 返ってきた言葉にはいちいち疑問が浮かんでくる。
それを問いただしても良いのだが、詳しいことは言えないらしいし、なんだってこんな奴の相手をしなければならないんだという思いもあって、どうにも躊躇してしまっていると……司教様が前に進み出て声を張り上げる。
「男爵! 神々の前でも誓えますか! 伯爵に逆らわず従い、害になるようなことは一切せず言わず、何も奪わず見知ったことも他所にもらさず、生涯誓いを貫くと誓えますか!」
「誓う! 神々に誓い、伯爵の害になるようなことは絶対にしない!」
「誓いを破れば一家破門もありえます、貴方がた一家はそれだけのことを伯爵にしているのだと、理解していますか!」
「……ああ、分かっている、だからこそ来たんだ、誓いを立てて守り、その上でどうしても果たす役目があるのだ!」
うぅん、破門覚悟で司教様や市民の前でそこまで言うか……。
破門とはつまり教会の庇護下から放り出されるということ、当然国教として掲げる国家からも放り出される。
そうなると教会も国も、法も破門となった者を守ってはくれない、傷つけられても奪われても何をされても、全て自力でなんとかしなければならない……つまりは人権を失うのと同義だった。
そこまでの覚悟かぁ、面倒くせぇなぁと思いながら、ライデル達に指示を出して門を開けさせ……俺と司教様は階段を降りて男爵を出迎える。
すると男爵は一人で……ここまで一緒に来たらしい臣下や馬車をそのままに、単身乗り込んできて……そしてこちらに会釈をしてから、そのまま関所を通り抜けようとする。
……お前一体何をする気だよ。
引き止めて問いかけても良かったが、司教様がふるふると首を左右に振って好きにさせてやれと示してくるので、その通りにさせてみる。
と、同時に側に控えるライデルに、いつでも殺せるように準備しろ、との指示も小声で出す。
領内に入った以上はいくらでもやりようがある、その指示は司教様にも聞こえていたようだが、特に何も言ってはこない……当然の対応くらいには思ってくれているのだろう。
関所を通り抜けると、そこにあるのは小規模な臨時市場だ。
他領からやってきた商人との売り買いを望む者達が集まって市場を開き、それを管理するための騎士達が何人か見張りのために立っている。
賑わいとしてはそれなり、街にも商店はあるのでわざわざここまで来る者は多くはないが、それでも鉄道という便利な手段があるので、そこそこの人数がいる。
その先にあるのは鉄道駅と馬車駅で……鉄道駅は前世のままの、乗り降りのための機関車に合わせた高さの高台があり、それを覆う屋根があり、そこに入るための改札があり……と、いった感じになっている。
ここは始発点かつ終着点でもあるので、整備工場や車庫などなど、鉄道運営に必要な設備も、駅の近くに揃えてある。
馬車駅は、駅というよりバスステーションのような形になっていて、目的地を示した看板と、柵によって分けられたエリアがあり、エリアそれぞれに待機している馬車が席を埋める客を待って待機している。
どれだけの客を乗せて出発するかは御者の判断次第、儲かると思った人数か客を乗せた時点で出発するというのが馬車の常識となっていた。
そんな関所の周囲をキョロキョロと見て回ったアレスは、一体何が見たかったんだと、呆れ半分の表情となっているこちらに声をかけてくる。
「……ここは領内でも一番の賑わいなのでしょうか?」
「……はい? そんな訳ないでしょう。
ここはただの関所で駅、人や品物が集まるのはこの鉄道の先ですよ」
突然の問いかけに俺がそう返すとアレスは、鉄道に乗ってみたいと、そんなことを言葉にはせずに、なんとも弱々しい態度で機関車を指差すという、なんだか殴りたくなる態度で示してくる。
……俺はため息を吐き出し、言葉も出てこない程に呆れてから駅へと向かい……駅員や車掌に声をかけ、貴族用の一等席を用意させて、そこに乗り込む。
向かい合わせのボックス席、壁や天井は黒塗りの木材で、椅子は高品質なクッション付き。
広くはないが狭くもなく、そんな部屋の外にライデルを待機させ、俺と司教様、それに向き合うアレスという形で座ったなら、アレスを睨みながら次の駅への到着を待つ。
意図が分からない上にはた迷惑、司教様にも時たま視線を送って、これは大きな貸しですよと伝えると、司教様も迷惑に思っているのか、疲れた表情での苦笑を返してくる。
その間アレスは無言、ただただ窓の外を眺めていて……こちらを一瞥もしない様に、せめて事情を説明しろコラと殴りたくなる。
そうして次の駅に到着し、下車。
伯爵領、東部の街、国内交易の出入り口となるこの街には、それなりの商会が集まり、相応の賑わいとなっている。
駅から伸びる大通りがあって、その左右に並ぶは二階建て、三階建てのタウンハウス・ビルジング。
大通りの左右に建物があると言うか、並ぶ建物が道を作っているようにも見える密集した光景は、中々趣があって悪くない。
大通りには歩道を整備してあるので、そこを人々が歩き、大通りの中央は馬車が行き交っている。
俺が統治するようになってから横断歩道や旗振り信号、交通警察のような騎馬警邏隊も整備したので、トラブルや事故は少なく、淀みのない流れとなっている。
「……これでどの程度の賑わいになりますか?
