第十三話 ドラゴン狩り

 ヴェスタとフリーダ、そしてシドにレミファ。主人の名に従い、この4人の後を追って改めて戦闘態勢に入るワイバーン3体。


「行くぞ!」


 滞空するワイバーンの内1体に、まずはヴェスタが《雪兎ゆきうさぎ》の機能で接近。すかさず胴体へ斬撃を繰り出すが……


「ッ……硬い!」


 命中はしたものの、硬質な鱗にき止められる。


「グォォォォォ!!!」

「くっ……!」


 そして反撃の尻尾による一撃。二刀で受け止めはするが吹き飛ばされてしまう。


「噂通りですね……!」


 シドも試しに《千鳥ちどり》を連射するが、弾丸は簡単に弾かれてしまう。


「「「ガァァァァァ!!!」」」

「……!やば……」


 ワイバーン3体は横並びして炎のブレスでシドに反撃しようとするが……


「任せな!」


 口元の炎を見て、フリーダがシドの前に立ち、《雨四光あめしこう》……和傘を広げる。放たれたブレスは亜竜のそれのため一発一発は大した威力ではないが、3体分のブレスは螺旋を描くように集約され、巨大な炎の渦となって襲いかかる。しかし《雨四光あめしこう》はそれさえも遮り、両者共にダメージはなし。


「……そういう機能ですか?」

「いや、ちょっとした工夫だ」


 《雨四光あめしこう》は一般的な和傘と遜色そんしょくのない形状であり、傘の部分は本来の用途通り雨や紫外線はさえぎれるが、物理的には脆い。しかし面積は広いため、魔力で強化すれば、こういった物理的ではない攻撃を効率的に遮断できる一種の盾として使える。

 そしてこれはフリーダの申告通り、デバイスの機能ではなく、物体の形状を生かした魔力の応用技術である。


「グォォォォォ!!!」

「「ッ……!」」


 ワイバーンとて通じぬ攻撃を繰り返すほど愚かではない。ブレスは遮られると見て、今度は接近して尻尾で2人まとめて水平に薙ぎ払おうとするが……


「ニャアアアアアッッッ!!!」


 レミファが右腕の《冠花プロテア》を全力で強化しつつ、2人の目の前に駆けつけ、その尻尾へ迎撃。


「!?ガァァァァァ!!!」


 ワイバーンの尻尾を振る勢いも逆に生かしたこの攻撃はちゃんと通り、尻尾には深い斬り傷が刻まれた。


「流石のバカ力ですね……」

「『バカ』は余計だぞ!」

「じゃあ何で勝手に先走ったんだよ?」

「ごめん!」

「グォォォォォ!!!」


 そしてもう1体が、今度は自身の身体全体を強化しつつ、体当たりを仕掛ける。


「刃が通らないなら……!」


 吹き飛ばされたヴェスタが突撃するワイバーンの前に立ち塞がり、衝突の直前、二刀で目の前の何もない空間を四角く斬った。


「!!?ガッ……」


 すると、ヴェスタに衝突するよりも先に、その目の前の空間そのものに衝突した。もちろん、ヴェスタ始め全員に一切のダメージなしである。


「そんな使い方もあったの……?」

「今思いついた。フリーダの見て」

「…………」

「何でそんなドヤ顔してるんですかフリーダさん?」


 以前にも説明した通り、《雪兎ゆきうさぎ》は刀身が触れた空間を凍結させる。その凍結はごく短時間、ごく狭い範囲ではあるが、凍結した空間は何物も通さない絶対の障壁となる。

 ヴェスタは凍結空間を主に空中機動の『足場』のようなものとして活用しているが、このように一定の範囲を『斬る』ことで、単に触れた部分をその場で凍結させるよりも広い範囲を凍結させることができるのである。


「「「グルルルルル……」」」

「……やっぱめんどくせェな、ドラゴンってやつは」


 再び両軍が並び立って対峙する構図。


 ドラゴンが魔物の中でも特別に手強いとされる理由はこれまでの応酬で示された通り、実にシンプルである。

 まずはひたすらに『硬い』。ただでさえ硬質な鱗に覆われている上に、豊富な魔力にものを言わせて強化も上乗せするため、生半可な攻撃は意味を成さない。もちろん、この硬さは攻撃にも生かすことができる。一般的に戦いは質より量だが、ドラゴンが相手であればある程度話は変わってる。

 そしてひたすらに『大きく重く力強い』。巨躯きょくというのはそれだけでも大きな武器である。ただ尻尾を振る、体当たりを仕掛ける、それだけでも必殺の一撃として成立してしまう。これもまた魔力の強化が上乗せされるのだから尚更である。ワイバーンはドラゴンの中では小柄な部類だが、それでも一般的な人間の倍近い体高を有する。

 これらに加えてほとんどの種が何らかの『ブレス』……『吐息を魔力によって別のエネルギーに変換して放つ』能力を有し、ワイバーンの飛行能力といった種族ならではの強みもある。そのため、ドラゴンの全てが、『人類が単独討伐するのは困難なライン』と言われるBランク以上に位置付けられているのである。


