第7話:初陣!補給線を断て

 戦鼓が打ち鳴らされた。

 大地が震えるほどの足音と、鉄のぶつかり合う轟音。

 エルディナ軍とアールディア軍――二つの国の運命を賭けた戦が、ついに始まった。


 丘の上からその光景を見下ろし、私は息を詰める。

 槍と盾がぶつかり、兵が倒れ、血が土を染める。

 かつて王妃として宴や祭礼ばかり見ていた私にとって、初めて目にする「戦」の現実だった。


 「セレスティア様」

 背後から声がした。振り返ると、ジルヴァートが鎧姿で立っていた。

 彼の眼差しは冷静だが、燃えるような闘志を隠してはいない。


 「補給線を断つ作戦、実行に移す。あなたの読みが正しければ、この戦の行方を左右するだろう」

 「……お願いします。どうかご無事で」


 彼はわずかに笑った。

 「無事かどうかは、運次第だ。だが勝利は必ず掴む」


 そう告げると、ジルヴァートは精鋭部隊を率いて出発した。


 ◇


 残された私は、指揮所の天幕で地図を前に座り込んでいた。

 外からは戦の怒号が絶え間なく響いてくる。


 ――私が誤っていたら?

 もし補給隊があの林道を使っていなければ、ジルヴァートは無駄死にする。


 震える指先を必死に抑えながら、祈るように呟いた。

 「……どうか、正しかったと証明して」


 その時、伝令が駆け込んできた。

 「報告! 敵軍の進軍速度が鈍っています!」

 参謀たちがざわめく。

 「おかしい……数で勝るはずのエルディナが、押しきれない?」


 胸の奥で、わずかな希望が芽生えた。

 ――きっと、補給の影響が出始めている。


 ◇


 一方その頃。


 ジルヴァート率いる奇襲部隊は、林道を駆け抜けていた。

 木々が生い茂る薄暗い道。馬蹄の音を抑え、兵たちは息を殺す。


 「殿下、本当にこの道に……?」

 「信じろ。セレスティア様の読みは外れない」


 ジルヴァートの声に兵士たちは頷いた。

 やがて木立の隙間から、幾つもの荷車の影が見えた。

 穀物袋を積んだ荷馬車、護衛の兵士たち――。


 「いた……!」

 兵士の囁きが漏れる。


 まさに補給隊だった。


 ジルヴァートは剣を抜き放つ。

 「全軍、突撃!」


 鬨の声が林道に響き渡る。


 ◇


 その報せが、ほどなくして指揮所に届いた。

 「補給隊を発見、交戦中!」


 私は両手を胸に当て、天を仰いだ。

 「……ありがとう、ジルヴァート様」


 だが油断はできない。

 敵も馬鹿ではない。補給隊を守るため、必ず増援を送ってくる。


 「次の一手を……」

 地図の上で指を走らせ、補給線が絶たれた後の敵軍の動きを想像する。


 そして気づいた。

 ――祖国軍は、敗北を認めるはずがない。

 むしろ追い詰められれば追い詰められるほど、狂気に走る。


 その中心にいるのは、きっとアラン。


 彼の真意がどちらにあるのか、私はまだ知らない。

 だが必ず、確かめなければならない。


 ◇


 夕暮れ。

 林道は血に染まり、補給隊は壊滅していた。

 ジルヴァートの軍は勝利を収め、敵の糧秣を焼き払った。


 「これで、奴らの進軍は長くは続かない」

 ジルヴァートは剣を拭いながら低く笑った。


 だがその背後、森の奥から新たな軍勢が現れようとしていた。


 ――補給を守るために派遣された、精鋭の騎兵隊。


 戦いは、まだ終わらない。

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