第10話:孤独


天上の朝の空気は爽やかで、ほのかに甘い花の香りが漂っている。


ここの生活は、透き通っていてまるで夢の中にいるような幸福感で満ちていた。


朝、柔らかな光が天上の広々とした部屋に降り注ぐと、私はあやかしたちと一緒にお布団を干す。


「はたくんだゾ~!」


「はたくジョー!」


「あっ、ダメよ落ちちゃう」


モルンとマルンは身体を浮かせながら布団の上をぴょんぴょんと飛び回る。


このあやかしたちは遊ぶのが大好きなまだ子どもだ。


それから天上に咲いているお花や植物に水をあげる。


「ここの花は枯れないから水はあげなくていいんだジョー」


「そうそう、ここの妖力で保たれてるから問題ないんだゾー」


「そうなの?でも……お水飲みたいんじゃないかしら。モルンとマルンだって妖力が必要でしょ?」


モルンとマルンはお互いに顔を見合わせる。


「確かにそうかもしれないんだゾ!」


「美鈴の考え方はすごいジョ!」


ふたりのあやかしはここにある自然が力が補っている。


疲れたら木々に横たわり、妖力を分けてもらうらしい。


あやかしや神々が住まうこの世界には、現実ではありえないような生き物や植物が生息している。


空を飛ぶ光の蝶や、ささやきながら風に揺れる色鮮やかな花々、透明な水面を覗き込むと、虹色の光が反射する湖。

ここでの生活は時間という概念を忘れるほどに幸せを感じるものだった。


布団を干し終えた後は食事の準備だ。

新鮮な食材をとってきて調理場で調理をする。


美しい果実や香り高い野菜を使い、手際よく料理を進めると、あやかしたちも興味津々で私の周りに集まり、その手際を見守りながら、時折手伝いもしてくれた。


テーブルの上には色とりどりの料理が広がる。


「いただきます」


その日も、私は広間の片隅にある小さな卓に、ひとりで膝をついていた。


雷神様は、食事をとらない。


あやかしたちも、同じでほとんどが香りを楽しむだけで、私のご飯には手をつけない。


ひとりで食事をするのがちょっと寂しかったりもする。


湯気の立つ味噌汁の香りが、鼻先をくすぐる。


煮物は少し甘めで、地上にいた頃よりも野菜の味が強く出ていた。


美味しい……。


すると、ふと、視線を感じた。


顔を上げると、そこにいたのは雷神様だった。

柱の陰にたたずむようにして、こちらを見ていた。


「おはようございます」


「食事か?」


「はい」


その目が、じっとこちらをとらえている。


雷神様はこちらにやってきた。


「人間は……そうやって、食をとるのか」


「え、ええ……そうですね。いただきますって言って、感謝して、それから……食べます」


ライエン様は、私の手元の茶碗をじっと見つめていた。


「ふぅん?」


興味があるのか、ないのか、雷神様はこちらに視線を向ける。


「……あの……よろしければ、一口食べてみませんか……?」


私は、ご飯をひと口分、小さな器に移して差し出した。


食べないとは言っていたけれど、食べれないわけではなさそうだし……。


しばしの沈黙。

雷神様はじっと見つめていたが……やがて、それを手に取った。


そして、ひと口。

口に入れて、しばらく噛んで……そのまま、しずかに飲みこんだ。


「……いかがですか?」


その問いに、雷神様はしばらく黙っていたが、やがて、ぽつりとひと言。


「……よく、わからん。」


私は、くすっと笑った。


そうよね。

でも、うれしかった。


興味を持ってくれたことが。

私が笑っていると、雷神様は言う。


「嬉しそうだな」


「……はい。私、家族みんなでご飯を食べることが夢なんです。楽しい話をして笑ってそして美味しいごはんを美味しいねって食べる。そんな瞬間が幸せだなって思うんです」


お母様がまだ生きていた頃はそれが出来ていた。


でも今はもう……しばらくそういう幸せを経験していなかった。


誰とも目を合わせずに食べる食事は美味しいものでも味がしない。


「……そういうものなのか。よくわからんな。何をするにもひとりの方が楽に決まってる」


「私はさっき、雷神様が食べてくれた時も嬉しかったです」


「ふん……」


雷神様はそれだけ言うと、立ち上がってどこかに行ってしまった。


気を悪くさせてしまったかな……。


この方もずっとひとりで生きてきたのだものね。


この天界での生活。

いるのはあやかしふたりだけで雷神様の方から話をしているのもあまり見たことがない。

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