伯爵領で一番の街がここでしょうか?」
駅から出てすぐの噴水広場の隅に立って街並みを眺めていたアレスが、そんな声をかけてきて……俺は何度か確認した資料のことを思い出しながら言葉を返す。
「領内では……まぁ、5番目くらいの街並みでしょう。
商店は多いですが人口は少なく、建物も民家ではなく宿が多めです、関所を通ってきた商人のための街と言っても差し支えない街ですので、それなりですね」
「……では伯爵の屋敷がある街が1番と?」
「いえ、地価が高いこともあって、そこまで人口は多くないですよ。
家も一つ一つが広く、ここまで密集しておりませんので、結果として人口は少なめです。
私と付き合いのある者達の家が多く、そのための街であって市民のための街ではないので」
さっきから街並みやら発展具合、賑わいなんかを妙に気にしているようだが……この街並み自体は父上がやったこと、父上の成果というか父上の統治時代に始まった初期工業化の恩恵といった感じだ。
それが始まったのはもう随分前の話、街並みやら人口やら、緊張状態になる以前の情報が、それなりの精度と量で王都にあるはずなんだが……どうなっているやら。
……もしかして若造が継いだから荒廃しているはずと、そう思い込んでいたのだろうか?
だとしたら無礼極まりないが……と、眉をひそめているとアレスは、意を決したような覚悟で声をかけてくる。
「どこか話せる場所はないでしょうか?」
ようやく事情を話す気になったらしく……俺は駅近くのシティハウスへと足を向ける。
領内のそれぞれの街には、何か役に立つこともあるだろうと父上の代から、最低一件の家を建ててある。
駅の近くに立派なものを、その街の顔になるようなものを建てて……普段は使わないので、管理人に掃除などを任せて好きなようにさせている。
本屋敷程は立派ではないが、相応に左右に広く、汚れ一つない白塗り壁の二階建て、窓や玄関までの階段の手すり、ドアなんかも職人の手が入ったものとなっている。
そこに近付くとすぐに管理人がドアを開けて出迎えてくれて……何も聞かずに奥の客間へと案内をしてくれる。
突然の訪問だ、多少の油断があっても許したが……どうやら中々出来た管理人であるようだ、後でボーナスを弾んでおこう。
シティハウスの客間も、社交用に使うこともあろうかと本屋敷とほぼ変わらない内装となっていて……さっきのボックス席のような形でそれぞれ席につくと、ようやくアレスが事情を話し始める。
「……今回、オレをここに派遣したのは陛下ではなく、宰相殿です。
宰相殿は最近の王家の動きに不信感を抱いており……同時に伯爵に迷惑をかけてきたことを申し訳なくも思っておられるようです。
その詫びと伯爵との繋がりを求めて宰相殿も何度か使者を送ったようですが、全て追い返され……どうにか出来ないものかと苦悩している所に最近の騒動、もはや猶予はないとオレに直接命令を下したという訳です。
……愚息達のこともあり、オレならばこちらに派遣しても不自然に思われないと考えたのもあるでしょうが、オレも最近の王家には思うところがあったので、話を受けました。
……それで、その、大事な話の途中ではあるのですが……愚息達は今どこで何を?」
「わたくしが預かって、反省を促すための修行を受けさせております。
慈悲深い伯爵が、大変な無礼を受けながらもすべてを許すと仰ってくださったので、近々そちらにお戻しする予定でした。
……良い機会ですので、後でお会いになってそのまま一緒におかえりいただければと」
アレスに司教様がそう返すと、一応心配はしていたのだろう、アレスは安堵のため息を吐き出してから説明を続ける。
「ありがとうございます……伯爵と司教様には感謝しかなく、このお礼は改めてさせていただきます。
……そして本題ですが、宰相殿はずっとこちらがどうなっているのか、噂通り賑わっているのか、統治が成功しているのかを気にしておられました。
噂や新聞記事では色々と聞くが本当なのかと、伯爵がそこまでの人物なのかと……治安と衛生状態が改善し景気も良くなり、人々の笑顔で溢れているというのは本当なのかと、信頼出来る者に直接確認をさせたかったようです。
……それで無理を言ってこの目での確認をさせていただきました、そして確かにその通りだったと確認が出来ました。
改めて受け入れてくださったことにも感謝を申し上げます。
……そして噂通りであったなら、宰相殿はウィルバートフォース伯爵に味方したいと仰せで、このディース男爵もまた伯爵の下につきたいと考えております」
