第2話 二年ぶりの幸せな日常

「アキ……だよね?」


「……ああ。久しぶりだな。理奈」


 振り向いてみればそこには懐かしい顔があった。

 昔と比べて綺麗になっただろうか?

 紫がかった髪を肩の少し上まで伸ばしていて、俺を驚いたように見つめる翡翠色の瞳。

 中学の頃は可愛さが勝っていた容姿だけど、高校に上がった今となっては美しさが勝っているかのように思う。


「久しぶり……だけど、なんで今まで連絡返してくれなかったの!? 心配だったんだよ?」


「ごめん」


 連絡先を消されてたから連絡が来ていることすら知らなかった。

 それに、下手に関わって狂歌に狙われたらと思うと碌に会いに行くこともできなかったというのは流石に言い訳かな。


「いや、謝ってほしいんじゃなくてさ。説明してほしいな。私達幼馴染でしょ? アキが変な事言っても怒らないからとりあえず話してよ」


 少しだけ不安そうにしながら理奈は俺の目を覗き込んでくる。

 ここまで言ってもらってるのに説明をせずに帰るのは流石に人として終わってる。

 もう狂歌に監視されてるわけでもないから、素直に今までの経緯を説明するべきだろうな。


「あれ? 秋兄? って理奈ちゃんじゃないですか! 奇遇ですねぇ~」


「あっ、うん。そうだね。久しぶり春香ちゃん。元気にしてた?」


「もちろん! 私はずっと元気でしたよ!」


 二人が仲よさそうに話してるけど、会話の内容的に春香は今まで理奈と連絡を取り合っていなかったのだろう。

 という事は、春香も俺が高校に入学してから理奈と関わっていなかったのだろうか?

 確かに、俺と理奈は通う高校が別だから関わろうとしなければそこまで積極的にかかわるってことが無かったからな。


「というか、せっかくこうして会ったんですしカフェでも入って話しましょ! 秋兄もいいよね?」


「俺は構わないけど……理奈は予定とか大丈夫か?」


「うん。私も今日は予定とか無いから。残念なことにね」


 少しだけ暗い表情で皮肉気に笑いながら理奈は頷いていた。

 ……そういえば、今日はクリスマスだったな。

 俺にとっては狂歌から解放された記念すべき日だけど、世間的に見れば恋人たちが仲睦まじく過ごす日だったな。

 そんで、予定がない(恋人がいない)人にとってはなぜか劣等感を感じる(偏見)日だった。


「悪い事聞いた。ごめん」


「いや、それはいいって。まあ、そういうわけだから久しぶりに三人でゆっくり話すことにしますか! アキには聞きたいことが山ほどあるわけだしね」


「そうと決まれば早くカフェに行きましょう! 時間は有限ですよ~」


 春香はハイテンションで理奈を引っ張っていった。

 俺も二人に続いてカフェに入る。

 カフェの内装は落ち着いた雰囲気でアンティーク調の椅子や机が並べられており店内からはコーヒーの良い香りがする。


「とりあえず注文だけ済ませちゃいましょ! 秋兄はどうせコーヒーでしょ」


 テーブル席に腰かけた俺たちは注文を決めるためにメニュー表を机の上に広げていた。

 対面に座る春香にジト目でコーヒーで良いかと聞かれて頷く。

 正直、こういったカフェで飲むコーヒーはとても美味しいから初めてくるカフェでは毎回コーヒーを頼むようにしている。


「理奈ちゃんはなににしますか?」


「じゃあ、私もコーヒーにしようかな。ここに来るのは初めてだし」


 春香の隣に座る理奈も俺と同じコーヒーを頼んでいた。

 そう言えば、交流が絶たれる前はよく一緒にカフェ巡りをしてたっけな。


「二人ともコーヒーか~私はこのイチゴパフェにしようかな! 美味しそうだし!」


 春香は笑顔でパフェを指さすと店員さんを呼んで全員分の注文を済ませた。


「じゃあ、注文も済んだことだし理奈ちゃんも気になることがあるなら聞いていいですよ。さっきからずっと秋兄の事を見てそわそわしてるし」


 春香の言う通り、移動中含め注文をするまで理奈はずっと俺の方をチラッと見ては目を逸らすという行為をずっと繰り返していた。

 俺としても、理奈にはこれまで会ったことをしっかり説明しなければと思っていたので春香が切り出してくれて助かった。

 本当に出来のいい妹である。


「じゃあ、お言葉に甘えて。アキ聞かせてくれるんだよね? 今まで……というか、高校に上がってからどうして全く連絡がつかなくなったのか」


「もちろん。もう隠すつもりも必要性もない。全部正直に話すよ」


 理奈は不安そうにこちらを窺いながら聞いてきていた。

 よほど不安だったのだろう。

 俺だって、理奈にいきなり連絡がつかなくなったら不安に思うし心配になる。

 でも、ただ単に嫌われただけかもしれないと思うと怖くて会いに行けない。

 もしかしたら、理奈もそんな心境だったのかもしれない。


(悪い事したな)


