Today is YAGIRI ~7月の彼ら・彼女らの日常~

1.年中無彩色【Day1・まっさら:松門+久住+近田】

 初夏が終わると夏になる。夏が終わると酷暑がやってきて、晩夏が訪れる。そうしてようやく秋になるのだ。つまり7月1日は夏真っ盛りである。──そう語る声が聞こえてきて、呆れた。

 生憎呆れたのはおれだけではなかったらしい。


「いやおかしいやろ? 酷暑って季節の名前やないやん」

「なんか、酷暑っぽい名前のなんかあったくない?」


 うねるような会話の流れを打ち切りたくて、おれは思わず答えを言ってしまう。


「大暑ね」

「あー、それそれ、びっぐほっと」

「でか夏?」

「くそでか夏、みたいなの考えたい」


 失敗した、うねるような会話は打ち切れずに続行してしまう。誰も不幸にすることがない会話は、だからといって誰かを幸せにするとも限らない。現におれは、幸でも不幸でもないけど若干不愉快さが満ちてきた。単純に今日の暑さにイライラしているのだろう。

 おれが所属するヤギリプロモーションのアイドルグループ『Seventh Edgeセブンスエッジ』は来年、デビュー10周年を迎える。今日はアニバーサリーに出るグッズやアー写の撮影日、個人撮影中なので楽屋にはおれを含めて3人しかいなかった(メンバーはおれ含めて全員で7人だ)。


「くそでか夏やな、えー『またげるほどのきゅうりの一本漬け』」

「くそでかだから『スカイツリーほどの』で良いんじゃね」

「確かにくそでかやなあ!」

「『スカイツリーほどのきゅうりの一本漬け、凱旋門にも負けない冷やしパイン』」

「でっかあ!」


 しょうもない話でげらげらと笑うふたり。関西弁がはっきりしている方が久住明治くずみあきはる、おれの2個上のメンバー。抑揚が関西弁なのが近田智広ちかだともひろ、おれの1個上のメンバーだ。

 そしておれは松門燿まつかどひかる、すぐ関西弁に寄ってしまう最年少である。と言ってももう26だけども。

 と、悠々と自己紹介をしてしまったがこんなことをしている場合ではない。早くこの場から脱しないと、肉体的に、もしくは精神的に──


「なあなあ、的には『くそでか夏』ってなに?」


 ああ、捕まってしまった。おれはがっくりと項垂れる。

 撮影前はメリハリをつけたいから出来ればほっといてほしいのに、なぜかうちのメンバーは容赦なく絡みにくるのだ。末っ子大好き過ぎなのである、嬉しいとは口が裂けても言わないけれど、まあ各々気を遣ってくれているのはわかる。それはありがとうだ。

 それだけは、ありがとうだけども!


「……なんも思い付かないんだけど」

「いやいけるいける」

「おひぃの発想力に期待しとるで」

「期待すんなよ。そんなものないし」


 と言いつつ律義に考えてしまうのはおれの真面目さ故、だろうな。あとここにいるふたりは面白くなくてもけちょんけちょんに言ってこないから、それも安心材料のひとつとなっている。面白くないと「面白くない」と面と向かって言ってくるメンバーもいる、そいつに関しては1発ブンッ、ってやったら言わなくなった。穏便に解決出来て良かった案件だ。


「……、『五千兆の白い衣が干してある香具山』」

「ごせんちょう!?」

「あはははははは! 山真っ白!」


 驚きを素直に出す明治もといメージ、そして手を叩いて大笑いする近田もといチカちゃん。くそでかってこういうものでしょ、ネットミームで期せずして予習してきた甲斐? があった。

