第9話 仮面の者
次の日の朝、ミトには仮面が渡された。
仮面は、
だがそんな気づきよりも、ミトは自分が当たり前のように『へレディック』の一員とされていることに焦っていた。
何より、『へレディック』に入るために王都に来たわけじゃないミトは、背負っているウルールを抱きしめて今一度夢を確認する。
ミトの夢は、吟遊詩人として歌で皆を幸せにすること。英雄譚を伝え、そこから生み出される教えと励ましで人々を興すのが使命だ。
決して、悪の組織の歌姫枠になることじゃない。
だのに───、
「行くぞ、ミト」
「は、はい!」
メロにはこうして二つ返事を返してしまうのは、何故だろうか。
~~~
昼時、既にリーダーはここを去っており、残っていたのはマシュマロのようなお菓子を頬張っていたらしい、あの般若の仮面の女性と馬車だけだった。
「運転手は?」
「リーダーが連れてったよ。馬と馬車だけ残らせちゃった。どーしよーね?」
仮面越しに首を傾げる『斜陽』は、既に荷台に乗っていたので運転する気概が感じられなかった。
メロとライラは顔を見合わし、その後ミトへと振り返って、
「ミト君、運転手を頼むよ」
「へ!?ぼ、僕がですか!?」
「運転したことが無いわけじゃないだろう?君になら出来るさ」
話はトントン拍子に進み、数分後にはミトが馬の手綱を握らされていた。
「では、安全運転で頼むよ」
「目的地も知らないんですが!?」
「貧民街を出ればいい。向かうのはそうだね──」
ミトは馬車を操り、ライラに指示された通りの場所へと向かう。運転手は外に剥き出しな事もあって、貧民街の住人からの視線が怖くて仕方なかったが、なにか吹っかけられる度、吹っかけてきた相手の首が目の前で撥ねる方が恐ろしかった。
「『斜陽』君。あんまり人を殺し回るのはよくないよ」
「だってこうして黙らせた方が楽じゃない?世界には死んだ方が周りが幸せな人がいるじゃん。それがこの人達だよ」
馬車周りで起きている不可解な死は、おそらく『斜陽』の『天命』によって引き起こされているものらしい。目の前で突然首が撥ねるなんて地獄、ミトは返り血を見ないように心を殺して先へと進んだ。
だが、数日前まで幸せに暮らしていた少年が、急にこの世の最果てのような地獄に耐えられるはずもない。
なので、彼は心を保つために喉に頼った。
「~~♪~~~♪」
「……あの子、歌上手いね。吟遊詩人なの?聞いた事ない言葉とかも混じってるみたいだけど」
「見習いらしいよ。旅に出るのも今回が初らしい」
「へぇ……なんか、あの子って不運だね」
馬車の中では『斜陽』がミトの歌唱力を褒めた上で、成り行きを何となく察して哀れんだ。
その会話を壁と背中越しに聞いていたミトは、ここ最近の不運に股間蹴りあげ事件も入っていることも忘れないで欲しいと切に願った。
~~~
さて、一行が向かったのは、とある区役所であった。貧民街の隣の区にあるそこは、王都に入ってくる人やものを検閲する警備員の育成や管理も任された、ナザック区長が務める区役所であった。
「そうだな、もう一度焼いてくれないか?」
向かう途中、朝食のためパン屋に寄ったメロ達はそれぞれ好きな物を注文した。メロやライラ、ミトを巻き込んだベアの殺害の報酬として、『斜陽』がリーダーからそれなりの金額を受け取っていたので、少し奮発した。
ミトは肉と野菜が挟まったサンドイッチのようなパンを。ライラは魚が挟まったパンを。『斜陽』はチョコやらマシュマロやら、甘いものが沢山乗せられた菓子パンを。
メロは表面が真っ黒に焦げたパンをオーダーした。
「……なんで炭食べてんの?」
「俺の好みだ。食べるか?」
「いや、いいよ……」
焦げたパンが好みらしいメロ。そのありえない食事を横目に『斜陽』が仮面を外してパンを食べていた。
普通の人々に見られる場面では仮面を外すらしい。人前で仮面なんて付けているなら、自分は顔バレを防ぎたい怪しい人物ですと申し上げているようなものだからだ。
ミトは初めて『斜陽』の顔を見つめた。