 罪悪感が胸の中に湧き始める。

 いくら理奈を巻き込みたくなかったからとは言っても、もう少しやりようはあったのではないか? そんな後悔に似た思考が頭を駆けまわる。

 だが、今そんなことを考えている場合ではない。

 反省をするなら家に帰って一人でもできる。

 今、俺がやることは理奈としっかり向き合って説明することだ。


「じゃあ、聞かせて。しっかり聞くから」


「ああ。わかった」


 それから俺は今朝、春香に話したことをほとんどそのまま話すことにした。

 自分が高校一年の頃に付き合った事。

 付き合った彼女がDVをしてくる人でメンヘラで……

 そのおかげで連絡先を消されていたため、連絡が来ていたことすら知らなかったこと。

 そして、彼女が理奈に危害を加える可能性があるから関われなかったという事を。


「……そっか。じゃあ、私はアキに嫌われたとかそう言うのじゃなかったんだ」


「当たり前だ。俺が理奈を嫌いになるわけない。本当にごめんな」


「ううん。私の方こそ気づいてあげられなくてごめんね。辛かったでしょ?」


「辛かったよ。まあ、そんな生活も今日で終わりなんだ。だから、俺からこういうのもなんだけどさ……これからまた昔みたいに仲良くしてくれるとメチャクチャ嬉しい、です」


 関りを絶ってしまったのが自分である以上、これからは仲良くしてほしいなんてあまりにも図々しい。

 正直、何言ってんだお前? と言われても文句は言えない。


「そんなの当たり前でしょ! これからはまた昔みたいに一緒に遊びに行こうよ。私、アキと一緒に居るの好きだから嬉しいよ!」


 眩しいくらいの笑みで理奈はそう言ってくれた。

 そう言えば、理奈は俺と一緒に居るときこんな風に笑ってくれていることが多かった。

 昔からずっと一緒に居るから変な風に意識したことはあんまりなかったけど、こうやって改めて見ると本当に可愛いんだな。

 綺麗な紫色の髪もそうだし、にこやかに笑ってる翡翠色に瞳にしたってそう。

 あれ? まつ毛ってあんなに長かったっけ?

 改めて見るとやっぱり理奈がとんでもないほどの美少女であることを再認識させられる。


「……そっか。ありがとな」


「あれれ~? 秋兄照れてる? 照れてるよねぇ?」


「うっさいバカ」


 恥かしくなって顔を背けた俺を揶揄ってくる春香にそう言いつつ、先ほど届いたコーヒーを一口啜る。

 ほんのり苦くて、でもその中に風味を感じて。

 なんだか、久しぶりにこんなに美味しいコーヒーを飲んだような気がする。


「相変わらず春香ちゃんとアキは仲がいいんだね」


「はい! 私は秋兄が大好きなので」


「そういう事を大声で言うな。……恥ずかしいだろ」


 最近までまともに春香と会話をしてなかったけど、そう言ってもらえて本当に嬉しい。

 なんだか、この三人でいると昔に戻ったみたいで凄く落ち着く。

 今まで灰色だった景色が急激に色を取り戻していく。

 苦痛に満ちていた毎日が楽しいものに変わっていく。

 それを俺は肌で感じていた。


「ふふっ。アキって結構照れやすいよね。そういうところ可愛くて私は好きだな」


「やめてくれ二人して。でも、またこんな風に話せて本当に嬉しいよ」


 これだけは胸を張って言える。

 こんな風に話せることがどれほど幸せなのか、俺は気が付いてしまった。

 以前まで当たり前だと思っていた幸福な環境は決して当たり前ではなかったのだと。


「私もだよアキ」


「えへへ。秋兄が素直にそんなこと言うなんて珍しいじゃん」


「かもな」


 こうして俺たちはカフェで和気あいあいとした時間を謳歌した。

 俺にとっては本当に久しぶりの幸せな時間で、これから始まる幸福な時間への第一歩のようだった。

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