第11話 繋がり

 ◆


 狭い地下道に、似つかわしくない激しい光が明滅し、兵士たちはその明かりに目を焼かれないように注意しながら包囲を縮めていく。

 殺害命令は出ている。それでも兵士たちや魔術士たちは、被害が出ることを覚悟で捕縛することを選んでいた。それはロバルト少年が、明らかに尋常の様子ではなかったからである。

 またイカヅチが通路に去来し、盾と防御魔術に当たって弾けた。

 この街の衛兵の盾は、魔術の施された特別製だ。魔術を受け止め、拡散し、市民を保護する。それは魔術都市であるからこそ必要であり、また運用できる物である。

 その盾の魔力が尽きそうである。これ以上、攻撃を受け続ければ、被害が出るだろう。

 衛兵イデルはそれでも先頭を行き、前に進む。


(ルナちゃんに格好悪いところを見せちまったからな……。必ず救って見せる)


 イデルが気合を入れて前に進もうとしたとき、脇道から飛び出してきた誰かに体を当てられ、壁に押し付けられる。イデルが今までいた場所を巨大な雷撃が襲い、その誰かが盾を構えてそれを受け止めた。


「ボケっとしてるな、イデル! あんたの盾、もう魔力が切れてるよ!」


 そう言ったのは、同僚のキノである。

 イデルが自分の盾を確認すると、填められた魔石はくすんでいる。魔力が尽き、防御魔術の効果が切れている。


「くそ! 盾が何枚あっても足りないぞ! キノ、お前、どうしてここにいる。担当地区が違うだろ」


「もう包囲が小さくなったんだよ。けど、相手の攻撃も激しくなってる。いったい、どうなってんだい。魔術士! ひとりの人間がこんだけ魔術を使い続けることができるのかい⁉」


 訊ねられた魔術士は、首を横に振る。


「こんな規模で、これだけの連射なんてできませんよ! 普通の人間なら、もう心も身体も崩壊してますよ!」


 そう言った魔術士の彼も、防御魔術を展開し続けているのに精いっぱいで、その顔色は悪い。


「これは、生け捕りは難しいかもね……」


 キノが言うと、イデルが後方から替わりの盾を貰って構えた。


「ルナちゃんの友達なんだぞ! それを……」


「そんなことを言っても、このままじゃ、こっちがやられるよ! それにこれだけの威力の魔術、いつか地下の壁をぶち抜く。ここが崩壊したら、街にどれだけの被害がでるか……」


 キノの言うことはモットもで、幸いにもこの街の心臓部である魔道揚水機の近くではないものの、いつ崩壊の波がそこを襲うかわからない。それに地下が大規模な崩壊を起こせば、その崩壊は地上にも波及する。

