第12話 退院とハグ
「ふぅ。やっと退院か」
あれから胸のモヤモヤを発散できることなく、二週間が経って退院する日を迎えてしまった。
これでずっと寝転んでいる必要性がなくなるから多少はこのモヤモヤとした気分を発散できるかもしれない。
「秋兄~迎えに来たよ!」
「春香、わざわざありがとうな」
「ううん! これくらいは当然。家帰ったらお昼ご飯にしようね」
「わかった。やっと病院食から解放されるな」
病院食があまりおいしくないと聞いたことはあったけど、本当に味はあまりおいしくなかった。
不味いというよりは極端に味が薄くて味気ないのだ。
入院中に何度もジャンクフードが食べたくなる症状に侵されたかわからない。
「ふふん! 秋兄のために私が腕によりをかけてお昼ご飯を作ってきたから楽しみにしておいてね!」
「それは楽しみだな。じゃあ、速いとこ家に帰ろう」
病院は体を休めることはできたが心はあまり休まらなかった。
普段の慣れ親しんだ家じゃないから違和感が半端なかったんだ。
「秋兄は家が好きだもんね~」
「まあな」
俺たちは兄妹で久しぶりに二人で歩く。
最近は入院してたし、俺自身あんまり歩く機会が無かったから本当に久しぶりな気がする。
あれからもう三週間も経ったんだな。
「そう言えば狂歌がどうなったのか春香は知ってるか?」
「うん。お母さん達が被害届出してたよ。それに、現行犯で取り押さえられてたらしいから少なくとも秋兄の前に現れることは無いよ」
「そっか。それは安心だな」
「確か、今は精神病院にいるんじゃなかったっけ? 私も詳しくは知らないんだけどさ」
精神病院か……
確かに狂歌の行動は常軌を逸していた。
何らかの精神的な病気を抱えていても何ら不思議ではないな。
俺と一緒に居た理奈を殺そうとしてたし、その行動に一切のためらいもなかった。
普通の人間……というか、普通の精神状態ならあんな行動を起こさないはずだ。
「そか。教えてくれてありがとな」
「どういたしまして」
俺と春香はまだ寒い道を並んで歩く。
あの時一命をとりとめていなかったらこうして春香と話すこともできなかったのか。
本当に生きててよかった。
「三週間も学校休んじまったから何とか取り返さないとな」
「だね~でも、そこら辺は理奈ちゃんがいるし何とかなるでしょ! 秋兄だって人と関わるのが苦手ってわけじゃないだろうし」
「それはそうなんだけどな。転校してきてすぐに三週間も学校休んだら流石にな。馴染むのに結構時間がかかりそうだ」
「それはそうだろうけど。まあ、頑張ってよ秋兄」
春香に励ましてもらいながら家に帰る。
久しぶりに食べる春香の作ってくれた昼食は美味しかった。
そして、久しぶりの自分のベッドの寝心地は本当に良かった。
やっぱり病院より落ち着く。
今日はぐっすり眠れそうだ。
◇
「お前、なんかきめぇんだよ」
「話しかけんな」
小さい男の子二人に小さい女の子がいじめられていた。
子供らしいと言えばらしいが、やっていることは虐めと変わらない。
こんな光景を俺は見たことがあった。
「何してんだお前ら!」
「げ、秋トだ」
「にげろ」
そんな少女を庇うようにして立ちはだかる小さい男の子。
これが昔の俺だった。
「た、助けてくれてありがとう」
「……別に助けたってわけじゃねぇ。気に食わないことしてるやつがいたから追い払っただけだ」
「それでも、ありがとう」
今思うと、幼稚園生なのに可愛げのないガキだったと思う。
愛想は悪いし性格も良かったとは言えない。
「ふん」
そして、虐められてたのは理奈だ。
今でこそ人気で明るい女の子だったけど昔は周囲と積極的にかかわらず、誰かに虐められている女の子だった。
「えっと、南くんだよね?」
「ああ。でも、名字で呼ばれるのはあんまし好きじゃないから名前で呼んで」
「えっと、秋トくん」
「アキでいい。そのほうが呼びやすいだろ」
「でも、馴れ馴れしくない?」
「俺がいいって言ってるんだから良いんだよ」
「じゃあ、アキ」
これが俺と理奈が初めて喋った日だった。
◇
「……変な夢見たな。懐かし」
「へぇ~どんな夢見たの? エッチな夢?」
「なわけあるか。……ってなんで理奈が俺の部屋にいるんだ?」
「日曜日だし、アキの様子見たかったからお邪魔した。おはよ」
「おはよう」
寝起きから可愛い理奈のことを見ることができたのは嬉しいけど、理奈の顔を見るとこの前の好きな人の話を思い出す。
こうやって俺に優しくしてくれるのは幼馴染だからで異性として見られていないのではないかと思うと心が痛くなってしまう。
「お腹の調子はどう? 痛くない?」
「まあ、触らなければ痛くないな。心配してくれてありがと」
「よかったって言ってもいいのかな?」
「いいだろ。こうやって退院できたわけだしな」
ベッドから起き上がって背伸びをする。
前進の筋が伸びる感じで気持ちがいい。
「えい!」
ベッドから起き上がって背伸びしていると後ろから理奈に抱き着かれる。
理奈の胸がそれなりに大きいこともあって背中で柔らかい二つの山がむにゅっと潰れる。
「……な、何してるんだ?」
「感謝? ほら、何度も言うけどアキのおかげで私はこうして生きてるわけだし」
「だからって、好きでもない男に抱き着くなよ。理奈には好きな人がいるんだろ? そいつにこういう事はしてやってくれ」
こうやって抱き着かれるのはもちろん嬉しい。
でも、理奈がただ恩を感じてるからという理由だけで抱き着かれてるのだと思うとなんだかもやもやする。
「……ふぇ?」
「ふぇってなんだよ。好きな奴いるんだろ?」
「え? あ、うん。いるって言ったけど……」
理奈はなぜか困惑したかのような声を上げる。
かと思ったら、俺に抱き着く力がメチャクチャ強くなった。
「ちょ、痛い痛い!? 背骨折れるって」
「これはアキが悪い!」
更に力強く抱きしめられる。
や、やばい。
背骨からバキバキって音なってる!
「た、助けてぇ~!?」
必死に叫び声をあげると、どたどたと廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
「秋兄!? どうした……の?」
瞬間、扉が勢いよく開かれて春香が入ってくる。
「二人とも朝から何してるの?」
呆れた顔でそう冷たく言い放たれるのだった。
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