「「「グォォォォ!!!」」」


 咆吼と共に、ワイバーン3体は同時に天井の方へ上昇する。そして不規則に飛び回り……


「!?くっ……」

「うわっ!」

「二ャッ!!?」


 ワイバーンが最も得意とする、高い飛行能力を生かしたヒットアンドアウェイ。それも攻撃のタイミングをそれぞれ少しずつずらしての波状攻撃で、4人に付け入る隙を与えない姿勢。


「くそッ……!」

「ニャアッ!」


 身のこなしが軽い上に、凍結空間の障壁もあるヴェスタ。そして単純に白兵戦に優れ、ドラゴンの防御力を突破できるだけのパワーも有するレミファ。この2人は上手く凌ぎつつ、時折反撃も加えられているが……


(これだけだだっ広い空間だと、磁力での移動が使いづらい……しかも接近してる時間が短いから、銃の威力が……)

(単にデバイスが戦いに向いてねェだけじゃねェな……)


 環境的にも、そして敵の性質的にも、機能が十分に生かせないシド。そして根本的な戦闘力がどうしても他のメンバーより一歩劣るフリーダ。この2人は防戦一方で、回避と防御も重ねているが、少しずつダメージが蓄積している状態である。


(((そろそろ決めるぞ……!)))


 ワイバーン3体は一旦波状攻撃を中断し、今度は4人を3方向から囲い込むように突撃し、同時攻撃を仕掛ける。


「レミファさん」

「うん!それを待ってたぞ!!」

「「え……?」」

「「「!!?」」」


 レミファは《冠花プロテア》の爪を地面に突き刺し、その機能を発動。今回は金属植物を離れたところではなく、ほぼその場で『咲かせた』。シドは『咲く』瞬間、《千鳥ちどり》の磁力によって金属植物の先端に貼り付いて、『咲く』勢いで上空へ。そしてレミファは2本のツルですぐさまヴェスタとフリーダをそれぞれ捕まえて上空へ逃がし、自身もすぐさま手甲を外してタイミング良く大きくジャンプ。


「「「!?ガ……ァッ!」」」


 結果、4人全員が回避に成功し、ワイバーン3体と金属植物はそれぞれ衝突。それだけでもかなりのダメージが入ったが……


「とっておき、使わせてもらいますよ……」


 上空から地上へ降り立つ間、シドは《千鳥ちどり》の二挺を合わせて魔力を込める。すると二挺は合体し、長大な銃に姿を変えた。

 シドは頭から落下しつつ、先ほどの衝突で怯み、頭部を負傷しているワイバーン1体に銃口を向け……


発射ヴィストレルッ!!!」

「!?ガアアアアアアア!!!!!」


 地面に落ちる直前にヘッドショット。その威力は凄まじく、ワイバーンの防御力を突破して頭部を貫いただけでなく、地面に着弾した際の爆風でシドの落下の勢いも殺され、結果的に無事着地。当然、頭を撃ち抜かれたワイバーンはそのまま息絶えた。


「「ガアアアアア!!!」」

「シド!こっちだぞ!」

「ありがとうございます」


 残りの2体が我に返り、シドに襲いかかるが、すでにその場を離れていたレミファが右腕を掲げ、手甲の再形成機能を発動。金属植物と手甲は一度バラバラに分解され、レミファの右腕に集約されていく中、シドが磁力で大きな金属片の1つに貼り付き、便乗する形でレミファのいるところへ退避した。


「くそッ、事前に打ち合わせとけよ……!」


 一方、《冠花プロテア》により上空に投げ飛ばされたヴェスタとフリーダ。《冠花プロテア》はレミファが手甲を外すと3秒しか制御を維持できないため、ツルで捕まえてではなく投げ飛ばす他なかったのである。

 ヴェスタについては周知の通り《雪兎ゆきうさぎ》があるため、着地は問題なくできる。


「よっと」


 フリーダは傘の部分を強化しつつ《雨四光あめしこう》を広げて、パラシュートのようにして落下の勢いを殺す。これも傘の形状を生かした魔力の応用と言える。


「お見事です」

「お前らもな」

(流石にシドとレミファは連携し慣れてるな……機能の相乗効果シナジーがあるだけじゃねェ。それに、レミファは普段は正直バカだが、戦いに関しちゃそうでもねェらしい……)

「しっかしシド、こんなすげェもんあるならさっさと出せよな」

「いや、アレは元々頭にダメージがあったからすんなり通っただけですし、それに……」

「……!?」


 シドは両腕をダランと前に垂らしながら、その場に崩れ落ちる。デバイスもそのまま手からこぼれて、まもなく消去された。


「発射するだけでもメチャクチャ魔力消耗しますし、反動もエグいんですよね……申し訳ないですけど、一抜けです」


 シドの先ほどの合体銃は、要は現実世界で言うところの電磁砲レールガンである。それぞれ片方の磁極しか操れない二挺を合体することで両方の磁極を操れるようにし、合体前より大きくなった弾丸を、電磁力による加速を乗せて撃ち出す。その威力は合体前の拳銃とは桁違いだが、腕周りを強化してもなおしばらくまともに銃が扱えなくなるほどの反動が生じる。