 とにかく、このままではジリジリと追い詰められていく。追い詰めているはずなのに、兵士たちに焦燥が広がる。

 そのとき、コルブレルの浮遊杖が、振動を発した。


『第六部隊が目標を目視で確認。第七部隊以外の全隊、前進を開始。ロートベット衛兵隊長のいる位置まで、目標を追い込め』


 キノとイデルはその指令を聞き、頷き合うと前進を開始する。多少の無理は承知の上だ。

 しかし、進めば進むほど、その攻撃は激しくなり、盾の替わりももう残り少ない。


「くっそ……。手が痺れる……」


 イデルがぼやいた。雷撃の余波が、防御魔術を突破し始めている。


「ロートベット隊長! 目標は移動・・してない! このまま進めば、こっちが全滅だ! あっちの攻撃は収まるどころか、さらに激しくなってる!」


 キノが叫ぶ。こうして受け身でいるのは、相手に消耗させることで、制圧を容易にする作戦であるからだ。このままでは、消耗するのは衛兵側でしかない。

 そのとき、通路の先の少し開けた場所に、ひと際明るい雷球が見える。その中に歪んだ人影が、自らの力に捕らわれたように、手足を広げて踊っていた。


「隊長、を目視で確認。攻撃許可を!」


「キノ! 相手は市民で、子ども……、被害者かも知れないんだぞ!」


「言ってる場合かよ! 誰もやらないなら、オレが殺す!」


 その声に反応したのか、雷球がさらに激しく輝き始め、電撃が周囲に蛇のようにのた打ち回る。そのひとつが、言い争うイデルとキノに向かって、牙を剥いた。


 ◆


 ロバルトは何とか魔力を抑えようと、自分の体をくねらせる。それは奇妙な踊りのように、ふざけて見えるが、本人は必死としか言いようがない。

 周囲に広げた磁場のユガみが知覚できる。光に包まれ自分の目には何も見えないが、歪みによって辺りの状況は手に取るように理解できた。

 武器を持った兵士たちがロバルトを取り囲み、徐々にその距離を詰めている。彼らを拒絶しようと、雷撃を飛び散らす。そして、それを抑え込もうとするロバルトの意思は、石臼イシウスにかけられた穀物のゴトく、少しずつ圧し潰されていく。


「逃げてくれ! 頼む! 誰かを傷付けたいんじゃない! 認めてもらおうとしただけなんだ! お願いだから……、俺に近付かないでくれ……‼」


 それは言葉にならない絶叫となって、雷が空気を破裂させる音に掻き消された。

 痛い。

 全身が崩壊し、再び元に戻る。

 苦しい。

 息ができない。それなのに意識はハッキリとしている。

 独り。

 誰も助けてはくれない。

 涙すら蒸発し、ロバルトの体は焼き切れ、人の形を保っているのがやっとであった。

 この苦痛から逃れるには、諦めることだ。人であることを辞め、力に身を任せ、破壊の化身と化してしまえば良い。メインスがそうしたように、主に恭順キョウジュンすれば良いのだ。


(誰が……、良いようにされてタマるか。けど……、もう無理だ。耐えられない……。ごめん、父さん……。母さん……)


 女の兵士が雷の魔術を掻い潜って、ロバルトの懐に飛び込んできた。その手には鋭い刃を持つ剣が握られている。

 その剣がロバルトの首を落とそうとする。

 ロバルトはその剣を受け入れようとした。だが、本能はそれを拒絶する。


「生きたい……。死にたくない……! 死にたくない! 助けて!」


 衛兵たちの持つ剣は、不死の魔物でも斬り裂き、その命脈を絶つことができる。確実にロバルトの命を奪う。

 ロバルトの無意識が生み出した雷は、女兵士を撃った。ただ一瞬早く、剣はロバルトの首を斬り裂いた。激痛が襲う。だが、死ぬことはない。新たな身体が生成され、ロバルトは滅ぶことはなかった。

 雷撃によって背中から壁に激突した女兵士は、呻き声を上げて床に落ちる。


「キノ!」


 男の兵士が盾を掲げてロバルトに突撃する。それを合図にしたように、他の通路からも兵士たちが雪崩れ込み、手に持った武器をロバルトに向ける。その切っ先の鋭さに、ロバルトは恐怖する。

 部屋全体を覆うような怒りの放出が、兵士たちを襲う。その発光で兵士たちの目が眩む。彼らは目が見えないまま、攻撃に備えて構えたが、辺りは静かになり、攻撃はいつまでたっても来なかった。

 皆が目を開け始めると、ロバルトの姿が消えている。


「どこだ⁉ どこに消えた⁉」


 誰かが叫ぶ。

 魔術士のひとりが進み出て、ロバルトがいた辺りの床を探った。そこは先ほどまで高熱に晒されていたはずだが、傷ひとつない。それどころか継ぎ目すらない完全な石の床となっており、不自然に新しかった。


