第5話

「あんたには関係ない……って言いたいところだけど、さすがに無理があるか。……もう、あんなことはしない……信じられないかもしれないけど」


 子どものウォルターが最後に見た〝共感〟は、殺意だった。

 あれは、あの時レイラが目撃した犯人の感情だろう。

 事件の後レイラはずっと引き篭もり、まともに顔を合わすことがないまま引っ越していった。

 ウォルターの胸のざわつきを感じ取ったのだろうか。視線を合わそうとしない。


「……もしかして、あの日から、ずっと続いてるの……?」


 レイラは答えずに、隣に置いていた黒いリュックから何かを取り出した。パンケーキの皿が端によけられ、見覚えのあるものが陣取る。


「え……これ、なんで……?」


 気味が悪い四つの墓標を正面から撮った写真。それがプリントアウトされた紙だった。

 警察署で見てきたばかりのそれは、普通に考えれば、犯人か捜査関係者しか知り得ないはずのものだ。


「もしかして知ってた? まぁ、アングラ系の中では拡散されまくってるけど、そういうの見てるなんてちょっと意外」

「アングラ……? まさか、ネットにアップされてるの?」

「……どこでこの写真を見たの?」


 怪訝な顔で質問に質問を返したレイラに、ウォルターは事情をかいつまんで説明した。

 昨夜警察から電話があり、今朝早くに出向いたこと。そこで写真を見せられたこと。

 レイラは納得した様子で、自分が写真を手に入れた経緯を教えてくれた。


 ネットの世界には、殺人事件マニアが作った、倫理観とは無縁そうなサイトがいくつもあるらしい。その手の界隈で今注目されているのが、田舎町で見つかった四人の遺体。


『霧の森に入った者には、神の裁きが下る』『四人の罪人を神に捧げた』


 〝代行者〟から届いた手紙の内容まで載っているらしい。

 アップされたのは一週間前。丁度、警察署に〝代行者〟からの手紙が届いた頃だ。

 こんなサイトをレイラがたまたま見かけた、ということはないだろう。その手のサイトを日頃からチェックしているのだろうか。


「で、あんた、警察になにか話した?」

 威圧感で脅すような態度にも、ウォルターはそろそろ慣れてきていた。


「だから、誰にもなにも話してないって。警察なんて一番アウトじゃん。ちゃんと、なにも覚えてないって言ったよ。犯人の後ろ姿をちらっと見ただけ……当時の証言と変わらない」

「そう……」


 どうして、こんな写真を見せる――

 紙の上を滑る細い指が、墓標に引っかかった歪な獣の頭部を差した。


「このリアルなマスク、私が見た〝オオカミ〟によく似てる。あの森で、このイカれたセンス。絶対そうだと思わない?」

「レイラ……君がこの町に来たのって……」


 顔を上げると、レイラは微笑を浮かべていた。


「サイコ野郎に会いにきた」


 どこかわくわくしたような声で言い放った言葉を、ウォルターは理解できなかった。

 できるわけがない。

 だってレイラは、自分に殺意を植え付けた相手に会いに来たと言っているのだから。


     ◇ ◆ ◇


 深い霧の中。

 兄はガーデンチェアの背にもたれて、肘掛けに手のひらを上向きに乗せていた。

 そうなるように腕を縛られていた。両の手首を切る為に。

 手首から血を流す兄は、もう意識がなかった。

 血が滴り落ちる先には血溜まりが広がっている。

 自殺ではなく誰かにやられたのだと、子どものウォルターにも分かる姿だった。


 ――殺してやる。


 仰向けに倒れたウォルターの目の前で、下手な木彫り模様の安っぽいペンダントが揺れる。


 ――殺してやる。


 十二歳の女の子とは思えない力でウォルターの首を絞めながら、呪文のように呟く。

 憎悪の籠った目。

 時々こっそり見入っていた、エメラルドグリーンの瞳。

 その奥に、レイラ・フローレスはいなかった。

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