ユニークスキル【ランダムセーブ】を持つ俺は、この能力で…

αβーアルファベーター

第1章 死に戻り地獄の序章

第1話 幾度の死







◇◆◇


熱い。

それが、最初の感覚だった。

炎の色が赤じゃない。もっと、こう紫に近い。

狂ったように揺らめく業火の向こう側、誰かが笑っていた。


「おい、タタル。死ぬって、どんな感じだ?」


 焼けただれた顔で、誰かが話しかけてきた。

それは……さっきまで俺の隣にいた、少年だったはずだ。

生き残った子どもを逃がすために、俺が時間を稼いだ――はずだった。


 でも今、目の前で燃えているのは、助けたはずの子供たちの村だ。


「なんで、こんな……」


 喉が、声を出すたび裂ける。

煙と炎が混ざった空気が肺を焼く。生きたまま、内臓が焼ける。


「ぎ……ぁ、っ、あ、あぁああああっ!!」


 逃げようと足を動かしても、身体は柱に縛られていた。

鎖ではない。今や溶けた鉄だ。誰が、いつ――いや、そんなのどうでもいい。


 視界が歪む。喉が潰れ、呼吸すらもできなくなったその時。


 カチ。


 どこかで、乾いた音が鳴った。世界がねじれる。視界が反転する。


 ロード音。


 ──俺の、クソみたいなスキルが発動した。


 次に目を開けたとき、俺は氷の中にいた。


 ……ああ、知ってる。この死に方も。


 肺が凍り、血液が循環しない。手足の感覚がなくなるより先に、

頭がバキバキと割れるように痛む。脳が先に死ぬんだ、この死に方は。


「また……かよ……!」


 目の前に広がるのは、王都・エリュシオン陥落の五日前。


 俺はこの時、初心者気分でモンスターを狩っていた。まだあの時は、

人を信じていた。裏切りも知らなかった。希望だって、少しは……あった。


「クッ……くくっ……」


 笑い声が漏れる。嗚咽と笑いの境界が曖昧になる。

頭が狂いそうだ。いや、もう狂ってるのか?


 だって、何度目だ?


 たぶん二十回とか三十回じゃない。百は軽く超えている。

 何回殺された? 何回自分の死を見た?

 裏切られて、首を落とされて、焼かれて、

内臓を抉られて、凍らされて、崖から突き落とされて――


『ユニークスキル【ランダムセーブ】が発動しました』


 はいはい、クソスキルです。

 死ぬたびにどこかにロードされる。過去か未来かすらランダム。

セーブ地点も完全に自動。


 おまけに、他人にはこのスキルの存在すら認識されない。


 だから、誰も助けてくれない。誰も信じてくれない。

俺が、何度も死んで世界をやり直してるなんて、理解できるわけがない。


 ……それでも、忘れられない。

 焼かれて死んだ時の感触。

 首を刎ねられた時の冷たい鉄の感触。

 目の前で、助けたはずの子どもが笑っていたあの絶望。


 それらが全部、脳に刻まれている。

 それが、俺の唯一の財産で、呪いだ。


「四宮タタル……」


 自分の名前を呟いてみる。声は掠れて、氷に吸われるように消えた。


 ──まだ、覚えてる。

 でも、次の死では忘れてるかもしれない。

 記憶は保持される。でも精神は? 肉体は? 人格は?

 ……どれも、削られていく。


 どれが最初の死だったかも、もう思い出せない。

 たぶん、この世界に来て最初の一週間で五回は死んだ。


 あの時、俺は思ったんだ。


 「次こそはうまくやろう」

「この情報を活かせば、誰かを助けられる」「同じ失敗は繰り返さない」――


 でも、セーブ地点が未来に飛ぶせいで、それすら無意味になった。

 助けたはずの人が、すでに死んでいる世界。

 救ったはずの村が、焼け落ちた後の世界。

 絶望のやり直しだけが、繰り返される。


「……それでも、俺は……」


 何かを言いかけたが、もう氷が心臓を止めようとしていた。

 意識が薄れる。死が迫る。


 でも――


 次もある。


 このスキルがある限り、俺は何度でも死ねる。

 死んで、殺されて、苦しんで、もがいて、それでも立ち上がる。


 このクソみたいな運命に、俺は、まだ屈してない。


◇◆◇


「俺の物語は、ここからだ。数十回死んで、やっと始まる。

 いや、数百回かもしれない。それでも……俺は生きる。死んででも、生きる」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る