第4話
随分壮大で…そしてオカルティックな話にポカンとしていると、
「いらっしゃいませ。枇杷島様。本日はおいくらほどでのご遊戯を想定していらっしゃいますか?」
「こいつを全部」
そういうと、カウンターのスーツ男にドカッ、とそのカバンの中の大金を見せた。スーツ男はそれを受け取ると、何やら背後の機械に無造作に札束をぶち込んでいった。
「五千万円になります」
俺は瞠目した。スケールがデカすぎて、俺には正直一目でいくらあるのかなんて分からなかったが、ぼんやりと考えていた額を大幅に超えてこられた。
「負債は返済なさってからご遊戯致しますか?」
「ああ、頼む」
不穏なワードが飛び出す。心配げにする俺など気にせず、枇杷島さんはスーツ男に会員証を突き出す。スーツ男がそれを受け取ると、何やら機械に差し込んで、数秒の後に電子音が鳴ると、会員証と、端数と呼ばれた大金は、枇杷島さんの手元に戻ってきた。
「それでは、今夜のご遊戯をお楽しみください」
手続きは終わり、と言うことらしかった。俺はやっと、その下品なほどに豪奢を極めた空間を見据えることが出来た。
ルーレットがあり、何やらトランプで遊戯もしている。向こうにあるのは麻雀の卓だろうか。チンチロリンのようなことをしている客もいる。だが、そういうものに目を惹かれて興味が掻き立てられるのも長くは続かなかった。波が引けば、ずっと興味が惹かれることが、隣に居続けているからだ。
「その…いよいよ勝負だ!…って時の前に、なんだか腰を折るようでアレなんですけど…つまらないことを聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「その金…どうやって用立てたんです?」
「何でって…給料だよ」
「え…?いや、無理でしょ…」
「そうか?必要なこと以外に金を使わないだけで、案外面白いくらいに金は貯まっていくぞ。ま…その当たり前が分かってて世間の奴らは出来ないらしいが…俺にはそう難しくない。なんたって、俺は飛び切りの不幸だ。パチンコも宝くじも、負けると鼻から分かっている。それに、俺は今日一日のための準備で忙しい。娯楽に全く金を使わず生きていける」
「準備?」
「いずれ分かる…それだけか?」
「ええ…まぁ…」
本当は、いくつも聞きたいことがあったけれど、なんだか彼の答えに色々な疑問が吹っ飛んでしまった。俺はただ、キョロキョロしながら枇杷島さんが歩いているのに付いていくばかりだ。
枇杷島さんが足を止めたのは、壁際にある機械の前でだった。後ろから、その機械を覗き込むと、枇杷島さんが会員証を機械に差し込んでいた。
「この会員証に、俺が今日持って来た金が全部詰まってる…」
機械のモニターに、会員証に入っている金額が表示される。円換算2,000,000と表示された。二千万ということらしい。
気持ちの悪い形にゆがめられた息が唇から漏れだすのを感じて、思わず後ろを振り向く。後ろに並んでいた、ピッチリとした服の二人組が、何やら口を手で隠しながら目くばせをしている。
笑ったのだ。二千万と言う金額は、どうもここでは高くはないらしい。
「早く行きましょ」
枇杷島さんに小さくそういうと、俺たちは二人組がコソコソと話しているのを背中で感じながらその場を離れた。
「いや…え?三千万円も借金してたんすか?」
しばらくあった沈黙の中で冷静に考えていると、口をついて出た俺の質問は、特に枇杷島さんを怒らせはしなかったようだった。
むしろ枇杷島さんは変わらない微笑で、
「下見したからな。勿論、粗方のギャンブルで負けておいた」
なんて言い放った。その言い方があんまりに堂々としていたので、俺は特に何にも言えず、ただ軽い相槌を打つことしかできなかった。
「それで…最初は何するんですか?」
本当に様々な遊戯が、このフロア一帯につまっている。そのどれもが本格的だ。ルーレットなんか、単純なルールだけれど、実物の球が回転して、弾かれたりしているのを見ているだけでなんだか子ども心がくすぐられる。トランプゲームは…あんまり詳しくないが、目の前で今、新品のシールが破られているのは特別感がある。そういう定番のものだけではなく、このカジノには何やら食事している客が居たり、麻雀の卓もある。その中で、枇杷島さんが指さした遊戯は…
「あれにしよう」
パチンコだった。
「イメージ違うなぁ…パチやるんすか?」
「いや?下見の時一度したきりだな」
「へぇ~…うわ、一発台じゃないですか!デジタルじゃねぇーんだ…」
俺の話を、あまり理解できてないらしい枇杷島さんに気づいて、俺はついまくしたてるように説明をぶつけてしまう。
「あ、いや…なんつーか、今のパチンコって、大体アナログの抽選とデジタルの抽選の二段階あるんすよ。アナログの抽選だけだと、当たり前ですけどどれだけ確率を絞っても理論上数パーセントは大当たりが連発して赤字になる可能性があるじゃないですか。だから、まずアナログの抽選は入り口として、アナログの抽選の成功でデジタルの抽選権を手に入れられる、っていう方式にしてるとこが多いんすよ。当たりの抽選をデジタルで行えば、その台の収支なんかを計算して、当たり外れを店に都合のいいように切り替えられるじゃないすか。だけど、たまーにこういう…一発台っていう、めちゃくちゃシンプルなギミックで、アナログ抽選のみ、っていう夢のある台があるんすよね。正にこれとかそうじゃないっすか」
そういいながら、俺は眼前のパチンコ台を指さした。クルーンと呼ばれる、器に穴が数個開いたものが五段も重なっている。こんな形状をしたものはなかなか見ない。
「多分、各段の当たり穴に入ったら下の段に落ちて行って、最後の五段目の当たり穴に落ちると当たり…ってここにもかいてありましたね」
台の横にある説明書を軽く手に取ると、俺が言ったことは大体当たっていた。枇杷島さんは、俺の話に軽く笑うと、
「成程…羊頭の餓狼…善良ぶった野狗か…こいつは…」
とこぼしながら、枇杷島さんはその台に座った。
「あ、ここだったんですか、狙いの台…」
正直言って、俺はこの時点で枇杷島さんの言うことを、半分くらいしか信じていなかった。
突飛な話だ、それでも信じすぎているくらいだと思う。でも確かに、思い返してみれば枇杷島さんには、本人に過失のないミスがよく起こった。忘年会か何かで行ったビンゴでも、職場の中で枇杷島さんだけがその一ラインすらビンゴできていなかった。枇杷島さんと会話していると、節々で深い知識の一端を感じることもある。なんでこの人がこんな職場にいるのだろう…と、俺の同僚も言っていた。飛び切りの不運と言うのは本当だろう。
しかし、今日一日に一生分の運が集まっているなんていうのは…悲しい人生のなかで形作られた、哀れな理想にしか思えないと言うのも事実だ。ただ、枇杷島さんには、格段に凄味がある。ただのキチガイのようにも見えるし、何もかも見透かした超人にも見える。俺が彼を信じるかどうかは、球の軌道一つにかかっていた。
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