第18話 正しいことを

 仕事に行って、学校に行って、疲れて帰ってきて、家族に迎えられて、疲れを癒すために寝る。そんな当たり前の夜に、闇は集う。


「『魅惑』君、頃合だよ」

「よし」


 仮面をつけた二人の女性が、アプルーラの街の真ん中に立つ時計台の上から、街を一望した。


 所々に見えた電気の明かりもほとんどが消え、皆が寝静まり始めた静謐な夜。次の日へ跨ぎそうな頃、『魅惑』の周りに仲間が現れる。


「『魅惑』様?これからどうすればいい?」

「命令を待つのも疲れたしー早くしてくれないかなー?」

「俺はまだゆっくりしてたかったけどね」


 各々好きなことをべらべらと喋る協調性のなさ。頭を抱えたくなるようなメンツに、真蛇の仮面を付けた『魅惑』は振り返る。


 そこには、同じく真蛇の仮面をつけた魔人達が並んでいた。


「緊張感を持て、阿呆共」

「はいっ、『魅惑』様っ」

「はーい、頑張りまーす!」

「はぁ……仕事、ですかっと……」


 同じ階級の阿呆共に呆れる『魅惑』。すると仲間の後ろから、同じく真蛇の仮面をつけたリーダーがゆっくりとやってきて、


「えぇみなさん、お集まりのようで。これならば、上手く行きそうですかぁ『魅惑』さん?」

「各々仕事をしてくれれば、な。あと、俺がやることを邪魔するな。いいな?」

「はいっ」

「はーい!」

「はいー」


 三人の仲間達はそう返事すると、バラバラに街へ散っていった。とりあえず開始はできた。次は、『魅惑』──メロの仕事開始だ。


「行こうか、『魅惑』君」

「ああ、『勇魔』」


 メロが拳を握りしめる。紫電が駆け巡り、辺り一帯が照らされるほどに膨張した電撃がアプルーラの街を見下ろした。


「人類共、寝ろ」


 飛び出したメロの拳が、街を破壊した。


~~~


「ここも、違う。これは……えー……めっちゃこれっぽいのに……」


 シュガーの自室に忍び込み、ナナメは細心の注意をはらいながら中を探る。もし彼の地下室が異空間にあって、それを呪術で成しているのなら、媒体となるものがどこかにあるはずだ。


 仕掛けられたであろう媒体を特定の干渉を行うことで発動する。そんなものを想像しながら、部屋の中を隈なく捜索していたその時、


『ナナメ氏、ミト氏めちゃめちゃ悲しんでたけど、いいの?』

「キミさぁ、今その話する?」

『いやさぁ、ミト氏は只人あがりの『へレディック』じゃんか?あーいうことを言っちゃうのも仕方ないと思わん?』

「そりゃ思うよ。それを理解して話を終えたはずだけど?」

『話の終結が、何によって引き起こされるか知ってる?』

「何?」

『理解じゃなくて、納得だよ』


 それらしいことをそれらしくうそぶかれ、ナナメは怪訝な顔をした。


「それ、キミの決めゼリフかなんかなの?」

『茶化すなよ!実際そうだろ?』

「はぁ……まぁ賛成はするよ。ボク納得する素振り見せてなかった?」

『超渋々理解って感じだった』

「うそ」


 きょとんとした声でそう返し、ナナメは立ち上がる。ワルフの言葉には耳を貸す程度とはいえ、今日はもう集中力が続かなそうだ。


 ミトのことを考えないようにするのにも限界が来た。


 いや、違う。ミトの言葉によって否定された自分が許せなくなってきた。


「あーイライラしてきた……今日はこのくらいにして───」


 そう独り言ち、ナナメがシュガーの部屋を後にしようとしたその時、


「ッ、何!?」


 巨大な魔力の反応を感じ取り、予兆のない発生に驚いたナナメが顔を上げた。


 魔力の波動がこちらまで届き、轟音と地響きが屋敷を揺らした。


 その瞬間───、


「んはっ!?」


 部屋にあった呪術トラップが魔力の波動に反応して発動し、鈍い光を放つ鎖によってナナメの首が拘束された。


 がっしりと掴まれた首に、ナナメは瞬時に鎖を切り飛ばそうとして、止まる。


「これは……」


 それは、ナナメが見た事のある呪術であった。

『済し崩れ』と呼ばれる類の呪術だ。


 足掻けば足掻くほど悪い状況が更に悪くなるように、この呪術に抵抗するほど、呪術の効能が強まってしまう。


 この拘束を解こうと画策すれば、いずれ全身を鎖によって捕まってしまうだろう。