うーん、これは予想外。
一枚岩ではないと知ってはいたが、まさかそこまで反感を強めているとはなぁ……。
まぁ、普通の組織であれば反感を抱く者がいて当たり前、全員の意思が綺麗に統一されているなんてことはありえないことなんだけども……まさか重鎮の中の重鎮、宰相がそう来るかぁ。
……これが本当なら宰相は、国に仕えているのであって王家に仕えているのではないという、そういう考えの人なのかもしれないなぁ。
「……味方をしたいと言われても困りますな。
宰相殿との縁はなく、言葉も手紙を交わしたこともない……どんな人物かも分からないのに味方と言われても何が何やら。
そもそも何の件に関しての味方なのかがなんともはっきりしないではないですか。
男爵も私の下につくとはどういうことで?」
とりあえずそんな言葉を返す。
本当に味方なのか、思惑は何なのか……何もかも不透明なままでは何も言うことは出来ない。
「味方は味方で、下につくというのもそのままの意味です。
今後伯爵が何らかの行動を起こした際に、我々は伯爵の味方となり、下で動くことでしょう。
……人物を知らないというのはその通りで、手紙を預かっていますので、まずは宰相殿との交流を深めていただければと思います。
……それと、これから話すことは宰相殿からの手土産となる情報です」
そう言って男爵は真剣な顔となり、視線を巡らせ周囲の気配を探る。
ドアの向こうはライデルに見張らせているが、それでは足りないとばかりに神経を尖らせ……満足したのか、こちらに向き直り口を開く。
「王太子殿下が、伯爵への直接的な攻撃を画策しています。
これは今までの嫌がらせのようなものではなく、かなり本格的なようで……元騎士団長率いる盗賊が、こちらに攻め入るものと宰相殿は考えておられるようです。
……元というのもごまかしで、ある騎士団長に一時的にその職を辞させた上で、同じく職を辞した騎士団員と共に盗賊を装わせ、なんらかの目的を達するために武力を振るわせるようです。
……殿下の目的は不明ですが、動きを見るに伯爵の姉君が関係しているのではないかと……。
殿下の女性への執着は異常です、宰相殿のご令嬢にも執着し、度を超えた嫌がらせをしていたようで……なんでも毎日同じ品を送りつけ、その見返りをしつこく要求していたとか。
毎日毎日、同じ品を何個も何個も……それは屋敷の庭を埋め尽くす程の量だったとか。
ご令嬢は意味が分からず恐怖するばかりで、殿下と距離を取ったそうですが、殿下はそれが気に食わなかったようで、自室で相当な癇癪を起こしたそうです。
……その騎士団長は、そんな殿下であっても王家であればと盲目的に従うことを良しとしていて、説得などは不可能でしょう。
人物としては中々なのですが……その盲目的な忠誠心が仇となりました、盗賊であれば討伐もやむ無しと宰相殿は仰せです」
そんな話を受けて頭痛がしてくる。
討伐自体はどうとでもなるだろうが……面倒くさいことになったもんだなぁ。
何なんだ、その執着の仕方……王太子なら流行りの物を揃えるくらい簡単に出来るだろうに……って言うか同じ物をそこまで揃えるって逆に難しくないか?
まだそこまでの量産工場とかはないはずだし、買い占めるにも限度があるし、流通の問題もある……他の品を買い揃える方が明らかに楽で、意味が分からなさ過ぎてそりゃ恐怖だよ、恐怖しかねぇよ。
さーて、どう対応すっかなぁ……と、頭を悩ませていると、男爵が言葉を続けてくる。
「許可が頂けるのならオレも参戦いたします。
先陣として活躍することで、伯爵の信頼を得られるよう励みます。
そのための軍も自領で用意させています、許可がいただければすぐにでもこちらに向かわせることが出来るでしょう。
……息子も、王太子の信奉者ではありましたが、そろそろ目が覚めたはず、拳骨と説得の上で参陣させます。
娘は息子の見張り役にと付けたのですが……結果としては無礼を働いてしまった様子、ひとまずは陣中での雑用などで活躍させたいと思います。
……ご許可いただけますでしょうか?」
そんな話を受けて俺は……しばらくの間、頭を悩ませた上で、
「……とりあえず保留で」
そう返し、男爵にはこのシティハウスに滞在してもらうことにし、男爵と息子達の世話役を司教様にお願いし……宰相からの手紙とやらを受け取った上でライデルと共に屋敷に戻り、どう対応するかの決断をすべく執務室へと足を向けるのだった。
――――
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