第42話 若き騎士の初遠征

「ペルカナルですか?」


 時間は少し巻き戻って、フォランとクレアが王都を出発する前。


 団長室の中、並べられた二人の騎士が怪訝な顔をしていた。そのオウム返しに近い返答に、団長であるハジメは「そうだ」と笑って見せた。


「お前らの最初の任務地は、観光都市ペルカナル。三大凶所の閻谷の観光を収入源とした街だな」

「そこになァにがいやがるッてんだよォ?」

「別になにかいたって訳じゃないが、あそこは警戒しておくべき場所なんだよ、クレア」


 話がいまいち見えず、クレアは「あァ?」と牙を見せて首を傾げた。それとは反対に、フォランはすぐに意味を察して眉を顰めた。


「閻谷は、ルグイス王国の外と内を繋ぐ巨大な谷で、瘴気のせいで関所を作れない自然の関門。王国にバレずに国外へ行くなら、まず視野に入れる領域だよ」

「騎士が関所作れねェ場所を、通れるやつなんていんのかよォ?」

「居るさ。俺も通れるし、ルークも通れる。フォランだって光でガードすれば余裕だろ?」

「どうでしょう?閻谷には行ったことがないので分かりませんが」


 騎士団長とフォランは軽々しくそう言うが、閻谷を含めた三大凶所は入ったが最後、出てこれないのがデフォルトの死地だ。


 もちろんそれを乗り越える超越者もいるだろうが、その逸材が目の前に二人もいることを、クレアは一瞬認められなかった。


「あァまァどうでもいい……ンで、そこに俺らが向かえばいいってことだなァ?」

「そういうことだ。急に遠方の任務になっちまって悪いが──」

「ッしゃ、フォラン。行くぞ」

「分かった。それでは団長、失礼します」


 目的地が分かるや否や、二人の若者は部屋の扉を蹴り飛ばす勢いで飛び出して言ってしまった。


 やる気のあるクレアと正義感の強いフォラン。向かう矛先が揃った時、彼らは互いを高め合う、絶大な更新料となるはずだ。


「はは、若いってのはいいな」


 クレアに雑に開け放たれ、フォランに優しく閉じられた扉を見つめて、ハジメはそう笑った。


~~~


「閻谷には様々な逸話があるんだ。邪精霊の墓場だとか、『魔王』の城跡だとか、世界の胃袋だと言われることもあるね」

「ンだそれ」


 団長室から出た後、フォランとクレアは他愛もない話をしながら並んで歩いていた。


 普段の態度から粗暴で乱雑な印象を与えるクレアだが、フォランが話しかけると嫌な顔をしつつもちゃんと話を聞いてくれる。


 出会ってからそれほど経ってはいないが、フォランは既にクレアを友人だと思っていた。


「さて、ペルカナルへ行くには、馬車で行くなら二週間ほどかな。任務として出向くなら、できるだけ早くたどり着きたいところではあるけれど……」

「馬車か……」

「ん?馬車は嫌かい?」

「いやァ……なんつーか、なァ……」

「……あー分かった。君、馬車酔いしやすいんだろ」


 フォランの核心をついた一言に、クレアは鮮やかな舌打ちをした。


 あんなに回転したりしながら戦うのに、馬車で酔うとは不思議なものだと思いながら、恥ずかしがる友人を見てフォランは微笑んだ。


「なら、別の方法を考えよう。馬車で行かないなら船という手もある。川を下っていけば、いずれはペルカナルにつける。馬車より時間はかかるが、君の気分を悪くする訳にはいかない」

「船か、まァそれもいいんだがなァ」


 クレアはフォランの太ももを強く引っぱたいた。突然の暴挙にフォランは「ひん!?」と素っ頓狂な声を上げ、赤面しながらクレアに振り返った。


 その怒りと疑念のこもった視線を無視して、クレアはフォランが抑えている体の部位を指さした。


「ンなことしなくたッて、一番手ッ取り早い移動方法があるだろうが」

「手っ取り早い方法?そんなの、ある?」

「ある。てめェ、あの『流転騎士』ンとこで修行してんだろ。───だッたら、使えるはずだ」


 その一言の直後、クレアの纏う雰囲気の変化にフォランが気がついた。


 魔力の流れが最適化され、超効率の体のエネルギーの移動を実現。目の前にいるのに気配が消え去っていく感覚に、フォランは目を見開いた。


「驚いた。君も、『空芯』が使えるんだ?」

「俺の親代わりが使い手だッたんだよ。これがあれば、いざと言う時に生き残れるッてなァ」


 拳を握りしめながら、クレアは遠い目をする。辛い過去を頭の中で反芻しているのかとフォランが一歩引きかけるが、クレアが先に前に踏み出した。


「同情すンな。気分が悪くなる」

「……ごめん」

「……ッチ、これに関しちゃ、不可避の地雷だったから謝ンな」


 クレアが顔を逸らし、フォランの胸を軽く小突いた。仄暗い視線で顔を顰めつつも、クレアは踏み抜かれた地雷の原因をフォランに言及しなかった。


 誰に対しても牙を向けるクレアの態度だが、その奥に隠れている善性を、フォランは見抜いていた。見抜いているから、フォランはクレアに友達だと思ってもらいたいが、


「君が私の相棒でよかったよ」

「あァ?」


 そのフォランの微笑みをクレアが不快に思っている間は、それも難しそうだと思った。

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