「逃げられた……? 魔術でこの床を塞いだみたいです」


「塞いだ? ロバルト少年がやったのか? こじ開けられるか」


「無理です。この下は第一層です。下手に破壊なんてしたら、この辺り一帯が崩れ落ちますよ。それにこれは多分、別の魔術士の仕業です」


「やはり仲間がいたということか……」


 兵士たち全員が、任務失敗を確信し始めたとき、下階から響く轟音が響く。


「ロートベット隊長に連絡を。目標は第一層に逃走した、と」


 軽傷のものはいるが、幸い人的被害はなさそうである。


 ◆


 ロバルトは忽然と消えた床によって、暗闇を落下する。

 それなりの距離を落下すると、視界が開け、真下に水の流れを感じた。磁力によって落下の衝撃を緩和し、水面に降り立った。

 兵士たちがいなくなったことで、先ほどまでの激痛が収まり、ロバルトは少しだけ意識を取り戻す。


「……なんだ。どこだ?」


 地底湖のような場所だ。だが、水底には煌々コウコウとした明かりが灯っており、逆に天井にはカスかな弱い光があるだけだ。


「第一層……?」


 巨大な貯水槽があると話には聞いたことがある。この街で生まれたロバルトだが、ここに入ったことは初めてであった。


「何が……」


 水面が揺れた。ロバルトは電気信号を感じ、そちらを振り向く。誰かが水面に立っている。

 暗闇で顔は見えない。だが、ドレスを着た女のようであった。


「誰だ……。何のつもりだ」


 頭痛がして、ロバルトの額から紫電が走る。


「オレを殺しに来たのか……」


「……」


「殺したくない……、殺したくない! でも、殺される前に殺さないと!」


 ロバルトの体にヒビが入るように、その体内で発光が起こり、地底湖を明るく照らす。

 その光でルナの姿が浮かび上がり、しっかりとした瞳で彼を見つめていた。


「私も同じ思いだよ、ロバルト」


 水が渦巻き、重力に逆らって、瀑布バクフとなって空間を満たす。


「誰も傷つけたくない。だから、あなたも助ける。必ず元に戻してあげるから」


 雷鳴が鳴り響く。


 ◆


 ロバルトは何か成し遂げなければならなかった。

 それは命令でも、使命でも、運命でもない。

 ただ、そうしなければならない環境に生まれただけの、重圧である。

 小さな密輸商から成り上がり、今では街の大商人となったロバルトの父ラルバ。

 その成金振りにも関わらず、有能な者には貴賤を問わず接し、また貧しい者のために私財を投じて学校を設け、街の発展に大きく寄与している。さらに街の商工会の会長でもあり、市長ですらラルバをオロソかにすることはできない。この街の最高権力者と言っても過言ではない。

 政治家として市長の下につけと言われたこともあるが、あくまでも一市民としてこの街に仕えるとして固辞したことも、話としては有名である。

 そのひとり息子として、ロバルトは圧し潰されそうになっていた。

 元々、病弱であった母は、ロバルトが七歳のときに死んだ。ラルバは家にはいつかなくなり、子の世話は、家庭教師や家政や秘書が、代わる代わるに押し付けられた。

 父のこだわりなのか、夕食だけは一緒に摂ることになっていた。しかし、夕食後も父は休む時間はなく仕事に打ち込んでしまい、邪魔をするわけにはいかず、話す時間はほとんどない。


「あなたはソリアーダン家の跡取りとして、知識と教養を身に付けねばなりません」


「お父上はそんなことはなさらないでしょう」


「さすが、ラルバさまのご子息です」


 どいつもこいつも枕詞には跡取り、父親、子息。まるでロバルトは添え物であるように扱ってくる。呪文のように繰り返される言葉に、ロバルトの精神は捻じ曲がっていく。

 そんなイビツな思春期に入るとき、ロバルトは魔術の才能に目覚めることになる。それは父にはない、ロバルトだけの才能だった。それに魔術都市では、魔術士は尊敬される。

 父を超え、実力を認めさせるために、魔術学校に入ることを、ロバルトは強く望み、ラルバはそれを認めた。

 名門であるヴァヴェル学園に入学する。そこは実力主義の社会であるはずだった。

 だが、実際には、同級の生徒たちはロバルトをソリアーダン家の人間としか扱わなかった。ロバルトの友達・・は、ロバルトの取り巻きでしかない。


「ごめんなさい!」


 肩がぶつかって、ロバルトの持っていた本が床に散らばる。ぶつかってきた少女は、自分もバランスを崩したのに、倒れることなく不自然に立ち上がると、ばらけた本を魔術で乱雑に集めて、ロバルトに渡す。