大きな黒目が特徴のタレ目の女性だ。ポニーテールが似合うダウナー女子。そんな彼女は普段疲れた顔をしているが、甘い物を食べている時だけは幸せ様に頬を綻ばせていた。
「えっと、『斜陽』さんの、お名前は?」
「言う必要ある?」
「まぁ、彼はこれから仲間になるんだし、それに君には彼の性別を間違えた罪があるんじゃないかい?」
「罪って大仰な……まぁでも、股間潰しは流石にごめんだから教えたげるよ。ボクの名前はナナメ。まぁ、よろしく」
『斜陽』、もといナナメはそう言ってパンを頬張った。
「『斜陽』君は私達の仲間の中でも異例の速度で昇進したルーキーなんだよ」
「異端者のルーキーとか、なんか言われても嬉しくないね」
「ともかく強いことは確かさ。彼女の腕は信頼して問題ないだろう」
見えない斬撃で人の首を斬るような女だ。今さら強さを疑うことはない。気分屋らしい性格の彼女の矛先にいないよう努めようと、ミトは強く思った。
朝食を終え、一行はようやくナザック区長の元を尋ねた。
区役所に入るなり、豪快な笑い声が聞こえてきて、目的の人はすぐそこに居た。
「おや!ズバ警備員に難癖をつけられていた美人さん方じゃないか!それにまた可愛らしい少女を連れて、両手じゃ収まらないくらい花が増えたようだ」
オレンジ色の服を身につけた彼は茶色い髭を撫でながら一行を歓迎してくれた。メロ達を見るなり、ナザックは周りの事務員に別れを告げ、応接室へ一行を案内してくれる。
なんの言伝もしていないのに、ナザックは変に手馴れた様子でメロ達を周りから隔絶した。
「さてさて、あなた方の要求は?」
「───『黒薔薇』を殺したい。情報は何かないのか?」
開口一番、メロはそう切り込んだ。王国側の人間に何故そうも大胆にふっかけるのかとミトは緊張したが、ナザックは慌てる様子もなく、真摯にその質問に唸って、
「なーんにもありはしません!何せ極秘の暗部!私程度の身分で実情が知れるのならば、それは暗部とは言えない」
「だろうな」
手は尽くしたが駄目だった。清々しいほどに無力を訴えられ、メロは頷くしか無かった。
ここでふと、ミトは湧き上がった疑問をライラに訊いてみる。
「あの、『黒薔薇』って世間で有名なんですか?」
「いいや?そこらを歩いている人も、さっき居た事務員達も、誰も存在を知らないだろうね。知っているのはそう、王国と敵対国の上層部、それから私達『へレディック』とか、裏の人間達じゃないかな」
「えぇっと……じゃあ、何故この区長はご存知で?」
「あぁ、彼も『へレディック』だからだよ」
「はぇ!?区長が『へレディック』!?」
衝撃の事実に目を白黒させるミト。その反応に嬉しそうに笑ったナザックが、自らの胸板を親指で指さして、
「そうだとも!誰にも言えないがね、私も君達の仲間なのさ」
「じ、事務員さん達は?」
「彼らは違う。私をナザック区長だと信じて、今もせっせと仕事をこなしている」
「はぁ……ナザック区長だと、信じて……?」
「その話はまた今度として、本題はここからだ」
脱線しかけた話を引き戻し、メロはナザックを真正面から見据える。
「どんなに強い武将も、一人では軍になれない。故に、頭を落とすなら内側からの攻撃も必要になる」
「なるほど。つまりつまり、この私に内密者を買って出ろと?」
「内密者じゃない。密偵だ」
アルゲータという男の得意分野、軍の配置、弱点。戦いはいつだって情報を多く持っている者が優位になる。
内側からの崩壊に加え、情報戦での勝利を目指すなら、密偵を送るというのはありふれた策とも言えよう。
「やってくれるな?」
「はっはっは!この世で一番顔がいいあなたからのお願いだ!嬉々として引き受けるとも!ナザックにも、飽きてきた頃だ」
長い指で顔を覆って、ナザックは不敵に笑う。その笑い声に、ナザックのものではない声が混じっているように聞こえたのは、ミトの歌い手として発達した耳の功績なのか、それとも気のせいだったのか、それは定かではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます