第31話 『仮面舞踏会』
アプルーラから逃げ出して、三十分ほど走った。
三人の人間を乗せているというのに、ヒバリは疲れる様子も見せずに駆け続けてくれている。向かうは王都。屋敷は既に陥落しているだろうと踏んでのことだ。
その間、三人は一先ず生き残れたことを安堵し、街が破壊されてしまったこと、避難の間に合わなかった住民のことを悔やんでいた。
「してやられたな……警戒も間に合っていなかった」
「あそこまで『へレディック』が総力を上げてくるとは、思ってなかったから、仕方ない、と言いたいところだけど」
「あの化け物達は、どうしようもありません、でしたよ……」
夜風を浴びながら、三人は反省を述べ続ける。単純に戦力に大きな差があったのと、襲撃から虐殺への転換があまりに早すぎたところに敗因があった。
『勇者』が敵にいるとは、流石に予想できなかった。
「まぁ、切り替えるしか、ない。こればっかりは、もう終わったことだからね。あとは、『勇者』と『流転騎士』に任せよう」
「あぁ………そうだな」
アルゲータは敵前逃亡を図ったことを悔いていない。むしろ最良の判断だったと胸を張れる。だが、相手があまりに強すぎて、自分のこれまでの努力のちっぽけさに面食らった。
住民も多くが死んだ。何も分からずに死んでしまった人も沢山いただろう。それを守るためにアルゲータは腕を鍛えていたのに、いざという場面でこれではお話にならない。
「シュガー、メダル、俺は、絶対あの『へレディック』を倒すぞ」
「………そうだね」
その決意めいたアルゲータの一言は、シュガーに対してではなく自分に対する宣言でもあった。体で負けても心で負けるな、そう自分に言い聞かせた。
ヒバリの手綱を握る力を強め、アルゲータは目に再び戦意を宿す。
「俺は、負けない!!次はかなら───」
そう叫ぼうとしたその時、視界が斜めに倒れ始めた。
「ぐ、ぉぉおお!?」
「な、どうした!?ヒバリ!?」
突然ヒバリが悲鳴をあげ、バランスを崩して地面へと落ちていく。速度を保つために上空にいたからか、墜落には凄まじいエネルギーがのしかかって、地面を抉るように激突してしまった。
誰もいない森の中、轟音を立てて炎が墜落し、あまりに予想外の出来事にアルゲータはヒバリの背中からすっ飛んで地面を転がった。
「ぐ、うぅ……な、なんだ?」
既に限界だった体にこの衝撃は大分堪えてしまい、立ち上がることは難しかった。唯一動かせる顔を動かして、墜落した現場へ目を向ける。
土埃が晴れ、その中に揺らめく炎を見つけて、そこにヒバリがいるのだと安心した次の瞬間、アルゲータは目を疑った。
「ヒバ、リ……?」
白い毛並みと豪炎の鬣が特徴の幻獣は、その毛を血で真っ赤に染めて、ぐったりとした様子で地面に横たわっていた。
心臓を、何かに貫かれているようだった。
絶えず止まらぬ血が流れ続け、アルゲータが気づいた時には既に命を失いかけていた。
「どう、して……し、シュガー!メダ、ル……!どこにいる!ヒバリが、たいへん、なんだ……!」
地面を這ってヒバリの頭を抱きしめ、アルゲータが辺りへ叫ぶ。静謐な森の中、アルゲータの巨声は響き渡り、直ぐに返答が帰ってくる。
「あぅ、ゲータ……」
「シュガー?」
少し離れたところから、ゆっくり歩いてくるシュガーが見えた。両腕を失い、今の墜落でもかなりの怪我を負ったはずの親友。その必死の歩みに歯を食いしばり、アルゲータは血を吹き出し続けるヒバリの傷を指さした。
「シュガー!ヒバリが、何故か大怪我を」
「───逃げろ」
「あ?」
「逃げ、ろ……逃げろ逃げろ逃げろ……!!まだ、終わってない……敵は、まだ……」
そう訴えかけてくるシュガーの胸が、鋭い鉤爪に貫かれた。
親友の鮮血で顔を汚され、現状を理解できないアルゲータは固まってしまった。
