第16話 伸びる魔の手

 データ流出事件から数日。


 いまだその犯人は見つかっていなかった。

 スタジオ内には重苦しい空気が漂っていたが、それでも前に進むしかない、と折原は奮起してみんなに声をかける。


「よし、ゆらの絵コンテと真琴のキャラクターデザインが、ついに完成したし、張り切って実制作に進んでいこう!」


「はい!」


 3人の顔が明るくなった。


 早速折原が電話をかける。


「もしもし、山田さん?折原です。先日軽くご相談していた原画の件ですが——」


 しかし、電話の向こうの原画マン、山田の反応は冷たかった。


「あー、折原くん。悪いけど、別件入ってしまって埋まっちゃったんだ」


「でも先週は空いてるって——」

「急に大きめの仕事が入ってね。ごめん」


 電話が切れた。


 次の電話。その次も。

 10人連続で同じ反応だった。


 祈るように、折原が新人だったころから、一番長い付き合いの原画マン・佐藤に電話をかける。


「佐藤さん、お願いします!1カットでもいいんです!」


 電話の向こうで、長い沈黙。


「……すまない、折原君」


 佐藤の声が震えていた。


「俺はこの仕事を続けたいんだ……」


 その一言で、折原は全てを理解した。


(多分……青山の仕業だ……)


 受話器を置く手が震えた。


   * * *


 翌日。


 真琴が自分の机で青ざめていた。


「ない……ない!」


 必死に机の上を探る。引き出しも全て開ける。


「どうしたの!?」


 ゆらとこよりが駆け寄る。


「テスト原画が……見せ場シーンのラフ原画が無くなったんや」


 折原も慌ててパソコンを確認する。


「データも……サーバーから削除されてる」


 真琴が泣き崩れた。


「なんでや…あんなに一生懸命描いたのに……」


 震える声で続ける。


「初めて作った原画やったのに……」


 涙が止まらない。

  真琴が心を込めて描いた、最初の作品。

 それが跡形もなく消えていた。


 折原は周囲を見回した。


 スタジオの他のスタッフたちは、いつも通り作業を続けている。

 誰一人、不審な様子を見せる者はいない。


(敵が……内側にもいるのか?)


 背筋に冷たいものが走った。


 突然、電話が鳴る。

 折原が受話器を取った。


「はい、ノースブリッジです」


「あの、背景スタジオの田中です。申し訳ございません」


 やっと見つけた背景スタジオからだった。


「急に大手の仕事が入りまして……」

 

 続けて別の電話。撮影スタジオからだった。


「実は社長から予算的な折り合いがつかないと言われまして……」


 明らかに不自然な偶然の重なり。


「直接行こう」


 折原が立ち上がる。話せば、会えば、こちらの誠意も伝わるはずだ!



 ***

 折原の願いは全く意味をなさなかった。


 4人で撮影スタジオを訪ねるが、誰もが申し訳なさそうな顔をするだけの対応。

 先方の社長は顔も出してくれない。

 

 長年の担当である栗本がこそっと折原に耳打ちした。


「折原さん、あんた良い人だから言うけど……」


 周りを確認してから小声で続ける。


「大手に逆らっちゃダメだよ。特に今回は」


 それ以上は何も言わなかった。


   * * *


 とぼとぼと歩く4人。

 新宿の街に出ると、大型ビジョンに人だかりができていた。


『第1回ネオアニメーションコンペティション特別記者会見』


 画面に青山の顔が大写しになる。


「本日、我々のプロジェクトに素晴らしい仲間が加わりました」


 カメラが引くと、そこには神崎涼とLuna☆Voiceの3人。


「この方々です!」


 青山が腕を広げる。そこには、業界人だけではなく今や一般のアニメファンでも皆見覚えがある恐竜のロゴマークが。


「そう、あの興行収入200億円を突破した大ヒット劇場版アニメ『闇払いの炎』を制作したティラノスタジオが、

 アニメーション制作に全面協力することが決定しました!」


 観客からどよめきが起きる。

 


「実は我々、配信日まであと2週間もありますが、実は完成まで秒読みです」


 青山がカメラに向かって微笑む。


「さらにファンの皆様に朗報です!」


 Luna☆Voiceのルナが前に出る。


「今回使用する新曲、本日から配信開始します!」


 歓声が上がった。


 青山の子飼いらしき記者が手を挙げる。

 折原はその顔に見覚えがあった。配信会社の最初の発表会で、熱心に話を聞いていた記者の一人だ。


「ノースブリッジも参加してるそうですが、どうでしょうか?」


 青山が肩をすくめる。


「まあ、頑張ってもらいたいですね。アニメ初参加のお嬢さん方の思い出作りにはちょうどいいのではないでしょうか?」


 会場から失笑が漏れた。


   * * *


 4人は大型ビジョンから離れた場所で立ち止まっていた。

 Luna☆Voiceの新曲の実写PVにあわせて盛り上がる観客の声が、聞こえてくる。


「もう無理かも……」


 ゆらがぽつりとつぶやいた。

 いつもの前向きな彼女らしくない言葉。


 折原も返す言葉がない。

 原画マンもいない。背景も撮影もできない。


 相手は業界最大手のバックアップ。

 

 夕日が4人の影を長く伸ばしていく。

 その影は、まるで希望が遠ざかっていくようだった。


【お礼】


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


 次回まで少し重い展開が続きますが、必ず折原とゆら達は立ち上がりますので、その時までどうかお付き合いください!


 よろしければ評価☆☆☆や感想、ブックマーク、応援♡などいただけるとさらに嬉しいです!


 これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!

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