case5 リバイバル
第31話
「レイラっ、とっても綺麗よ! 私の見立ては完璧ね!」
壁越しに、朝から元気なクロエの声が聞こえてくる。
「じゃあ、次はこれね。アクセサリーはどれがいいかなぁ~」
今日は仕事が休みだとレイラに言うと、なら付き合えとレッスンスタジオまで連れてこられた。
衣装合わせの間、まだ誰もいないレッスン部屋で待つことになったウォルターは、なんだか落ち着かない気持ちで壁際の椅子に座った。
警察がシリアルキラーだと睨んでいる人物の妹に、レイラをひとりで会わせる気はなかったから、丁度よかったのだが……。
「いい加減にしてよ! 見立てが完璧なら一着でいいでしょ!」
衣装合わせが始まった朝の六時から、もう一時間になる。その間ずっと、レイラは何着もの衣装を着せられている。
ガチャリとドアの音がして、ふたり分の足音が廊下に響く。
どうやら彼女の限界がきて終わったようだ。
「アクセサリーなんてなんでもいいじゃないっ、どうせ客席からはろくに見えないんだから!」
「そんな中途半端じゃダメよ。フェスティバルを盛り上げる大事な劇なんだから。それに、写真撮ってホームページとSNSにアップしなきゃだし」
「はぁっ? そんなの聞いてな……ちょっと、なに撮ってんのよ!」
室内に入ってきたところでスマホのシャッター音が鳴った。
壁一面の鏡に、向かい合うふたりの姿が映る。
白いドレスを着たレイラはすこぶる機嫌が悪い。
苦手な相手に着せ替え人形にされたせいではあるが、衣装合わせの為にとサングラスを外していることで、ノーガードでクロエの感情を浴びているのがよくないのだろう。そんな状態で、クロエをじっと睨みつけている。
「あんたまさか、着替え中にも盗撮してたんじゃ……」
「まさかぁ。そんなことするわけないよ」
「さっきパーテーションの隙間から覗いてたの知ってんだからね! この変態女っ!」
「あ、バレてた? でも撮ったりしてないよ。ていうか、女の子同士なんだから仕切りなんていらないのに。レイラって恥ずかしがり屋ね」
嫌われることを恐れないような言動に、見ているこちらがハラハラしてしまう。
強引なところもそうだが、そういう気質なのだろうか。
ウォルターには理解できないが、それはそれとして、自分もマゾヒストの変態だと言われたことを思い出し、ほんの少し同情してしまった。
「あんたの視線に晒されるよりは、白昼の街中でストリップショーするほうがずっとマシよ」
(ああ……これ以上はマズいな)
椅子から立ち上がり、慌ててふたりに駆け寄った。
「レイラ、落ち着いて……」
振り向いたレイラの鋭い眼差しに、やけに迫力を感じてドキリとした。
黒く染まったまつ毛はくるんと立ち上がり、ほんのりオレンジに色づいた瞼は上品に煌めく。
目元に合わせた口紅が、ふっくらとした唇を鮮やかに彩っている。
くすんだブロンドのミディアムヘアを、癖を活かしたナチュラルなウェーブにセットした、いつもと違う雰囲気のレイラを前に、宥める言葉を発するはずの口を半開きのままにして見入ってしまっていた。
花嫁のような真っ白のドレス。
緩やかに裾が広がるシンプルなシルエットだが、レースや刺繍がたっぷりと使われている。
シースルーのデコルテには繊細な刺繍があしらわれ、長袖のパフスリーブがふんわりと腕を包み込む。どこかレトロなアンティーク調のデザインだ。
「すごく綺麗だ」
思わず率直な感想を口にすると、クロエが誇らしげな顔をした。
言われた本人はというと、目の鋭さが若干和らいだような、あまり変わらないような、どちらにせよムッとしている。
なんとも言えない空気の中で拘りを語り出したクロエだったが、ふと時計を見上げると、まだ準備があるからと部屋を後にした。
静かになった部屋で、ドアを睨むレイラの横顔を眺める。
「本当に綺麗だ。すごく似合ってる」
「……トビーに憧れるのは悪いことじゃないって前に言ったけど、そうやってなんでも真似るのそろそろやめたら?」
「真似……?」
「子どもの頃と同じ。綺麗だとか、宝石だとか、そういうの……」
「あぁ……確かに、女の子を褒めるのは兄さんの教えだっけ。でも、言ってることは俺自身の感想だよ。今も昔もね」
「……あっそ」
怒りで爆発寸前だったのがすっかりクールダウンして安心したが、借りてきた猫のように、どこかそわそわしている様子が気になった。
ほんのりチークを乗せた頬の赤みが増していることに気づいたウォルターは、上着のポケットを探って預かっていたペンダントを取り出した。
「レイラ、大丈夫? さっきまで平気っぽかったけど、やっぱり一時間もクロエといたら影響残っちゃうよね。ごめん、すぐに気づけなくて……」
レイラはなにか文句でも言いたげな顔をしてから、奪うように受け取った。
「あんたって、わかってそうでわかってないよね」
「……勘違いだったかな。それとも、ペンダントじゃ共感リセットできそうにない感じ?」
「あの女のウザさには、もう耐性ついた」
「……そうは見えなかったけど」
程なくして、まだ私服の劇団員たちが集まると、すぐにリハーサルが始まった。
出番がラストシーンだけのレイラは、緊張した様子もなく窓の外を眺めている。
「……ねぇ、レイラ……ダニエルは、劇を観に来るかな」
「そりゃ来るんじゃない? 妹が主役なんだから」
「そうじゃなくて……身を隠す気はないの?」
すでにレイラが八年前の少女だとバレているからといって、犯人に見られていいとは思えない。
ダニエルが犯人だとしたら、クロエと共演する舞台の上なんて一番気づかれる場所だ。
(これじゃまるで、注意を引きたいみたいだ……)
「何度も言ってるでしょ。人目があるから、かえって安全よ。その後は絶対にひとりになったりしないし。最前列で観ててくれるんでしょ?」
恐れるものなんてなにもないような目で、まっすぐに見つめてくる。
朝日が淡いブロンドの髪を透かして、アイシャドウのパールがキラキラと光る。
「それに」
今日のレイラは、年相応にオシャレを楽しんでいる女の子のようで……だけど、その表情や声は、本質を隠さない。
「警察に捕まる前に、もう一度会って話がしたい」
注意を引きたい〝みたい〟じゃない。まさにそれが目的だ。
「……そうだったね」
タトゥースタジオを訪ねるのはさすがに危険だと考えているのか、警察に見られたら面倒だと判断したのか。レイラなりに慎重にはなっているようだ。
その一方で、待ちきれないと顔に書いてある。
獲物が罠にかかるのを、今か今かと待っている。
美しくなる為のメイクもドレスも、レイラにとっては、殺人鬼に私はここだとアピールする為の目印に過ぎないのだろう。
正気とは思えない。それでも、結局は従ってしまう。
主人の足元に絡みつく従順な番犬。それが自分の役だ。
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