俺が「自由に生きる」と言ったら家族(王家)が玉座を降りて付いてくるので、家族全員でスローライフを楽しもうと思います。

@oyatu0519

第1章:王家、国を出る

第1話:『騎士、辞めます』

「──俺、騎士を辞めます」


静まり返った謁見の間に、その一言がまるでここにいる全員の頭に直接語りかけるように響き渡った。

高い天井に反響する声はやけに重たく、周囲に居並ぶ王宮騎士たちの胸に突き刺さる。誰もが目を見開き、呼吸を忘れたように固まっていた。


王国最強と称された王宮騎士団長。その俺が口にしたのは、あまりにも突然で、そして重すぎる言葉だったからだ。


「急な話だな……それはやはり、魔王が倒されたからか?」


国王陛下──いや、俺にとっては父さんが低く問う。

その問いに答えるより早く、甲高い声が割り込む。


「どうしてですか!?どうしてお兄様が辞めなければならないのですか!」


王女殿下、イリス……俺の妹だ。王族の威厳などどこへやら、立ち上がった勢いで椅子を軋ませながら、涙を浮かべて俺に詰め寄ってくる。

その必死さに、思わず笑いを堪えてしまった。だが周りの騎士たちは安堵していた。いつもの2人のやりとりが、この張り詰めた空気を少しだけ和らげたのだろう。


「どうしてって言われてもな……。魔王が討たれた今、王国に迫る脅威はほとんど無い。イリス、お前の護衛も、もう俺じゃなくても大丈夫だろう。他の騎士たちがいれば、問題はない」


俺は努めて冷静に、しかし言葉を区切りながら告げる。けれど、胸の奥は穏やかではなかった。


俺が国王、父さんに拾われたのは七歳のとき。王家の血を引かぬ孤児の俺に、父さんはただ一言「自由に生きろ」と告げた。

その恩に報いるため、俺は10年間、その「自由に生きろ」という教えの通り、王家の長女……イリスの剣となり盾となった。

けれど魔王が倒された今、その役目は終わったのだ。


「これまでありがとう、父さん。俺はこれから……『自由に生きる』ことにするよ」


「……自由に……生きろ、か。あの時、軽々しく口にした自分を殴りたいものだ」


苦笑する父さんの言葉は、どこか寂しさを含んでいた。

そのやり取りは親子の温かな会話のようでありながら、部屋全体に淡い哀愁を漂わせる。

鼻をすする音があちこちから響いた。感動的な別れの幕引き……になるはずだった。


だが──。


「……私は、納得できません」


謁見の間に起こった沈黙を切り裂いたのは、イリスのかすれた声だった。

彼女の頬には涙の跡。だがその瞳には、確固たる決意を表す強い光が宿っていた。


「ごめんな、イリス。でも俺は決心したんだ。だから──」


「それでは、私もついて行きます」


「……は?」


間抜けな声が出た。俺だけでなく、周囲の騎士たちまでも固まる。

「ありえない」と言いたげな顔がそこかしこに浮かんでいた。

だが、1番「ありえない」、「何を言い出すんだ?」と思っているのは他でもない俺だろう。


「イリス、お前……冗談だろう?」


俺は肩に手を置き、必死に説得を試みる。


「俺は養子だから、ここを離れられる。だが、お前は王家の血を引く者だ。しかも王位継承権第1位……いずれはこの国を背負う存在なんだ。王宮を離れるなんて、あってはならない」


──そう。イリスは次期女王。決して外に出してはならない存在だ。もし何かがあったら、この国に住んでいる者全員が混乱に陥る。


「いや、良いんじゃないか?」


「……父さん?」


思わず振り返る。父さんは椅子に腰かけたまま、重々しくもどこか楽しげに微笑んでいた。


「イリスは弟に王位を譲り、独り立ちしたと公表すれば済む話だ。仮に混乱があったとしても……私が何とかしよう」


決して守るべき者の前では私情を挟まないはずの騎士たちが一斉にざわめく。国の根幹を揺るがす発言。だが、父さんの声音には揺るぎがない。誰もが、その言葉に妙な説得力を感じてしまっていた。

父さんの息子である俺も、その言葉は冗談が1滴たりとも入っていないことを理解する。


「……イリス、本当にそれでいいのか?お前は王座を捨て、平民として生きることになるんだぞ」


「はい。私は、何があってもお兄様のそばにいます」


涙を拭ったその顔は、まるで騎士そのものだった。

俺がイリスを護るように、イリスは俺に誓ったのだ。


「……はぁ。強情なのは昔からか……」


俺は頭を抱え、観念する。

こうして、俺とイリスはともに「自由に生きる」ことになってしまった。


だが、家族との別れはまだ終わらない。

家族はイリスと父さんだけではないのだ。


◇◇◇


その日の夕刻。王宮の食堂にはいつも通り、家族全員が揃っていた。

父さん、母さん、イリス、弟レイ、末妹ヒラ。長い食卓を囲む家族は、普段なら賑やかなのに、この日はどこか重苦しい。


食事も半ばを過ぎた頃、俺はついに切り出した。


「……俺、明日王宮を出ることにしたよ」


スプーンの落ちる音。椅子が軋む音。

母さんは目を丸くし、レイとヒラは小さな手からフォークを取り落として、泣き出してしまった。


「やだよ!兄上がいないなんて、やだっ!」


「お兄ちゃん、ずっといてよ……!」


子どもたちの泣き声に、胸が締め付けられる。

俺だって本当は離れたくない。だが、それでも進まねばならないのだ……自由に生きる、そう誓ったのだから。


さらに追い打ちをかけるように、イリスが「私も兄様について行く」と告げると、レイとヒラまで「僕たちも!」「私も!」と駄々をこね始めた。


「だ、だめだ!それは……!」


必死に説得するが、幼い彼らに理屈は通じない。

どうすれば……と頭を抱えていると、母さんが静かに口を開いた。


「……それなら、ひとつ提案があります」


母さんのその声に、全員が息を呑んだ。

母の目は涙で赤く腫れていたが、その奥にはこれから発する言葉に確固たる決意が宿っていることを表していた。


「…………………………」


この言葉を聞いた次の瞬間、俺たち家族は人生で最大の選択を迫られることになる──────

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