第23話 初恋
誰が、こんな目に合わせてくれと頼んだだろうか。
十六年前までは、今と同い年で幸せな日々を送っていたのだ。
だというのに、今はなにか。死んでは生き返ってを繰り返して、また死んで。
最悪だ。そもそも前世で気付かぬ間に死んでいるのも意味がわからなかった。
誰だ、殺したのは。誰だ、それを許したのは。誰だ、こうなった原因は。誰だ、この力を与えたのは。
助けたんだから、助けろよ。痛いから、やめてよ。辛いから、逃がしてよ。死にたいから、死なせてよ。
───死ねよ。死ねよ死ねよ死ねよ。こんなの、納得できない。
納得できないから、怒る。怒りは死ぬ度に、無意識に蓄積し、腸を煮えくり返させる。
生きたいという気力さえ怒りで上塗りして、心も体もぐちゃぐちゃにして、その報いを、罰を、十字架を、業を、背負わせなくてはならない。
その怒りを、晴らして───晴らして、何になる?
「あ、れ……」
怒りを晴らして、その先どうなる。そもそも、晴らせなかったらどうする。地獄から抜け出せないのは、十回死んだくらいから確信に変わっていた。
何か、欲しい。この地獄を乗越え、無限に死ねるこの体で、生きたいと願える理由が。
なにか、なにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにか───────────
『ミト』
「は───」
痛みに絶叫し、白滅する意識の中、全てを切り裂いて吹いた風のような声に、脳内の鼓膜を打たれる。
『脳透かし』による声。ワルフを経由して、声が届く。
その声は、初めての死に際を救ってくれた人の声。
「め………ぁ、み、みわ……」
『頭の中なんだ。メロで構わない』
その凛とした声を久しぶりに聞いて、ミトは心の中で目を閉じる。真っ暗を映す瞼を眺めて、ミトは歯を食いしばった。
この煮えくり返る怒りの吐きどころを、ようやく見つけたからだ。
「メロさん……なに、してるんですか?」
『───』
「僕、今すごく、痛いです……辛いです、苦しいです……!!」
『───あぁ、知ってる』
「知ってるって……知ってるなら……!!なら!!助けてよ!!僕がどんなに辛いか!!知ってるなら!!今すぐにでも地面蹴って!!ここに来て!!敵を殴って殺してよ!!僕をここから出してよ!!」
───あぁ、こんなこと、言いたい訳じゃないのに。
「嘘つき嘘つき嘘つき!!!ずっと、声も聞かせないで、逃げてばっかりで!!!僕のことなんか、もうどうでもいいんだろ!!!」
『───』
「みんな大っ嫌いだ!!!僕から何もかも奪って、また作り上げたらまた壊して、もっと最悪な地獄に突き落として……みんな、最低だよ……!!」
───心が納得するのは、こっちだったんだ。
だからミトは、全身全霊をかけて、世界へこの言葉を。
「みんな、死んぢゃ───」
『──ミト』
吐き出される劣情が、名前を呼ぶ一声に殴り潰された。
『ミト──お前を助けたい』
「ッ……じ、じゃあ、早く、僕を……!」
『あぁ、助ける。だから、俺と、約束をして欲しい』
「やく、そく……?」
その瞬間、痛みが和らぐ感触があった。
『俺は、お前がそばに居て欲しい』
「──は?」
痛みが和らいだ。
『お前がいなくなるのは、嫌なんだ』
「──そんなの」
痛みが和らいだ。
『心の底から、お前を想ってる』
「──ま、また」
心が、喜んだ。
『失いたくない、大切な人なんだ』
「──嘘、つき」
心が、幸せだ。
『──ミト』
その声は、すぐ側で、抱きしめられた時みたいに、添い寝した時みたいに、すぐ側に感じられる、暖かく体の芯に触れる声。
あの、愛おしい声。
「あぅ……メロ、さ……」
『なぁ、ミト──』
メロの声が、メロの声だけが、痛みも絶望も、怒りさえも凌駕して、ミトの脳内を支配した。
『俺のために、死んでくれないか』
「───はい」
脊髄から引きずり出されたそれは、愛だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます