第4話「唐突に始まる二人暮らし」


しかし不思議な話でもあるのだ。作中に滑落した彼を裏ボスが助けるシーンが出てくるが、場所はどう考えてもここではない。

何処の山なのかを推測することも叶わないが、スチルに描かれた場所はどう考えても屋敷の敷地内ではなかった。

切り開かれた山道のようなそんな場所だった。木々に囲まれた少し薄暗い場所で、滑落した彼は死を覚悟したシーンがあった。

ということは、ここではない。ではなぜ話が変わってしまったのか。


「私の存在がおかしくさせてる??でも私ここから一歩も出てないし、何の影響もないはずなのに」


これは神様に要相談だなと桃子は苦い顔をした。もし作品に自分の存在が大なり小なり影響があるとすれば、本来あるハッピーエンドをこの世界が迎えない可能性も出てくる。

そうなれば世界の崩壊に自身も巻き込まれ、そして元の世界にも戻れない。絶望バッドエンドにもほどがある。

とはいえ、桃子には神様へ連絡する手段がない。ノートパソコンはゴッドストアのみにつながっていて他の機能はないのだ。

となれば、定期的に神様が来てくれるタイミングで聞くしかない。

悩みに悩んだが、このまま彼を放り出すわけにもいかないでそのまま保護することにした。

もーどうにでもなれ!!という気持ちがなくもない。

翌日から一人暮らしが二人暮らしに変わった。彼は桃子に未だに多少の警戒心を持っているようだが、あからさまな威嚇や拒否反応はせず、どちらかというと桃子の行動をジッと監視している。どこに行くにも後ろをついてきて、ジッと見つめるのだ。


「どうせなら一緒にやる??」


と見つめられる生活に限界を迎えたのは、生活が始まって3日後のことだった。これでもかなり堪えたほうだ自分を褒めてやりたいと思いつつ桃子は野菜を切る手を止めた。


「一緒に??」


「そう、一緒に。料理楽しいよ」


おいでおいでと手招きすれば、厨の戸口から顔をのぞかせていた朔太郎はゆっくりと厨の中へと入ってきた。


「この野菜の皮を剥いてくれる??ここから茶色の皮を剥くの」


玉ねぎを渡すと彼は言われたところに、玉ねぎの皮むき始めた。そのまま剥き終わった玉ねぎもぎこちない手つきで切っていく。

具材を合わせて作るのは肉じゃがだ。ゴッドストアのお肉セールで安く牛肉を買えたのだ。

神様の通販サイトにもセールとかあるんだなぁと桃子は購入ボタンをポチリと押した。

このゴッドストアはかなり利便性がいい。服やそれこそ畑仕事で使うような用品から日用品から食品までなんでもあるのだ。

商品は一定の期間が過ぎると変わるのでマンネリ化もしづらい。神様曰く世に住まう神様の中には社の敷地内から一歩も外に出れない者もいて、娯楽を兼ねて作られたものがゴッドストアの始まりだそうだ。

神様は人からすると尊く偉大な存在だが、神様は神様で大変なんだなと話を聞いた桃子は畏れ多くも自由の少ない神様を気の毒に思った。


「これは何と言う名前なんだ??」


鍋でぐつぐつと煮込まれる食材をじっと見ていた朔太郎がふいに顔を上げる。その瞳は微かにきらめいていた。

未知の存在に好奇心が抑えられないが、理性で何とか押し留めている。そんな感じの雰囲気だ。


「肉じゃがだよ。牛肉と人参と玉ねぎとじゃがいもが入っててほんわり甘じょっぱい味付けにしてあるんだ」


「そうか」


ツンとした返事だが、彼が食べるのを楽しみにしているのはよくわかった。尻尾がブンブンと揺れているのだ。楽しみなんだなぁと桃子は柔らかな笑みを浮かべて、その揺れる尻尾に気づかないふりをした。


