第5話 審査

 出発してから四日ほど経った。ただ移動するだけなら時間がかかりすぎと言えるが、せっかく旅をするならとミトが二人を色んな場所を案内した。


 牧場を持つ村。水車が有名な村。中に水晶のある洞窟。そしてそこら近辺に伝わる英雄譚。


 それは、ただの移動時間を楽しげな旅行へと様変わりさせた。


 ミトは持ち得る知識と一人で考えていた笑い話を交えて二人を満足させようと奔走した。それは純粋に楽しませたいという願いも理由ではあるが、空飛ぶ巨剣という移動手段の対価のつもりでもあった。


 実際、ミトと同じく歴史に詳しいライラとは話が盛り上がり、あまり精通していないメロへ知識を享受しながら色んなところを回った。


 世界のどこでも、どんな人でも楽しませられるように、まずは同行者を楽しませられるようにしようと頑張るミカの頭を撫で、


「ミトは、人を楽しませる天才だな。君と一緒でよかった」


 そう言ってくれたメロの言葉が、顔が、声が、一番嬉しかった。


 そんなこんなで寄り道を重ねながら、三人は王都へと辿り着いた。


「おぉ!!あれが……王都!!」


 見えるのは、石で舗装された道の先に広がる円状の大都市。馬車が列を成して向かう門には、大忙しの国境警備員が何人も配置されている。


 列は全部で六列。その中でも一番左は歩行者専用らしかったが、一番列の動きが早かった。


「左端を選ぼうか」


 ライラの一言で、三人はその列を選んだ。列が進み度、都市境警備員と入都者の会話がだんだんと大きく聞こえてくる。


「おー、魔学者っすか。いっすね。ぜひ我が国の発展に貢献してください」

「おぉ!字ぃ大きくて読みやすい。入っていっすよー」

「あー学会の発表で?へぇ、でも僕マウントとる奴嫌いなんで、入都拒否でーす」

「おいそこのガキ。母さんの言うこと聞いてやんないと、母さんだけ入都拒否すっぞー」


 なんだか気の抜けた声が聞こえてきて、近くにまでよるとそこには白髪で黒い制服を身につけた青年が欠伸をしながら入都審査をしていた。


 聞こえてきた発言から察するにかなり適当に審査しているようだが、彼の後ろに鎮座する先輩らしき都市境警備員は何も言っていなかった。


「はい、次の方どうぞー」


 力の入らない声に呼ばれ、メロ達は警備員の前に立った。


「はいーまず入都にあたって入都税を頂いてますが……あります?」


 そう尋ねてきた警備員。その言葉にメロとライラは互いを見合って、


「「入都税?」」


 同時に同じ言葉を同じイントネーションで発した。その反応に警備員は頬杖をつき、「あー」とやる気のない声を零して、


「ピンク髪のお嬢さんはお金あります?」

「あの、僕男です」

「あー失礼。んで、お金あります?」

「えっと、これで足りますか?」


 入都税に関しては、メロとライラは知らなかった。ミトが村で稼いでいた金を持ってきていたから良かったものの、足りなかったらどうしていたか───


「あー足りないっすね。これじゃ一人分が限界っす」


 ───足りなかった。


「お、お二人は一銭も持ってないんですか!?」

「まぁ、旅にお金は要らなかったしね」

「食事も現地調達で済ませていたし、怪我も負わないから医療代もかからないから、なぁ?」

「『なぁ?』じゃなくてですね!」


 ミトは二人が王都に入ると堂々と言い切るものだから、てっきり入都税を用意しているものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。


 ミトが二人に感じたカリスマ性が薄れつつあった。


「まぁ、とりあえずピンク髪のお嬢さんは入ってどうぞ。そんで、べっぴんさんお二人をどうするかっすけどー……」


 警備員は、その赤い瞳をメロとライラへ向けた。二人を交互に見回した後、逆の頬杖をついて、


「正直、お二人はお金もらっても入れたくないんすよねー」

「ふむ。何故だか訊いても?」

「簡単な話、僕の主観っすけど、お二人からいやーな感じがダダ漏れなんすよね……なんていうんすか。あんまり今の状況にも動じてないでしょ?普通、人生に責任ある人はここで慌てるんすよ」


 警備員は目を細め、腰にこさえた剣に手をかけたまま語る。彼の主張には根拠も何も存在し得ないが、彼の後ろの警備員も剣を手に取ったということは、彼の言葉にはそれなりに信用される要因があるということ。


「──ライラ?」

「ふむ……まぁ、大丈夫じゃないかな」


 そう会話するメロとライラ。交わされた言葉の意味が分からず、警備員が眉をひそめたその時、その場に別の声が割り込んだ。


「おやおや、ズバ警備員!列が止まっているが、何か問題でも?」

「あー……ちわっす、ナザック区長」


 溌剌とした声の主は、馴れ馴れしく警備員と肩を組み、傷だらけの顔でにやりと笑った。ナザック区長と呼ばれたこの男は、ズバという名前らしい警備員から視線をメロとライラへ移し、


「美しい女性二人組に難癖をつけて、少しでも話を膨らませようという君なりの努力かな?」

「何言ってんすか。僕はいつだって仕事一筋っていつも言ってるじゃないっすか。そんで、この二人はちょいと怪しいんで入都拒否しようとしてたんすよ」


 ズバ警備員が二人を指さしてそう行った。どうやら割り込んできた図々しい男は、ズバ警備員の上司らしかった。


 ナザックは二人をじっと見つめ、顎に指を一つずつ置きながら唸った。


 メロはその仕草を見てため息をついて、


「待ち人がいるんだ。さっさと入れてはくれないか?ナザック区長殿?」

「……仕方ないな。入れて差し上げよう!」

「はぁ?区長、あんたは美女優先っすか?」


 ナザックの判断に顔を顰めたズバ警備員がそう苦言を呈したが、ナザックはズバ警備員の肩を叩いて「いいのいいの!」と軽快に笑った。


「歓迎しますよお二人さん。待ち人に無事に会えればいいですね!」

「あぁ、ありがとう」

「感謝するよ」


 区長の裁量により、メロとライラはようやく入国を果たしたのだった。


~~~


「はぁ……区長?なんで行かせたんです?」

「何、あの人達は大丈夫さ。君の言う嫌な感じはしなかった」

「あのっすねぇ……僕の『天命』知ってて言ってっすか?」


 呆れ顔のズバ警備員の言葉に、ナザックはわざとらしく唸って、


「なんだったかな!?」

「……『審判』っすよ。その事象が正しいか間違いかがわかるっていう」

「つまり、君の目には私の判断は間違いに見えたと」

「見えたっていうか、間違いっす。もうあの二人がどこいったか分からないし……あーあ、王都壊滅っすね」

「二人の人間でそうまでなるわけなかろう!はっはっは!!」


 豪快な笑い声を上げて仕事場に戻っていく区長の背中を眺め、ズバ警備員は帽子を被り直した。


「まぁ……なんもないといいっすけど」


 そう独り言いて、次の者の審査へ移ったのだった。

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