成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~
@Lucifer777
第1話 世界(ザ・ワールド)が死んだ日
クーソー・ジョボ太郎にドリップ・ディオが倒された日。
コンピュータ専門学校を卒業間近で中退した。親の金で行かせてもらった学校だった。担任からの電話も無視し、俺は自ら社会とのレールを外れた。
親は無駄金をドブに捨てたと嘆いただろう。俺は正真正銘の親不孝者だ。
神谷圭佑、28歳。製氷工場で働く傍ら、底辺動画投稿者として燻っている。
かつては引きこもりだった。
社会復帰への道は、想像以上に険しかった。
工場の検品作業では計算ミスを怒鳴られ、派遣の現場では童顔のせいで高校生と間違われ、誰とも馴染めず一週間で辞めた。
ヨットハーバーの仕事では、オーナーの奥さんが出してくれるケーキは
美味かったが、俺の不注意で子供を泣かせてしまい、居場所を失った。
なけなしの給料で妹に携帯ゲーム機を買ってやったのが、唯一の救いだった。
そして、最後に流れ着いたのが、この製氷工場だった。
ガシャン、ガシャン、と単調な機械音が響く。
ラインから流れてくる氷袋が詰まった箱を、俺は寸分の狂いなく
パレットに積み上げていく。頭を空っぽにしてできる、単純作業。
その時、けたたましいブザー音が工場内に鳴り響いた。
俺は即座に駆け寄る。ライン上で氷袋が破裂し、純白の結晶がフロアに散らばっていた。ほうきとチリトリを手に駆けつけた俺の横で、
分厚い製氷室の扉が開き、もわりと冷気が溢れ出す。
防寒着を着込んだ作業員が顔を出し、機械を覗き込んだ。
「あーあ。調子良かったのになあ」
その呟きに返事もせず、俺は黙々と氷を片付けた。
人手不足で即採用。物覚えの良さを買われ、ラインと製氷室を任されるようになった。機械と向き合う仕事は、コミュ障の俺には天職に思えた。気づけば三年が経ち、稼いだ金で機材を揃え、「K」という名で動画投稿を始めて二年が過ぎていた。
再生数は伸びず、アンチコメントすらない、空気のようなチャンネル。
それが俺の立ち位置だった。
いつか有名になりたい。そんな漠然とした夢を抱き、俺は動画投稿を始めた。
だが現実は、製氷工場と自宅を往復するだけの、色のない毎日だ。
自作の曲を「パクリだ」と炎上させられ、心がささくれ立っていた俺に、
少しだけ登録者が多い同業者から、DMが届いた。
「炎上して大変ですね。俺も経験あるので辛いですよね。良かったら
コラボしませんか? 話聞きますよ」。俺は、藁にもすがる思いで、それを承諾した。
それが地獄の始まりだった。
職場の更衣室。端のロッカーで先輩の田中が、スマホで俺のチャンネルを見ながら「自作曲炎上したのにまだやってんの?」と
粘つくような視線を向けてくる。彼のロッカーの内側には、地雷系アイドル『YORU』とのチェキ。「俺、YORUちゃんと繋がってんだぜ」と
自慢げに囁く彼を無視し、俺は二つ隣のロッカーで作業服に着替える。
休憩時、事務所の隅で事務員の女が冷たい目でこちらを観察していた。
職場はパートのおばちゃんばかりで華はないが、なぜか可愛がられ、昼休憩に訪れる保険営業の佐々木さんが、俺の唯一の癒やしだった。
「神谷さん、こんにちはっ」
休憩スペースの隅に座る俺に、スーツ姿の彼女はいつも笑顔で声をかけてくれる。黒髪のポニーテールが揺れるたび、ふわりと香るシャンプーの匂いが、汚れた作業服を着た自分をひどく惨めにさせた。
「良かったら保険入りませんか?」
「……遠慮しときます」
陰キャ全開の返事に、彼女は営業スマイルを崩さず「また来ますねっ」と言って去っていく。その眩しさから逃げるように俯くのが、俺の日課だった。
そんな日常に、亀裂が入る。
「佐々木さん、可愛いよな。最近彼氏と別れたらしいぞ」
先輩の田中が、俺の隣のロッカーを開けながらニヤニヤしている。彼のロッカーには地雷系アイドルYORUのチェキが貼ってあった。
「いきなり連絡先聞くのは、ハードル高いですって」
俺が顔を逸らすと、田中は豪快に俺の肩を叩いた。
「冗談だよ。――それより圭佑、明日休みだろ?