「お前、ロバルトさまになにをする!」


 取り巻きのひとりが叫んだ。


「ロバルトさん……?」


 少女は第一学位の襟章を付けている。入学したばかりなのだろう。


「お前がぶつかったのはソリアーダン家のご子息だ。ごめんで済むと思うのか」


 そう言われても、少女はピンと来ていないようだ。


「ソリアーダン家? どこかの貴族の方ですか。あの……、すみません。授業に遅れるのでしつれ……」


 最後の言葉は、風に巻かれて聞こえなかった。突風のように去った少女に、ロバルトは目を白黒させるだけで、何を言うこともなく終わってしまった。


「な、なんなんだ……。大丈夫ですか、ロバルトさま」


「あ、ああ」


「風の魔術をあんな風に使えるってことは、あれですかね。新入生に元七魔剣のイーブンソード家の人間がいるって話でしたけど」


「じゃあ、あれが?」


 同年代の少女に見えた。それがオルシア・イーブンソードとの出会いである。

 ロバルトは家名に怯える者との接し方は心得ていた。だが、それを気にしない者、しかも同年代の女子との話し方を心得ていなかった。

 病気がちだったロバルトの母親に似た彼女がなんとなく気になって、良くちょっかいをかけてしまう。だが、自分でも思っていなかったことに、なぜかオルシアに腹が立ってしまった。


「ただ照れ臭かっただけでしょ」


「うるせえ。……そうかも知れない」


 ロバルトはその後、第四学位昇格試験に二回落ちた。それは普通のことである。だが、プライドが許さなかった。順当に上がってきたオルシアと同じ学位になってしまい、さらにそれが焦りを生んだ。

 さらにその上に、いきなり入学してきて、オルシアの隣にいつもいる天才少女が、さらにロバルトを焦らせる。


「……」


 実力を見せつけるために魔術士になったのに、後から入ってくる者たちが、次々と自分に追いつき、追い抜いていく。そんな焦りを話せる相手もいない。ロバルトの中にツノる焦燥は、け口を見つけられないまま、今に至る。


「メディコニアン……」


「ああ。そいつにこの指輪をもらったんだ。馬鹿な話だ。そんな美味い話があるわけないのに……」


 そう言ったロバルトは指ではなく、自分の首を指す。

 黒隷コクレイの首輪。

 無意識の姿となったロバルトは、今は魔術士見習いとしての格好をしている。その首に黒く鋭い棘が食い込む痛々しい首輪が付けられ、そこから伸びる鎖がどこかへと続いている。


屍霊術シリョウジュツ……。人の魂を縛る禁忌キンキの魔術」


 屍霊術には手を出してはいけないと、入学したときに言われることだ。

 それはただ、屍霊術が強力すぎるだけの話で済むことではない。倫理的・社会的・魔術的にも、人の魂を操ることは、危険視されているからである。


「なぁ、あんたなら、オレを止められるか。……殺せるのか」


 ロバルトの無意識が問いかける。

 ルナは首を横に振った。


「私はあなたを救いに来たの。殺すなんて絶対にしない」


 ロバルトは少し残念そうな顔をする。


「いいんだ、もう。馬鹿だよ、オレは。魔道具なんか使って実力を認めさせても、何の意味もないのに。これだけ大暴れして、街を壊して、人を殺して……。父さんにも迷惑はかけたくない。だからこのまま、オレを殺してくれ。もう、これ以上、苦しみたくないんだ……」


 そのロバルトの言葉に、ルナは苛立つ。


「街は壊れたけれど、幸いなことに人は死んでいない。まだね・・・……。

 それにどうやったって、親にも人にも迷惑をかけるものよ。死んでも生きても。だったら、生きて償いなさい。死んで誰かを悲しませるより、その方がマシだから」


 目の前にいる女が何者なのかロバルトにはわからない。どうしてロバルトを助けてくれようとするのかわからなかった。


「あんた、誰なんだ。いったいここはどこだ……?」


 ロバルトの意識が覚醒しようとしていることを悟ったルナは、本題を切り出す。


「私はあなたを絶対に助ける。あなたが何と言おうとね」


「わからない……。わからない。オレはどうすればいい? オレは……」


「あなたの家族は、あなたが死ぬことを喜ぶの? 友達は? ねぇ、本当に死んでいいの? やり残したことがたくさんあるんでしょ」


 その問いにロバルトの瞳に光が宿った。


「オレは……。父に認められたい……。父みたいに偉大になりたい。オルシアを抱きしめたい……。ヴェルデを打ち負かしたい……」


 ルナは噴き出した。無意識とはいえ、こうもハッキリと言われると面白い。


「じゃあ、手を貸しなさい! この不細工な首輪を引き千切る!」


 ルナはロバルトの首付けられた、痛々しい魔術に手を伸ばした。


 ◆


 衛兵たちは急いで第一層に降りた。

 地面に埋没したその場所は、最低限の明かりがあるだけで、通路はほとんど暗闇である。ただ、何個かに別れた貯水槽は、壁や天井・水中に付けられた、特殊な輝石によって、それなりに見通しが効く。