彼の目に映る光景は、全くもってありえないものであったからだ。
「メダル……?お前、何を、して……」
「はぁ……まだ気づきませんか?アルゲータ様?」
シュガーを貫いたのは、やれやれと嘆息するメダルだった。
彼女を見て、様々な可能性がアルゲータの頭の中を駆け巡る。メダルが裏切って『へレディック』に協力したのか、それとも昔からずっと『へレディック』だったのか、そのためにアルゲータの秘書になったのか、いや違う。だって、メダルとは昔からの腐れ縁で───
「なんでも知ってる。メダルはアルゲータ様の中のメダル自身で、なんの違和感もなかったですよね?」
「な、にを……」
「貴方の考えることはよく分かりますよ、だって私達、昔からの腐れ縁じゃないですか」
そう微笑み、メダルはシュガーから鉤爪を引き抜いた。彼女の指の先端を突き破って飛び出す、返しの着いた長い鉤爪。それはアルゲータの見たことの無い代物で。
振る舞いも姿形も、全てメダルそのもの。なのに、その鉤爪だけが異形で、ありえないもので、アルゲータに異常な不快感を与えた。
「──お前、誰だ?」
「───ふひ、ふふふはは、あはははは!!!」
倒れてくるシュガーを受け止め、メダルは鉤爪で口元を隠しながら下品に嗤った。アルゲータを嘲笑うように、心底楽しそうに。
「アルゲータ様ぁ、知っての通り、私はメダルですよぉ?」
「違う……メダルは、そんな顔をしない……!!」
「えぇ、でしょうね。でも、私がメダルなのは本当ですのに。まぁ、今から変わりますけど」
体に力の入らないシュガーの顔に、鉤爪が宛てがわれる。その瞬間、嫌な予感が湧き上がったアルゲータが手を伸ばすも、もう遅い。
「その顔、頂きます」
べりびりと肉が剥がれる音が響いて、シュガーの顔が鉤爪によって剥がされた。
「お、まぇぇえええ!!!」
「まぁそんなに怒らないで。今からメダルは消えますが、シュガーは死にませんから」
激昂するアルゲータを宥め、メダルはシュガーの体を捨てると、空いた方の手の鉤爪で自分の顔面を引き剥がした。
そして、たった今奪い取ったシュガーの顔を、自らの顔面に貼り付けた。
──直後、肉が、骨が、皮が、血が、臓腑が、全てがその貼り付けられた顔に合わさるように変形していく。
不快な音を立てて、汚らしくビクビクと震えながら、沢山のどす黒い血を吐き出しながら、■〇▲は、■〇▲だったその存在は、それに成り代わる。
「──ほら、どうだい?アルゲータ。君の親友の、シュガーさんだよ」
それは、紛れもなく、アルゲータの大親友である、シュガーであった。
「は……ぁ?お前、なに、者だ……」
「僕はシュガーだよアルゲータ。君の昔からの幼馴染じゃない。君との出来事はなんでも覚えている。そんな僕を邪険に扱うことないじゃないか」
「違う!!お前はシュガーじゃない!!あいつを、その面を……返し、やがれ……!!」
もう何が何だか分からず、ぐちゃぐちゃになった感情のままアルゲータが炎を放つ。そのちっぽけな魔術を、シュガーは鉤爪で切り裂いた。
「全く、君は昔から変わらないな」
「あぁ……!?」
「まぁでも、冥土の土産に教えてあげるよ。僕の本名は生憎言えないけれど、呼ばれてる通り名?みたいなのは言える」
シュガーは、シュガーに成り代わったその存在は、口元を歪めてアルゲータの絶望を嘲笑った。
「僕は、『顔剥ぎ』。メロ様にお仕えする、『へレディック』さ」
夢の落ちる『番犬』を、『顔剥ぎ』はケラケラと馬鹿にする。人間の絶望した顔が、恐怖に歪んだ顔が、果てしなく醜くてたまらない。
「不細工な顔だね───不愉快だ」
顔を剥ぐために返しが沢山ついた鉤爪が、『番犬』を貫いた。
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