第51話 コール

◇◇◇◇◇



「……ふぅ~ん?」


 部屋のドアを開けるなり、ホノカは舐めるように目の前の二人を見遣った。

 オーバーサイズのパーカーの袖をまくって腰に手を当てた彼女はなにか言いたげにしつつも、語るのは視線ばかりである。


「わりぃ。ちょっとハルのこと預かってくんね?」


 気まずそうに苦笑をこぼすハルの隣で、キョウヤが平然とした様子で言う。

 昨日までの態度から一転していつもどおりの雰囲気を醸し出す彼に、ホノカはますます視線を細めた。


「それは別にいいけど? あんた、ほかに言うことないわけ?」


 さんざん心配をかけておいてそれだけかと圧をかけるが、キョウヤはけろっとして小首をかしげている始末である。


「……おはよう?」

「違うわよ、バカ」

「いっ!? てっ……!」


 返された答えに、ホノカはおもわずキョウヤのすねを蹴った。

 いくら裏でけしかけたとはいえ、こうもあっさりと決着されるとそれはそれで複雑な心境である。

 とはいえ、つながれたままの二人の手にホノカは内心でほっと安堵の息をついた。


「ほら、用事があるんでしょ。ハルは預かっとくからさっさと行きなさいよ」


 シッシッと追い返すように手を払えば、キョウヤは「はいはい」と言って肩をすくめた。


「ハル、あとで迎えにくるから」

「うん、いってらっしゃい」


 ハルに向き直ったキョウヤが、下ろしたままの彼女の長い黒髪に指を通す。

 さらさらと揺れる髪をそっと耳にかけると、ハルが照れくさそうに少しうつむいてはにかむのが見えた。


(やっと、収まるべきところに収まった、ってかんじね。ほんと、世話が焼けるんだから)


 一連のやりとりをなんとも言いがたい笑みを浮かべて見ていれば、キョウヤが「じゃあ頼むわ」と言ってきびすを返した。

 小さく手を振るハルの横で、ホノカも彼の背を見送る。


「さっさと戻ってきなさいよ! あんたには山ほど説教してやるんだから!」

「へいへい」


 片手を上げて短く応えたキョウヤのうしろ姿に大げさにため息をついて、ホノカはハルの肩に手をまわした。


「ハル? お姉さんと、ちょーっとお話ししましょうか」

「は、はい……」


 逃がさないとでも言うようにホノカが満面の笑みを向ければ、ハルも観念したのか苦笑いである。

 連行されるがごとく部屋に促されると、顔を見せなかったアキトが紅茶を淹れている最中だった。


「おはよう、ハル」


 どうやらアキトも非番らしい。ホノカと色違いのパーカーは、彼のほうがサイズが合っている。


「あれ? キョウヤは?」

「用事があるんですって。ほっときゃいいのよ、あんなやつ」


 ハルの代わりに、ホノカが悪態をつきながら答える。

 すると、玄関のほうへと視線を飛ばしていたアキトが困ったように手元を見遣った。

 トレーの上には、すでに紅茶が注がれたカップが四つ。


「冷めたのでも飲ませときなさいよ。どうせあとから来るんだから」


 パントリーからお菓子の入ったカゴを取り出して、ホノカがそっけなく言う。

 キョウヤに対してだいぶ根に持っているらしい。


「まあ仕方ないね。捨てるのもったいないし」


 そう言って笑うアキトに、ハルも乾いた笑みを返すほかない。

 三人そろってリビングへ移動すると、それぞれ定位置へと腰を落ち着けた。


「で? キョウヤとは仲直りしたみたいね」

「あ、うん。もう大丈夫。というか、その……」


 ミルクたっぷりの紅茶にそうっと口をつけながら、ハルはあいまいに笑ってみせた。


「ちゃんと自分の気持ち、伝えられた?」


 やわらかい表情でそうたずねるホノカに、ハルは小さくうなずいてみせる。

 あらためて聞かれるとやけに気恥ずかしくて、二人の顔をまともに見られない。

 昨夜のことを思い出すだけで、恥ずかしさやらよろこびやらで胸が高鳴り、つい頬がゆるんでしまう。


「それでね、キョウヤが、その……スペラーレに、なってくれるって」

「よかったわね、ハル」


 ハルの表情にホノカは心底うれしそうに笑って、照れくさそうにはにかむ妹分の頭をなでた。


「契約、やり直さなきゃねー。マリアには僕から言っとくよ」

「うん……マリアさん、怒るかな?」

「小言くらいは言われるんじゃない?」

「えー」


 仁王立ちで腕を組み、あきれながら深々とため息をつくマリアの姿がたやすく目に浮かぶ。

 だがきっと彼女の小言の矛先は、能天気によろこぶであろうユキノリに向けられるはずだ。


「てゆーかほんと、男ってバカ」

「それは僕も入ってるのかな? ホノカ」


 ついポロリと出てしまった発言をアキトが聞き逃すはずがない。

 さすがと言うべきか、アキトは満面の笑顔でホノカの顔を覗き込む。


「ややややだな。アキトのことじゃないわよ!」

「でも『男』って言ったよね? 僕も一応男なんだけど? あ、それとも男として見てないってことなのかな? ふーん、そっか、そーなんだー」


 不敵な笑みを浮かべるアキトから逃れようと、ホノカが楽しそうに笑うハルに助けを求めたときだった。


「「っ!?」」


 急に動きを止めた彼女たちは、互いに困惑の表情を浮かべて目配せする。


「……ハル、聞こえた?」

「うん、でも……」

「なに? どうしたの、二人とも」


 唐突に静かになった二人の不審な行動に、アキトもただならぬものを察したらしい。彼の表情も瞬時に真剣なものに変わる。

 彼女たちの表情が、いささか緊張したようにこわばっていた。


「「キューブが、呼んでる」」


 同時にアキトに向き直った彼女たちは、口々にそう言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る