Kチャンネルの動画、撮るのか? 楽しみにしてるぜ」
心臓が凍りついた。下の名前で呼ばれる不快感と、
知られたくない聖域を暴かれた衝撃が同時に襲う。
「……なんで、知ってるんですか」
「そりゃお前、職場の人間がやってたら見るだろ」
彼は悪びれもせず笑い、長靴の音を鳴らして現場へ戻っていく。やりづらい。
自分の世界に、土足で踏み込まれた気分だった。
その週末、事件は起きた。
俺がフリーゲーム実況のオープニングに使った、なけなしのプライドである
自作曲。それが悪意ある第三者によって別の動画サイトに無断転載されたのだ。
カッとなった俺は「俺の曲です。削除してください」とコメントしてしまう。
そのスクリーンショットが「作者、降臨して発狂w」
というタイトルで拡散され、瞬く間に炎上した。
『消しても増えますw』
『ざまあw』
『曲も動画もつまんねえw』
弾幕のように流れる誹謗中傷。スマホを開くたび、無数のナイフが突き刺さるようだった。俺のチャンネルにもアンチが押し寄せ、コメント欄は地獄と化した。
心が折れ、動画を更新できずにいると、同業者の今宮という男から
SNSにDMが届いた。
『炎上大変ですね。ダンマリは良くないですよ? 良ければコラボしませんか?』
この地獄から抜け出せるなら、悪魔にだって魂を売る。そんな思いで、俺はその誘いに乗ってしまった。
休日、自暴自棄になった俺は、注目を集めようと「自宅紹介動画」を投稿した。親がいない隙を狙って撮ったその動画に、テレビ台に置かれた『〇〇宿舎』と書かれた入居資料が一瞬映り込んでいることに、気づく余裕はなかった。
今宮とのコラボ配信で、俺は道化にされた。
「アンチに特定されるものが映ってますよ?」
正義を気取る今宮に、俺の自宅紹介動画を晒し上げられる。追い詰められた俺は、訳もわからず口走っていた。
「特定されても、うちは笑顔で返しますよ」
最悪の失言だった。コラボ後、今宮は
俺を肴にアンチコメントを拾って笑いものにしていた。
匿名掲示板では、俺の自宅が特定されるまで時間はかからなかった。『〇〇宿舎』という情報と、去年の夏に投稿した宿舎の踊り場から撮った花火大会の動画。
二つの情報から、部屋番号まで完璧に割り出されていた。
地獄は、そこから始まった。
土曜のコラボ配信で、俺は完全に「道化」にされた。アンチコメントを拾って笑う配信者。追い詰められた俺は、虚勢を張ってこう言ってしまう。
「アンチ? うちは『笑顔』で返すのがモットーなんで」。
この不用意な一言が、地獄の釜の蓋を開けた。
週末、家族で外出した隙に、アンチが家に不法侵入し、その様子を生配信した。
冷蔵庫の中身、庭に干した洗濯物、仏間の祖父母の遺影まで
リアルタイムで掲示板に晒された。帰り際、父のスマホに警察から電話がかかり、
父は車を道路脇に停めた。視聴者からの通報で、帰宅した俺たちを待っていたのは、赤色灯を回すパトカーだった。リビングで、刑事から被害届の作成を求められる。
父は、感情を殺した顔で、それにサインした。刑事が、ぽつりと漏らす。
「…まあ、一番悪いのはやった奴ですが、息子さんにも、
何か原因があったんじゃないですか?」
その言葉が、父の心の最後の壁を破壊した。
その翌日から、地獄が日常になった。毎朝、パトカーが家の前に迎えに来て、
俺は一日中、警察署で事情聴取を受ける。昼食は、刑事に付き添われ、
パトカーでコンビニに行き、パンとジュースを買い食いするだけ。
会社には「事情聴取で休みます」と、震える声で電話を入れた。
そんな日々が、一週間続いた。
父は「ご近所には謝りに行くぞ」と、俺を連れて頭を下げて回った。
近所のおばあさんが「うちのポストに、こんなものが…」と、
俺を中傷する葉書を気まずそうに持ってくる。
別のおばあさんは「あんたのせいかねぇ。最近、
夜中に変な無言電話がかかってきて、怖くて電話に出られないんだよ…」と
涙ぐんだ。昨日まで同情してくれていたおじさんは、