 しかし驚きに硬直していたメージはしばらくすると首をこてん、と傾け「かぐやまってなに?」と呟いた。そこに触れるのか、触れてしまうのか。


「あれでしょ、百人一首の2番目の歌」

「流石チカちゃん、よくご存知で」


 おれは息を吸ってその歌を読んでみる。

 ──『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山』。

 最近、読手としての指導も受けるようになったため、良い感じに読むことが出来た。抑揚が難しいんだよな、方言が出そうになるから。

 チカちゃんは感動してくれたようで小さく拍手してくれたけど、メージは、だめだこいつは。あんぐりと口を開けて、どこも見つめていない視線をこちらに向けてくる。こっち見んな。


「い、今のって、一般教養レベル……?」

「歌を知ってるかどうか?」

「まあ、小学生でも知ってる子は知ってるよ」


 チカちゃんの発した言葉は、それはそうだけども、という感想しか抱けない。確かに小学生で百人一首に触れる子はそこそこいる、おれがいるかるた会にも小学生の子はいるので。

 しかし、一般教養と言われると微妙なところ。百人一首を知っているひと、百人一首がどういうものなのか知っているひと、百人一首を全部諳んじられるひと、すべてイコールな訳ではない。現におれは全部諳んじられるけど、どういうものなのかはふんわりとしか知らない。誰かが作った、つよつよ歌集? という認識でしかない。歌集ではないんだっけ?

 それはともかく。チカちゃんの説明にメージは悔しそうに顔を歪めた、メージは変なところでやたら負けず嫌いだ。知らないものを知らないと言うこと、出来ないことを出来ないと言うこと、それに類する事象に直面するとめちゃくちゃ悔しそうにする。

 悔しそうにするだけだけどね、知ってるから勝ち誇ったり、知らなくて恥ずかしがったりはしない。知識欲の塊系の人間ではマジでない、とだけは言っておこう。


「……ちなみにこれ、どういう意味なんや?」

「簡単に言うと、夏が来たなあ、夏が来ると白い衣を干すって言われる天の香具山にいっぱい干されてるなあ、っていう意味」

「夏が来たことをめっちゃ喜んでる歌?」

「まあそんな感じかなあ。よくわからんけど『世界がちゃんと動いてる』ことを喜ぶ歌っぽい」

「はあ、ええ歌やな」


 ええ歌、と言われてなんだか嬉しくなった。というのもきっと、先日の大会でおれが決勝に進めた決定的な取りがこの『はるす』の札だったからかも知れない。大会はそのあと、とんとん拍子で優勝出来たため実際、非常に良い思い出として残っている。こうして得意札が増えるんだろうな、なんてぼんやりしていると「────だから?」といきなりチカちゃんに問われた。なにが?


「聞いてなかっただろ」

「うん、余韻に浸ってた」

「心ここにあらず、だったもんな。俺が訊いたのは、『だからお前の夏服は白い服が多いの?』ってこと」

「そんなことはまったく考えたことはない」

「嘘やろ、今の話聞いて絶対そうやと思ったのに!」

「メージまで!?」


 こんな、ふたりにそのイメージを持たれるほど白い服を持っていたか? と考えてみたが、今日着てきた服は白のTシャツに白のカーゴパンツだったことを思い出した。そくおち、である。アイドルが使うには相応しくない語彙だ。


「単純におれは白が好き、っていう可能性も出てきた……」

「え、でも、夏だけやんな」

「そうだね、冬は黒だよお前。……え、もしかしてモノトーンしか着てない?」

「失礼な。カラフルなグレーも着ている」

「グレースケールやないか」

「彩度ひっくう」


 自分の気付きたくない一面に気付いてしまった。結論、おれはファッションで色を使うのが苦手。

 夏は(熱を吸収しない)白を着て、冬は(熱を吸収する)黒を着る、それ以外の季節では色々なグレーを着る。知っとるか、グレーって200色あんねん。

 こうしておれは名実共に『はるす』の札が得意となった。3字決まりで得意札が出来たのは喜ばしいが、付随した記憶がこれなのは少し悲しみとか情けなさがまとわりついてしまうけど。

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