「良くやってくれたよ、シド、レミファ。あと、合体カッコよかったよ」

「ですよね?男のロマンですよね?」

「「おい」」


 普段からいまいち会話の弾まないヴェスタとシドがようやく共感できる部分を見出みいだせたが……


「「グルルル……!」」


 敵はまだ健在。


(ぶっちゃけシドの判断は戦略的に正解だな。元々頭数ではこっちが有利で、シドはデバイスがあまり生かせねェ状況。そんなシドと相手側1体との1:1交換。4:3が3:2になってわずかに有利に傾いた。そして安定して攻撃を通せるレミファが健在。悪くねェ)

「ヴェスタ!アタシはブレスをどうにかすっから、それ以外はお前で防げ!レミファは攻めに集中しろ!」

「了解!」

「うん、それが良さそうだね」


 4人はそれぞれの持ち味を生かし、少しずつ勝利に近づいていった。


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 一方、ソラとファフニールは……


「……?仕掛けてこねぇのか?」

「ククク……何も果たせぬままというのも報われまい。先手はうぬに譲ってつかわそう」

「後悔するぜ?そういう王様気取り」

「させてみせろ。できるものならな」

「……上等だ!」


 ソラは《金剛ハードネス・テン》……戦鎚を構え、早速仕掛ける。単純明快、魔力を込めての全力の殴打。


「……!!?」


 しかし……


「ククク……なかなか良い打ち込みだ。随分と皮膚に響いた。人間がこれだけの威力を生み出せるとは正直驚いたぞ」

「ッ……!」


 ファフニールは約束通り最初の一撃を甘んじて受けた後、前脚の爪を立ててソラを薙ぎ払った。重鈍そうな見た目に反して、ワイバーンの比にもならないほどの重く鋭く素早い一撃。辛うじて防御が間に合ったが、後方へ吹き飛ばされてしまう。


膂力りょりょくに加え、この反応。これは存外楽しめそうだな。ククク……」

「ドラゴンがかてぇのは当たり前だが、ちょっと桁が違うな……」

「我らは『守備』において真竜最強。人間如きに破ることなど敵わぬ」


 ファフニールは生まれた時点で鋼の鱗を生まれ持つ。この特徴が、ファフニールの圧倒的な守備力の高さと、そして変わった習性に繋がっている。

 いくら鋼の鱗とて経年で劣化する。もちろん、経年以外で破損することもある。繁殖の際にも無から有は生み出せない。そのため、ファフニールは金属を時折食するのだが、繁殖以外の目的の場合はあえて優先して自らの財宝を必要な分だけ食する。

 そうやってより価値の高いものを血肉とすること、ひいてはそれによって自らの価値を高めることを、ファフニールは何よりの喜びとしている。そういう価値観の生物なのである。実際、このファフニールもよく見ると、鱗の一部が金や銀になっていたりする。


「……さりとて命乞いなど今更認めぬ。うぬは人間にしてはできる。それを認めるからこそ、うぬは最期まで我を楽しませる義務がある」


 ファフニールは後脚に力を込め、ソラめがけて一気に飛び掛かる。


「いっ!?」


 ソラは横に跳んで避けるが、ファフニールはその牙でソラの背後にあった大岩を、まるでスコーンを割るかのように容易く噛み砕いてしまった。金属さえ喰らい、代謝できるのだから当然である。


「ちぃっ!」


 避けたソラへさらに尻尾での薙ぎ払いで追撃。それもソラは避けつつ、《金剛ハードネス・テン》で一撃を加える。


「ククク……反撃を絶やさぬのは感心だな。確かに我が玉体とて永久に不滅というわけではない。途方もない時をかければ砕くことも不可能ではなかろう。だが……!」

「ぐっ……!」


 ソラとファフニールの高速の打ち合い。ここでもソラは時折反撃を交えるが、最初に思いっきり叩いた際にもびくともしなかったのだから、これでダメージが通らないのは当然。


うぬのその脆き身体が、それまで保つかな?」

「ぐあああああッ!!!」


 ソラと違って、ファフニールは打ち合いになったとしても防御を意識する必要などない。打ち合いが長引くほど、どちらが優勢になるかは火を見るより明らかである。


「ぐぅっ……」

「ククク……ほぼ全身殴られてしまったな。少しでも脆い部分を探し当てようとしていたのだろうが……その諦めの悪さだけは褒めて遣わそう。だが、『相性が悪かった』な」


 ファフニールはそう言って、口元に魔力を集中させる。


「最期に真竜のブレスの威力、とくと味わうが良い……!」


 吹き飛ばされたことである程度距離があるものの、ダメージが蓄積し、フラフラと立つソラへ、ファフニールは大火球のブレスを放った。

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