未来変え 悩む心も 香とともに 希望の花を 咲かせんとす 4

春の終わり、二条院の奥にある香の間

藤の花は散り始め、風は夏の気配を運び始めている

障子越しに差し込む柔らかな陽射しが、畳の上に淡い模様を描いている


香材が並ぶ机の前に、紫の上がそっと座る

その姿は、まだ幼さを残しながらも、どこか凛とした気配を纏っていた


「今日は…私が香を調合してみても、よろしいでしょうか?」


私は微笑みながら頷いた


「もちろん

若紫様の心が映る香りを、私も感じてみたいです」


紫の上は香材にそっと指先を伸ばす

龍脳と甘松を一つ、甲香を少し


「白檀の香りを…加えたいです

春の野辺の風景のような…」


私は静かに見守る


紫の上は白檀を加え、梅花と沈香をほんの少し加え、麝香と丁子を迷いながらも選んだ


「清らかで控えめな、気品ある香りにしたいのです

完璧ではなくて、私らしく」


香炉に火が入り、煙が立ち上る

その香りは、清涼感があり、繊細でフローラルな甘さのある、けれど芯のある香り


これ…


「菫が咲いているような…香りですね」


紫の上は香炉を見つめながら、ぽつりとこぼした


「庭先に咲く菫は、桜や、藤のように…雄大な花ではないかもしれません

されども

人知れず咲く、その可憐で控えめな姿と、小さいながらも地に根を張り逞しく生きる野草の姿に、心惹かれるのでございます

私は、私でいたいと…」


「そうですか」


私はそっと彼女の手に触れた


「若紫様のその香と、志は

あなたの道を照らします」


紫の上は静かに微笑んだ

その笑顔は、菫の花のように可憐で控えめだったけど

でも確かな決意を感じるものだった


香炉の煙がゆるやかに揺れ、障子の隙間から差し込む光に溶けていく

その香りは静かに、けれど確かに、未来を照らしていた



夜の帳が静かに降り、二条院から帰宅した我が家の庭は、月の光に照らされている

私は几帳の陰でひとり、香材を前に座っていた

穏やかな夏の気配がする空気が庭を包み、月の光が香材の器に淡く反射している


香炉に火を入れ、白檀と沈香を重ねる

そこに藤の花の末をひとつ

そして最後に選んだのは、薄荷

清涼で、少しだけ鋭い香り


「これは…私の香り」


誰かのために整えた香ではない

源氏の理想に応えるためでも、物語の筋を守るためでもない

私が今、ここで感じている心を映した香


その香りは、静かに空気に溶けていく


私は、未来を知っている

けれど、それに縛られる必要はない

誰かの理想のために生きるのではなく、自分の選んだ道を歩いていく


紫の上が自分の香を焚いたように

私もまた、自分の香を焚いて生きていく


香の煙の向こうに、まだ見ぬ未来が広がっている

それは、私自身が選び取る未来

誰かの物語ではなく、私の物語


香の煙は、夜空に溶けるようにゆるやかに立ち上り、私の選んだ未来を静かに照らす

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