紅葉舞う 香にまぎれて 身を隠す 誰の視線も 煙に溶けよ 5

紅葉賀の夜宴がようやくお開きになり、宮廷の華やかな喧騒を後にし、私は右近と共に牛車に揺られていた

肩を落として、脱力したように椅子に深く座って、背を預ける

月の光がちらちらと車帘の隙間から差し込む

牛車の軋む音と、牛飼いの静かな掛け声が、夜の静けさに溶け合う


今日は色々あった

藤壺の懐妊や弘徽殿の女御…これは原作通りだけど…

ちょっとした火事騒ぎに、頭中将、それに…謎の貴人


私は扇を手に持ち見つめた


綺麗な和紙に、墨で雅やかに書かれた字

月光に照らされ、流麗な字がまるで生き物のように揺れている

読めないし、何が書いてあるのか、さっぱりわからない

わからないけど…


「右近、この和歌、どういう意味?」


私は扇を右近に差し出して尋ねた


彼女は扇を受け取り、月光に翳して静かに扇を眺めた

右近の穏やかな顔に、ほのかな笑みが浮かび、ゆっくりと口を開いた


「夕顔様、この和歌はこう申しております


『月影に 香の煙の 立ちのぼる

そなたの姿 心惑わす』


この歌は、夕顔様が香を焚く姿を、月光に浮かぶ煙にたとえて、その美しさに心を惹かれたと詠んだもの」


そう…なんだ…


右近の解説を聞きながら、私は扇を手に取り直した


「ありがとう、右近…

この貴人、誰だったのかしら?」


右近はくすっと笑い、微笑んだ


「名は存じませぬが、宴の片隅で夕顔様の香を愛でていた、穏やかなお方そうに思えました」


穏やかなお方…

一体誰?


原作、「紅葉賀」の時点で、夕顔は物の怪によって殺されている

だから、私に直接関わって来る人物は限られるわけで

その中で、中将のような過去の因縁が絡んで来る人物なら、まあまだわかる

けど、中将は別に存在していた

後他に、夕顔と関りがある人物なんて…


もしかしてこれも、私が選択した物語の中での…人物なんだろうか?

だとしたら…変な人物じゃなきゃいいけど…


私は橘の君を思い浮かべ、目を細めて小さくため息を吐いた


「そうですか」


右近は目を細めるようにして私を見ると、柔らかく答えた


「貴人の方が気になりますか?」


「え?」


右近のその言葉に、思わず私は彼女を見つめた

彼女は無垢な笑みを浮かべ、まるで素敵な秘密を共有するように続ける


「夕顔様があの貴人に返した紅葉の葉…

赤く染まるその葉は、お相手や自身の気持ちを写すもの

夕顔様のお心そのものを貴人の方に伝えたものと、私は思えたので…

貴人の方を、夕顔様は気に入ったのではと、私思いました」


赤く染まった紅葉って、そんな意味も含んでいるの…?

そこまでは…わからなかった

そっか…そうなんだ


紅葉の葉を渡したのは、恋の誘いを避ける為でもあり、和歌のやり取りを断る為でもあり、避ける為…だったけど、より誤解を生みかねない返答になってしまった…


私は微笑を貼りつけた


「右近、それは誤解よ

あの紅葉の葉は、ただ宴の風雅に寄せただけ」


右近は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく笑った


「ふふ

夕顔様のお心、私にはよくわかります

私はただ、夕顔様をお守りするのみ」


そう言うと右近は笑顔


いや…

本当にわかってる…?


私は小さなため息を吐いて、目を細めて右近を見た


まあ、いいか…


疑問を残しつつも、私は扇をそっと袿の袖にしまい、月光に照らされた道を進む牛車の音を聞きながら、揺れに身を任せた


今日は色々な事があって疲れた

帰ってゆっくり寝よう…

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