第8話 申し子


いろり姉ちゃんが死んだ。

トキが血相変えてオレや皆を呼びに来た時、嫌な予感がした。もう、やつらは動き出した。



わいずの皆で駆けつけた時、いろり姉ちゃんは

原始の種と壮絶な戦いの末、「開眼」という捨て身の切り技を使って、自らも力尽きたのだとわかった。




あれは、禁じ手で本当に死ぬ覚悟のある時に使う勝ち技だ。死ぬ覚悟と引替えに、速さも攻撃力も格段に上がる。さらにはわいず刀と共鳴して相手の動きを奪う。正直、オレが同じ場面に居たら、いろり姉ちゃんのようにそれができたかと言えば、自信はない。




手には、愛刀“藤直”がしっかりと握られていた。




「いろり姉ちゃん、お疲れ様。原始の種は死んだよ。わいずは無事だ。姉ちゃんのおかげだよ。もちろん、トキも無事だよ」




そう言ってオレは姉ちゃんの瞼をそっと閉じた。

守り女として、最後までやり遂げた。

強く、優しく、面倒見がよくて本当の姉のような人だった。子供の頃トキとオレの遊び相手になってくれた。剣の腕も強く、オレたちの一番最初の師匠のような人だった。遊びながら鍛えてくれたっけ。





「いろり姉ちゃん、オレは泣かないよ?トキのことは心配いらないからね……」




トキはといえば、すっかり憔悴しきっていた。

トキは本当によく泣くやつだった。

今もボロボロと涙を流している。




「トキ、いろり姉ちゃんに泣くなと言われなかったか?」




いろり姉ちゃんは事ある毎ににオレたちに泣くなと言った。転ぼうと、ケガをしようと、怒られようと、誰かが亡くなろうと。最初は何故なのかオレは分からなかった。そしてそれを理不尽に思いもした。




ある時、オレはいろり姉ちゃんに聞いた。




「あのね、泣くことが悪いんじゃなくてね、人前で涙を流すなって意味なのよ。悲しみも、怒りも、不安も、喜びですら、自分ひとりで噛み締めるものよ。泣いてもいいけど一人で泣いて、そして拭って、立ち上がるの。それしかないのよ。感情のままに泣いていいのは赤ちゃんと子供だけよ。かわいいからね。つまり!その位の負けん気を持てってことよ……だから泣いていいのよ。泣いてもいい……」




いろり姉ちゃんは少しうつむき加減でそう言うとパッと顔を上げて……




「でもまぁ、なんでもかんでもメソメソ泣くやつは私は嫌いだけどね!」




って笑ってた。

オレは思った。できるとかできないとかじゃなくて

そのくらいの気持ちを持って生きろ、そういう意味なんだって。




「みなも、いろりに会わせておくれ」




「八百様!!」




………八百様はいろり姉ちゃんの顔の横に膝をついた。土と砂と血で汚れたその顔を優しく撫でると、しっかりと握りしめている藤直を見る。




「開眼を、使ったんだねいろり。怖かっただろうに。藤直も最後までいろりと共にあってくれてありがとう」




震える声でそう言うと藤直ごといろり姉ちゃんの手を握りしめた。八百様のその顔は、あまりにも悲痛で悲しげだった。




「みなも、トキは?」




「…………自分を責めています」




「一度しっかりと話す必要がありそうだね」




「…………そうですね」




トキは、自分が伝承の子であることは知ってはいる。しかし、それはあくまでもただの言い伝えで、そこに大した意味はないと思っている。もちろん周りもその程度で接してきた。ここまでは。




オレは無意識に藍玉に手をかける。

チャキ………という音がする。

ここからトキの本当の苦難が始まるかもしれない。




「……藍玉、オレと一緒にトキを、このわいずを守ってくれよな」




それぞれの荷がある。トキにはトキの、オレにはオレの。いろり姉ちゃんにはいろり姉ちゃんの。八百様にもそうだ。




いろり姉ちゃんは、藤直とともにこのわいずの1番綺麗な眺めの場所に眠ることになった。春には花が咲き誇り、夏はどこよりも見晴らし良く入道雲が見える、秋には赤と黄色の紅葉に彩られ、冬は雪の中に灯る家の灯りが優しく浮かび上がるだろう。




「みなも、トキを連れてきてくれるかい?」




「承知しました、八百様」




オレはそう言うと、トキがおそらく居るであろう場所へと歩き出した。このわいずを見渡せるあの場所に。オレたちはいつもそこで遊んでいた。いろり姉ちゃんも、一緒に。




「やっぱりここか……まだ泣いているのか」




視線の先に、小さく丸まるように身を縮め泣いているトキが見えた。身長も172あるトキがまるで小さな団子のようになって。




「みなも…………」




相変わらず情けない顔でオレを見た。

子供の時からなんにも変わらない。

オレにとってトキとは、心の優しい親友だ。

トキの優しくて人懐こい所をよく知ってる。

と、同時にトキはわいずの星降る刻の詠の申し子でもある。オレは、そのトキをまだ知らない。トキ本人ですらきっと分からない。




トキにどんな秘めたる力があるのか、わいずの誰も知らない。




未知なんだ、なにもかも。

そして、賭けなんだ、全てが。




「トキ、八百様が呼んでるから行こう」




「八百様が?分かった………」



偶然なんかじゃない。紺色の髪と紺色の目は。

ここに伝承があり、ここにそうして生まれてきたトキはこのわいずの、申し子なんだ。

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