「おい、お前のせいか! うちにも変な宗教の勧誘が毎日来るようになったぞ!」と、血相を変えて怒鳴り込んできた。
地獄のような年末が過ぎ、年が明けた。元旦。俺たち家族は、
重苦しい沈黙の中でおせちを囲んでいた。その静寂を破ったのは、
郵便受けに投函された、数枚の「年賀状」だった。差出人の名前はない。
『あけましておめでとう! 今年もKスケの炎上、楽しみにしてるぜ!』
『おい!家族!息子がネットで大暴れしてやんよw』。
これを見た母は、声もなく泣き崩れた。
正月休みが明け、俺は、鉛のように重い体を引きずって職場へと向かった。
事務所に入ると、同僚たちの視線が、針のように突き刺さる。
ロッカー室で、田中がニヤニヤしながら近づいてきた。「よう、圭佑。
有名人は大変だなあ? うちの親戚にも、お前のこと中傷する葉書、
届いたらしいぜ?」
その顔は、明らかに俺の不幸を愉しんでいた。
夏。俺の元に、一枚の「暑中見舞い」が届いた。
卑猥な水着アイドルの写真に、祖母の遺影の顔がコラージュされた、
あの悪夢のような画像だった。
ボロボロの俺は、最後の救いを求め、出会い系アプリで『かりん』と出会った。
時を同じくして、SNSのDMでは古参ファンの『リナちゃん』だけが、
俺を励まし続けてくれた。だが、『かりん』は、俺を待ち合わせ場所で放置し、
その惨めな姿をネットに晒した、悪質な釣りアカウントだった。
そのことを教えてくれたのは、『リナちゃん』だった。
俺の中で、彼女は唯一の女神になった。
そして、全てを終わらせる最後の一撃が、届いた。
リビングのテーブルの上に、一通の封筒。中身は、『かりん』と交わした、
みっともないDMの、全てのスクリーンショットだった。
母は、これを見てしまったのだ。
「圭佑……これ、本当なの?」
母の声は震えていた。俺を責める響きはない。
ただ、深い、深い、悲しみだけがあった。
「馬鹿息子で悪かったな!」
自暴自棄に叫び、俺は二階に駆け上がった。
その日、俺の世界は、完全に死んだ。
神谷圭佑という一人の人間が持つ、尊厳の、完全なる死だった。
憎悪。屈辱。絶望。
だが、その、どす黒い感情の底で、一つの、冷たい決意が生まれていた。
――俺の人生のすべてを懸けて、必ず、見つけ出し。
この手で、地獄の底に、引きずり下ろしてやる。
夜23時、インターホンが鳴った。モニターにはフードを目深にかぶった男。
「Kさんに会いに来ました」。父が応対し、なんとか追い返してくれた。翌朝、ポストに投函されていたのは、くしゃくしゃのティッシュに包まれた
カッターナイフの替刃と、『明日メッタ刺しにしてやんよw』という
殺害予告だった。
ネットの中の悪意は、現実の脅威へと姿を変えた。
「親に虐待されている」という虚偽のメール通報で警察が来た。
ノートパソコンと父の携帯が調べられ、家族にまで疑いの目が向けられた。
深夜には宿舎の火災報知器が鳴り響き、消防車が出動する騒ぎになった。
消防隊員が調べた結果、原因は外部の火災警報器を鳴らされたアンチの悪戯だった。
そして、ゴールデンウィークを目前に控えたある日。
二人の刑事が、うちの玄関のドアを叩いた。
「神谷圭佑さんですね? 市役所の掲示板に、
あなたの名前で爆破予告がありました。書き込みは、
あなたの自宅のパソコンからです。署までご同行を」
刑事が突きつけたコピー用紙には、高性能爆弾を仕掛けたという物騒な文章と、
動かぬ証拠であるうちのIPアドレスが記されていた。
「ご同行願います」
冷たい金属の感触が、俺の手首に巻き付く。
どうなってんだ?
パトカーに押し込まれる直前、玄関先で呆然と立ち尽くす母の姿が見えた。
遠巻きに俺を見る宿舎の住民たちの視線が、好奇と軽蔑の色を帯びて突き刺さる。 俺の人生は、ここで終わった。
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