23 浄化
ぽかぽかなレオの腕の中で爆睡していると、ふとシューシューという耳障りな音が聞こえた気がして薄く瞼を開ける。
身じろぎすると、すでに目を覚ましていたらしいレオが俺の耳元で囁いた。
「お静かに」
緊張からか、レオの全身に力が入っている。俺は無言のまま、小さく頷き返した。
目だけを動かして周囲を警戒するレオ。現在進行系で何かよくないことが起きている……?
まさかレオの兄ちゃんが戻ってきたとか……。思わずゾクッとして、レオの逞しい胸にしがみついた。レオは俺を安心させる為か、俺のこめかみに頬をぎゅっと押し当てる。……うは、好き。
レオの腕の中という世界一安心できる場所をしっかり確保した上で、改めて周囲の状況を確認してみた。
焚き火の炎は若干小さくはなっているものの、まだ十分に明るい。パッと見たところ鬱蒼と生い茂る木々があるだけで、怪しい物は見当たらない。
細長いあの生き物を想像させるシューシューという音は、どうやら焚き火を挟んだ向こう側――森の奥に広がる闇の中から響いてきているようだ。
目を凝らして見ている内に、目が慣れ始める。火の粉だと思っていた無数の小さな赤い点は、火の粉じゃなかった。地面に近い位置に芝生のように広がっている。なんか鎌首をもたげているような……。
「レ、レオ……あれ……!」
「はい。魔物に囲まれております」
低い声で唸るように答えたレオが、眉根を寄せながら周囲をぐるりと見渡した。
「あれは恐らくは蛇の魔物ですね。あの大きさからいって小物だとは思いますが、かなりの数がおります。少々厄介な状況かと」
「え、厄介って……大丈夫なのか!?」
不安がる俺に、レオが慌てた様子で伝えてくる。
「勿論、ハヤトにお怪我はないように致します! あ! そうですね、ハヤトには焚き火の近くにいていただき、私が森の中に行けば――」
レオがさもいい考えだとばかりに表情を輝かせたので、「ちょっと待て」とレオの鼻を摘んだ。レオが目をぱちくりさせる。
「ふぁ、ふぁやと……!?」
「なーに自分だけやろうとしてるんだよ」
「で、でふがわらひはっ」
いまいちレオが何を言っているのかわからないので、鼻から手を離した。上目遣いでレオを睨む。
「あのさ」
「はい」
レオが姿勢を正した。
「未だに教えてもらってないけどさ、レオはアルファとオメガがどうやったら魔物を浄化できるのか、やり方を知ってるんだろ? だったらさ、ここで試してみたらいいじゃないか。俺とレオがいればできるんだから」
「……!」
すると何故か、レオの滑らかな肌が一瞬で赤くなる。ん?
「……知ってるんだよな?」
訝しげに問いかけると、レオが赤い顔のまま仕方なさそうにコクンと頷いた。
「その……ですね」
「うん」
「以前ご説明致しました通り、聖なる力を持つ者が光の力を取り込むことで、邪の力を退けることが可能となります。つまりですね、召喚した聖女をアルファが後宮に捕らえることには浄化の意味もございまして、その……」
レオは益々真っ赤になっていっている。……後宮。光の力を取り込む。
レオが力いっぱい言った。
「――つまりですね! アルファの体液をオメガの体内に注ぐことでオメガの体内で聖なる力と混ざり合い、浄化の光を放つのです!」
「体液」
「そっ、そうです! そういうことです!」
自棄っぱち気味にコクコクと頷き続けるレオ。
「あ……っ、そういうこと、ね」
俺もようやく意味を察した。そりゃあこれまで言えなかった筈だ。そもそも俺は男だから本来は受け入れ側じゃない上に、「後宮に入れられたらそっち側だから」なんて何も知らない時に言われていたら、まず間違いなく逃げようとしていただろうし。
「……でもさ、実際問題、回りを囲まれてるしなあ……。俺はその、そういった経験ないんだよな。……レオはある?」
「めっ、滅相もない! 私は任務を遂行する為に日々鍛錬をですねっ」
「わかった。わかったから落ち着いて」
レオはフー、フー、と肩で息をしている。こんなに取り乱しているレオは初めて見たかもしれない。色々と言いたいことはあるけど、まずは今の状況をなんとかしないとどうしようもない。
「ええとさ、レオ」
「はい!」
さっきまで潜めていた声はどこにいった。
「さすがにいきなり……は無理があると思うんだよ。お互い未経験者なら余計に」
「はっ、はい!」
レオの顔は燃えてるんじゃないかってくらい赤い。もしかしたら俺の顔もそうかもしれないけど。
「だからさ、もっと簡単に浄化できる別の方法を知らない?」
「別の……」
レオはしばらく考えるように黙り込んでいたけど、思い当たることがあったんだろう。突然ガッと俺の両肩を掴むと、まるで怒ってるようにも見える顔を近付けてきた。
「ございます」
「あ、はい……っ」
「その、あの……っ」
「う、うん」
「――お許し下さい!」
「へ――」
次の瞬間、俺の唇がレオの口によって塞がれる。さっきまでの触れるだけのキスと違うのは、レオが顔を斜めにして上から覆い被さってきて、俺に口を開けと合図を送ってきていることだ。
な、何!? と驚きながらも口をうっすらと開けると、俺の中にどう考えてもレオのものだろうと思われるつ……唾を注がれ始めたじゃないか! えっ!? あっ、そういうこと!?
