第3話 盾となれ


トキが、成人か。

オレはトキより早い、春の生まれだから一足お先に

成人の儀をしたけれど、あいつのわいず刀はどんなのだろうな。



オレのは、 藍玉(あいぎょく)。

薄く綺麗な水色。



このわいず刀は、かつてのかの国をルーツに持つという。わいずの中でもほんの数人しか作れない



しかし、オレの親がまだ子供の頃に、不穏なことが起こり始めたと聞く。あちらこちらでここと同じような街や村から人々が消えた。 それは、決まって異質な流れ星の流れた後。



その時から“原始の種”とオレたちが呼ぶものが現れた。見た目はなんらオレたちと変わりはしない。

言葉も話すし、武器も使う。しかし、決定的に違うことは、人の中身を吸い尽くすバケモノだということ、そしてほぼ不死身だということ。



長い時間の中で分かったことはまだまだ少ない。




「八百様………みなもです」




「ん、待ってたよ。お入り」



なるべく音を立てぬよう、襖をそっと開け一礼をした後、一歩入りそこに座る。薄暗い部屋には、幾本もの蝋燭の炎が揺らめき八百様が、祈りを捧げていた事が伺い知れた。



「いよいよ今日、トキが成人した。我々わいずは長きに渡りこの時を待ち望んでいた。トキも手にしたよ、わいず刀を」



八百様は、そう静かに話し始めた。

わいず刀は、成人の証。

元々わいず刀は、真剣ではあるけれど、ただの儀礼用であり記念品だった。




そう、やつらが現れるまでは。




「僕の先祖の星詠みがある日言った。星とともに恐ろしい凶兆が訪れるだろう……と」




「はい……」



「それは、残念ながら当たってしまった。アレが現れた事が、先祖の星読みの言う“凶兆”だったのだと思う。すでにみなもは春に成人済みだね。みなもの父、有仁(ありひと)もその姿を見たかったろうに……ごめんね」




八百様は、申し訳なさそうにそう目を伏せた。

成人の儀の時、父は不在だったが、寂しくなんかなかった。うちは“そういう家系”だったから。




このわいずの中から選ばれたもの達が世界のあちこちに散らばって、この謎を解とうとしている。

オレの父もその一人だ。もう、何年も会っていない。今はどこでなにをしているのだろう。




父との最後の会話を思い出す。




「みなも、我々一族はみな、このわいずの為に存在する。それはわかるな?トキと共にお前は育つ。トキは、このわいずの………みなもよ、お前は盾だ。トキの盾だ。お前は強く育たねばならない。いざと言う時はその命をも捨てる覚悟をしろ。いいな」




それは、普通に考えれば残酷な話なのかもしれない。でもオレはそうは思わなかった。

これが、オレの役目。これがオレの使命。

トキの影となり日向となり、そして盾として生きる。




「もちろん、承知しております」




そこからの父から受ける訓練は、とにかく厳しかった。何時いかなる時も、父は本気で俺の命を狙っていた。時には頬を打たれ吹き飛ばされる事もあった。



「そんな事でお前はトキの盾になれるのか?泣くなみなも。みっともない!泣きたければ誰もいない所で泣け!」




剣の稽古も、柔術も体術も、様々やらされた。

そして、父は勉強も手を抜くことを許しはしなかった。知識などいくらあっても困らない……と。




「お父さん、勉強なんてする意味がオレにはわからない。オレはトキの盾だ。死ぬこともあるかもしれない。それなのになんで勉強までしなければならないのか」




「みなも、勉強することはお前の世界を広げるという事だ。どんなにお前に使命があったとしても、お前の内なる世界は広くて広大だ。しがらみばかりのお前が自由な鳥で居られるのはその世界だ。学ぶことは知識を得、知識があれば想像を得、想像ができれば予測を得、予測ができれば対策もできる。そして、それが明日へと生を繋げる。苦しい時は力となり、目を閉じれば未知の世界の景色も見える。勉学とは知識とは、命綱であり、翼なんだ。明日死ぬかもしれないからと学ぶことを怠るな」



オレは、その言葉が分かったような分からないような気持ちのまま、しばらく過ごしていた。やらなければならない事が多くなっただけ、そう感じていた。トキの為に存在しているオレにとって、身を守る術の方が余程大事だと思っていたから。



でも、成人の日、母の言葉で気がついた。



「みなも、お父さんを恨まないでね。お父さんがあなたに厳しく教えてきたのは、トキ君のことだけではなかったのよ」



━━俺がな、みなもに厳しく教えるのは、みなも自身が死なない為だ。それに全力で学ばせるのは、全てが終わった時みなもが生きていくのに困ったらいかんからな。




「━━ってね」




父は、ただ厳しいだけじゃなかった。

きっと、オレの知らないところでひとりで泣いていたはずだ。オレはその時初めて父の教えに感謝した。




「みなも…………覚悟はいいね?」

八百様は言う。その言葉の意味を、オレは知っている。



八百様……オレにはわかるんです。

まだ幼い八百様もまた、父と同じ悲しげな顔をしている。八百様、あなたもまた同じように何かを背負うしかなかった身。どうかそんな顔をしないでください。オレは幸せです。望まれ、すべきことがあるのですから。それはオレにしかできない。




「もちろんです。オレは、トキの盾となります」

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