 それでも巨大な貯水槽、地底湖は、人の本能をくすぐるものがある。その大きさと薄暗さ、海底にある輝石の輝き。幻想的であり、恐ろしくもある。

 その地底湖の真ん中で、何かが争っていた。

 水飛沫、爆発、紫電、雷鳴、炎。

 凄まじい速度で、水面を行き来し、ときに湖底へと潜っては、凄まじい爆発でまた急上昇する。


「な、何が起こってるの?」


 キノが当然の疑問を口にする。

 ロバルトが仲間に助けられて逃げたと思ったら、誰かと戦っているのだ。しかも、戦闘は激化し、近寄ることさえ躊躇タメラわせる。

 兵士たちは先に進むべきか迷う。もし、戦っているのが味方の魔術士であれば援護に向かうべきだが、そんな作戦は聞いていない。隊長の指示を待つ姿勢になる。

 ロートベットは地底湖で行われる戦闘をしばらく見ていた。何をするべきかはわかっている。


「全員、水面歩行魔術を。魔術士は水中と空中を後方から警戒。戦っている相手が誰であろうとも、逃がしはしない。対象が逃げようとするならば、容赦せず殺して」


「隊長、それは……」


 イデルが止めようとする前に、キノが声を出す。


「隊長。お言葉ですが、この剣でも殺せませんでした。まずは魔術による拘束を試みるべきです」


「殺せなかった?」


「ええ。対象の喉を切り裂きましたが、次の瞬間には再生していました。不死斬り・・・・では効果がないと思います」


「浄化魔術は?」


「効果はあった手応えはありましたが……。おそらくは何らかの魔道具を持っており、それを破壊しない限り、精神操作に再びかかってしまうのだと思われます」


 魔術士が答えると、ロートベットは舌打ちしたい気持ちを抑える。

 何にせよ準備が足りない。

 こういった手合いは、まずは情報を集め、魔術の解除方法を探らなければ、完全な解決は難しい。もし対象を殺してしまえば、魔道具の入手経路の特定は難しくなるし、魔道具を確保できなければ、また同じことが繰り返されるかもしれない。


「こういうことはアルの領分なのに……」


「不死斬りの剣が通じず、屍霊術の浄化魔術も通じないとは、厄介ですな。誰かに助言を求めるのは如何ですかな。経験豊富な誰かに」


 コルブレルが能天気に言う。

 広い地下を迷わず来られたのは彼のおかげだが、この落ち着きようは腹が立つ。もし、ここで失敗すれば、ロートベットは隊長職を辞することになるだろう。


「状況説明どうも。何か策はないのですか」


 ようやく意見を求められたコルブレルは、満足そうに口を開いた。


「私としては、ここは静観するべきだと思います。彼女の戦いが終わった後に、後始末に向かいましょう」


 何の助言にもなっていない。


「彼女? 知り合いなのですか」


「いえ。一度だけ、彼女には助けられた。私も意識が朦朧としており、会話することは叶いませんでしたが……。彼女が『緑のドレス』です。八方塞がりであるならば、見知らぬ人に頼るのも、ひとつの案ではないでしょうかな」


 緑のドレス。

 かなりの実力を待つ魔術士だと聞いている。だが、魔術協会に該当する魔術士は登録されていなかった。放置するには危険な存在である。治安を守る者として、法を守らない者を放置するわけにはいかない。だが、今、彼女を捕らえるために動く気にはなれなかった。


「この街は大きくなり過ぎました。我々だけでは守り切るのは難しい……」


 ロートベットがぼやくと、コルブレルが頷いた。


「全くその通りですな」


 諦めたロートベットはいつでも戦闘に移れるように指示だけ出して、コルブレルの助言を受け入れた。

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