目を白黒させながら固まっていると、やがて真っ赤なレオの顔が離れていった。俺はというと、ふぐみたいに頬を膨らませた状態になっている。ど、どうすればいいのこれ!? とパニック状態になりながら目でレオに助けを求めると、レオは自分の唇の端を男前な様子で指でグイッと拭った後、言った。
「大変恐縮ではございますが、飲み込んでいただけますでしょうか」
「……!」
やっぱりそういうことかー! 恥ずかしさのあまり鼻息が荒くなってきたら、ちょっと口から溢れそうになった。わっ、こぼしちゃ駄目だ! だ、だけど、え、えええっ、飲むの!? マジで!?
レオは俺に覚悟を決めさせる為か、じっと見つめながら深く頷く。
「お恥ずかしいのは重々承知しておりますが、何卒」
「――ッ!」
――ええい、ままよ! 俺はギュッと瞼を閉じると、ゴキュン! と音を立てて一気に嚥下した!
次の瞬間、俺の身体が白く発光し始める。
「わっ、うわっ」
「これが浄化の光……!」
レオは奇跡を見るような眼差しで俺を見つめてきた。自分の身体の変化にビビりまくった俺は、レオに縋り付く。
「レ、レオ……っ」
レオは俺を抱き締めると、耳元ではっきりと言ってくれた。
「大丈夫です、私がついております。絶対に離しませんから」
「……うん!」
段々と光は膨れ上がり、もうレオですら輪郭しかわからない。
「――魔物よ、消え失せるがいい!」
レオの言葉に反応したかのように、辺り一面が光一色に包まれた。
◇
光が収まった頃にゆっくり目を開けると、周囲には光の粒子がまだキラキラ舞ってはいたけど、目が潰れそうなほどの光は消え失せていた。
魅入られたような眼差しで空を見上げていたレオが、まだ少し呆けた顔を俺に向ける。
「まさかここまでの浄化の力とは思いませんでした……」
「お、俺も」
「私たちを囲んでいた魔物はきれいに消え去ったようですが、恐らくこの光は森の外まで届いてしまっているかと……」
「――え、それはヤバくない?」
「はい」
俺が言った次の瞬間、レオは近くに置いてあった荷物を背負い、俺の腰を掴んだまま勢いよく立ち上がった。すぐに手を恋人繋ぎに握られる。
「今すぐここから離れましょう」
「そ、そうだな!」
レオの兄ちゃんたちは次の町にとっくに着いている頃だろうからすぐに追いつかれることはないだろうけど、念には念をだ。
レオに先導されて木々の隙間を駆け足で通り抜ける。レオは少しだけ顔を覗かせると、辺りの様子を窺った。
「誰もいないようです。では行きましょうか」
「うん!」
安堵したような柔らかい笑顔を俺に向けて、数歩進んだ次の瞬間。
ドッ、という鈍い音が聞こえてきた。
「ぐ……っ!」
レオの血相が変わり、大きな身体がぐらりと揺れる。
「レオ、どうした!?」
レオの目線が下に落ちていく。何かがあるように見える、レオの腹部へ。
「こ、これは……っ」
「えっ!?」
苦しそうに震える手を、レオが自分の腹の中心に当てた。じわりと滲み出してきている赤黒い液体は――まさか。
「え……何これ」
レオのお腹からは、ある筈のない物が顔を覗かせていた。……これは矢尻だ。なんでそんなものが見えるんだ? え? ということは、まさかレオの身体を貫通して――?
「ゴフッ!」
「――レオ!」
咳き込んだレオの口の端から、鮮血が流れ出す。混乱のあまり焦りつつも、ぐらりと傾ぐレオの身体をとにかく全力で支えていると。
「ふふ……あはははっ」
森の影から、男の笑い声が響いてきた。
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