 そして、呪術の発動は、呪術使用者に気づかれる。


「ヤバかしたな……これ、絶対ボク捕まるよね……」


 首を掴まれてしまっては、肉体切断による脱出も不可能。タバコ休憩で少し外に出てしまっているだけのシュガーが戻ってくるまでそう長くない。


「……終わったっぽいな……もー誰?魔力ぶっぱなしたの」


 捕まることは死に繋がる。生まれてから十六年。思えばクソみたいな人生だったが、


「ま、別にいいか。ようやくボクの番が来たって思えば───」


 自分が死んだって問題ない。今更死ぬのは怖くはない。怖くはないが──ミトも死ぬことになってしまう。


「───」


 ナナメが敵であるということが証明されてしまえば、ミトも当然疑われる。そして二人を推薦したとされている人間も関与が疑われるだろう。


 ──推薦したのは、誰だったか。


「ミトちゃんは……ちょっと、ダメかもなぁ……」


 殺し屋として育てられて、その最中に命を奪われかけたナナメを、メロが拾った。だが、命が助かったことをナナメは幸運だと喜ばなかった。


 ナナメの予想通り、『へレディック』はナナメを以前と同じように扱い、魔人解放軍の一員として、人類であるナナメをこき使った。


 それに関して異論はなかった。そのような扱いを受けてこそ、ナナメの本当の価値がそこにあるのだと信じて疑わなかったからだ。


 だが、ミトは、それがナナメの価値を下げていると言った。


 ナナメが自分の価値としてきた殺しの才能が、ナナメの価値を汚す最悪手だと彼は言ったのだ。


 それは、人生の否定に近しい言葉だった。怒鳴り返さなかっただけ、ナナメは我慢した方だと思う。


 それでも、ナナメの怒りの矛先はミトじゃなかった。ミトの指摘を突っぱねたくなった自分への怒りであった。


 不機嫌になったのも、突き放したのも、全部全部、『へレディック』にいるにしては優しすぎるミトから目を逸らしたかったから。


「はぁ……今更そんなこと言ってもな」


 とはいえ、結局のところそれは良い方向に働いた。ミトを自室に返したから、このトラップに引っかかることはなかった。


 ミトが、『へレディック』としての罪を被ることはなくなったのだ。


「ミトちゃんでも流石に、逃げてくれるでしょ……ワルフがボクが捕まってることは伝えてくれただろうし」


 おそらくアプルーラから響いた魔力の波動。襲撃タイミングを教えてくれなかったメロに一抹の怒りを覚えながら、ナナメは大きくため息をついた。


 いっそのこと、抵抗して更に掴まって見せようか。そうすれば、シュガーがナナメを取り出すのに逆に手間取ってくれるかもしれない。


「──あぁ、来たみたい」


 少し早めの足音が聞こえ、それが扉に近づいてきた時、ナナメは終わりを悟る。きっとその扉が開いた時、あの紅葉色の髪をした男が───


「ナナメさん!」

「───は?」


 諦めていたナナメの前に現れたのは、予想とは丸っきり違う人物だった。


~~~


『ナナメ氏が捕まった!』


 その言葉を脳内で聞いた瞬間、ミトはナナメの期待も虚しく、シュガーの部屋へとダッシュしていた。


『ちょちょちょミト氏!?俺が言うのもなんだけど助けに行くつもり!?』

「い、行きますよ!」

『なんでなんで!?俺逃げてよって意味で教えたんだけど!?』

「だって、だって……!!」


 走りながら、走る理由を考えて、考えて考えて考えて、


「わっかんないけど、ナナメさんは死んで欲しくない……!」

『──うーし了解!ミト氏に免じて、俺もサポートするぜ!』


 息も絶え絶えながら、ミトは自分が出せる全速力で目的地へワルフが音声だけで道案内をする。


 右へ左へ、次に階段を上って右へ。すると、突き当たりに両開きの茶色い扉がある。その先に、仲間がいる。


 どんな嫌な顔をされようとも、何をしているのかと罵倒されようと、するべきことをする。間違いを正すために、ミトは走り続ける。


「ナナメさん!」

「───は?」

 

 扉を開けた先には、ミトの登場に鼻白んだ顔のナナメが、首を鎖に繋がれていた。

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