その日を境に、一緒に料理をすることが増えた。朔太郎の当初おぼつかない手つきだった包丁さばきも、回数を重ねるたびにうまくなっていった。

今では料理自体に興味を持ち始め、作る料理の名前から分量から質問攻めにあうこともしばしば増えた。


桃子はそれならとゴッドストアで初心者向けのレシピ本を買い彼に渡すことにした。どの料理も行程や完成品が写真で載っていて、彼は大層喜んで暇な時間を見つけてはよく眺めている。

そんな姿に桃子は買ってよかったなと穏やかな笑みを浮かべた。

お互いに良い距離感を保ちながら、彼を保護しておおよそ3週間が経過した。

その頃になれば、朔太郎の桃子に対する警戒心はすでになくなっていた。少し前のように彼女の行動を逐一監視することも、後をついて回るようなこともなくなったのでそういうことだろう。

桃子自身もはじめは二人暮らしに多少の戸惑いもあったが、今ではそれが当たり前のようになっている。


人間の順応能力の凄さを己で感じた。


ザックザックと鍬で土を耕しつつ、ここ最近の事を振り返る。

朝の日課である畑仕事をしつつ、こちらも慣れたもんだなと実っていく野菜に目を向けた。

後少しすれば収穫できるだろう実をつけた野菜愛する我が子たちを見下ろしつつ食べれる日を想像してワクワクと胸を躍らせた。

ただ、秋だ冬だに植える野菜のためにも畑を耕すのも忘れていないけない。

ザックザックと鍬をふるいながら、秋はさつまいもかなとあの甘くねっとりした焼き芋に思いをはせる。


「しっかし、暑いなぁ。現代の夏みたいな猛暑ではないけど、暑いものは暑い」


首にかけた手拭いで額から流れる汗をぬぐった。

夏野菜たちはぐんぐんと成長しているのは良いのだが、雑草も同じようにぐんぐん成長するのはいただけない。


「まぁどうせすることもないし、いい時間つぶしだと思えばいいのかねぇ」


少しでも手入れを怠ると直ぐに生えてくる雑草にため息交じりの笑いが溢れた。

さて作業を再開しようかと桃子は鍬を構え直した。


畑仕事は桃子の仕事だ。

朔太郎から「男手も必要だろう」と手伝いを申し出てくれたのだが、野菜たちが世話をさせないのだ。

どういう意味だ??と思うだろう。言葉そのままなのだ。

彼が野菜に触れようとすると茎が根元からグニャリと曲がりその手を阻むのだ。彼が手を戻せば、何事もなかったように野菜は元通りになる。摩訶不思議な現象だ。

これには彼も「俺が、薄汚れた獣人だからだ」とかなり落ち込んといたので、フォローがかなり大変だったと桃子は記憶している。

何故だか野菜に意思がある。そのために畑仕事は桃子が、あとの家事とりわけ食事は朔太郎が担当することとなった。

料理の楽しさに目覚めた朔太郎は、今ではあの一件のことは気にすることなく毎日ルンルンで料理をしている。


「トーコ、今日はおにぎりとみそ汁を作ったぞ!!食べてくれ!!」


輝く推しの笑顔プライスレスとサムズアップする桃子は今日も朔太郎が作るおにぎりに齧り付く。

朔太郎の長く鬱陶しそうにしていた前髪は綺麗に眉下程で切った。そのため今はその整った顔が姿を現していて、控えめに言って直視できないレベルで美しい。

後髪も前髪と同じ時に切ろうとしたが、彼が止めたため毛先を整える程度で肩くらいまで伸びている。

肩口まで伸びた髪を後ろで1つに結っている今の彼は、原作では短髪である彼とかなり見た目の雰囲気が変わっている。

何よりも原作では冷たい氷のように無表情だった彼だが、今の彼は表情豊かで、直ぐにむくれるし、直ぐに落ち込むし、直ぐに笑う。

もはや別人と思うほどの変わりようだ。原作壊すどころが、壊した後にそれを投げつけるくらいの改変かもしれない。

それでも、美味しい天才かッ!!とおにぎりを頬張り、味噌汁を飲めば彼は幸せそうに笑うのだ。

このひとときが、桃子にとってはなによりも幸せを感じた。

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